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掌編小説 お弁当

 週5日勤務のうち4日は訪れていた定食屋が、とうとう臨時休業の貼り紙を掲げやがった。
 さほど高くなく、もちろん美味くって、ご飯のお替わりが無料で、平らげたあとも追い出す雰囲気を醸し出すことなく、ぼんやりと本を読んでいられるランチの店は近場ではここしかなった。

 仕方がないので街を行きつ戻りつうろつき歩き、適切なランチの店を探し求める。探せ、この世のすべてをそこに置いてきた、とかつぶやきながら。

 混雑している。密閉している。胃袋が首肯せず。と、昼食難民と化していたら、道の向こうにお弁当の幟がはたはたとはためいていて。

 あ、と閃く。

 10分弱、店外に突っ立ったまま待つ。そうして手渡される出来たての生姜焼き弁当。ビニール袋の底に手を添えれば、どっしりと押し寄せる温かみが。これを漂泊中に見かけた犬の額ほどの公園にて、という目論見で。歩を重ねるごとに口元が弛緩する。くくく、とか自分でやっちゃう。

 自販機で緑茶を買い、胃袋にせっつかれながらも児童遊園へ。滑り台には赤テープがぐるぐると巻かれ、柵に囲われた砂場からは親子連れの遊び声がころころと。
 早速入口近くのベンチに座りビニールから取り出しては、膝の上に載せ、輪ゴムを取り、透明な蓋を持ち上げ、の前に耳紐に指をかけてマスクを外す。久し振りに生の外気を、味わう。そうして箸を挟んだ手で合掌一礼。

 ご飯にはゆかりが散らされ、華奢な塩気が懐かしく。サラダは瑞々しくトマトが口の中で甘く弾け、漬け物はちょい辛だがぴりりと新鮮で。煮物の牛蒡、人参、竹輪、こんにゃくは温かな出汁が満遍なく。そして何よりも蓋を曇らせていた豚の生姜焼きは見るからに肉厚で、ほくほくで、たれが滴って滴って。

 食後にお茶を一服。
 と、口を──顔を上に向ければ、新緑の隙間をこぼれ抜けた木漏れ日が落っこちてきて、まぶしさに目を細めては、つぶやきました。ごちそうさま。

                            了(789字)

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