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「センスいいですね」ってこういう時に口をついて出る。
庭先に放置していた石化柳がモニョモニョとした花芽を伸ばしていた。小豆色を帯びた薄茶の木肌に銀色の花芽、そこに黄色い花粉が覗き始めた頃の色合いの妙たるや、目を見張る美しさです。
「センスいいですね」ってこういう時に口をついて出る。
石化し帯状気ままに生長するユニークな姿ゆえか、いけばなでもよく使われる花材ですが、そんな時は決まって花芽は固く、石化部分が目立つ姿で出回っているもの。
先人がその姿を面白いととらえ、後に続く人もきっとその姿に魅せられ。気づけばそういう姿でしか流通せず、使われなくなったのかもしれない。僕も個体差さまざまな姿に毎度夢中になります。
でも芽吹きのタイミングのありようを知ると、何故いつもこの姿で? なんて疑問も湧くわけで。まぁもっとも、花を愛でることを第一義とすると、花芽は落ちやすいから輸送には向かず、となると売り手は途端に扱いづらくなるでしょうから、生産者側の意向で芽吹き前を愛でるようになったのかもしれない。
ともあれ流通する花材を扱う上では、花のライフサイクルのほんのひと時、諸般の事情都合、誰かの目で手で選別されたものであることを忘れないようにしたい。
釈迦の掌は、大地と自然の恵み。他人の事情都合じゃありません。
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