新規上場企業がデットファイナンスを利用している比率は?/2023年新規上場企業のデットファイナンス考察
「目論見書分析note」とは
目論見書分析noteは、起業家、スタートアップで働く方、スタートアップ企業の成長背景に興味がある方を主な読者として、noteを書いています。
「IPO企業は、どんな業績変化をだとってきたのか」
「過去の資本政策でどう工夫をしてきたのか」
など
スタートアップ企業に関わる方・興味がある方に、ヒントになる情報を提供させて頂くことを目的としております。
※記事の内容については個人的な感想となることを理解の上で読んでもらえるとありがたいです。
今回、2023年に東証グロース市場に上場した企業の目論見書から、新規上場企業が上場前にデットファイナンス(銀行借入・社債発行)をどれくらい活用しているのか調査しました。
2022年にも同様の調査をしておりますので比較したい方はぜひご覧ください。
調査した結果からわかることは以下の4つです。
1:このテーマを取り上げた背景
スタートアップ企業によるデットファイナンス活用がかなり進んでいます。
資金調達のプレスリリースでエクイティファイナンスの調達額と合わせてデットファイナンスの金額を公表することが増えてきました。
一方、デットファイナンスに関するまとまった公開データはまだまだ少ないです。
デットファイナンスを検討したいスタートアップ企業の方、スタートアップを支援されている方々が今回の記事を読んで頂き、デットファイナンスに対する理解が促進されて、デットファイナンスの活用による資金調達が広がることを願っています。
2:調査結果
今回の調査対象範囲は以下になります。
・2023年東証グロース市場に上場企業した68社
・目論見書の「借入金等明細表」「後発事象」等から借入金残高を確認
全調査結果のスプレッドシートを公開しています。ぜひご覧ください。
※手入力のローデータのため、見づらい点があるかもしれませんがご容赦ください。
◼︎デットファイナンス実施企業数
対象企業68社のうち、80%以上にあたる57社が銀行借入を行っています。昨年調査では約90%の企業で借入があったため比率はやや下がりましたが、依然として、デットファイナンスは多くの企業で活用されていることがわかります。
ちなみに、銀行借入がない企業(11社)は、エクイティファイナンスのみで資金調達をしている企業がほとんどです。売れるネット広告社のみ、過去の利益剰余金積み上げがあり、外部資金調達が不要であったと思われます。
◼︎担保・経営者保証
ここからは、借入条件について調査したことを解説していきます。借入金がある57社を対象に条件を確認してみました。
・26%の企業が、借入に担保設定している
・30%の企業が、代表者の連帯保証を付けている
◼︎担保
借入に担保を設定している15社のうち8社が銀行預金を担保にしています。それ以外の担保は、建物・土地などです。
預金を担保にして銀行借入をするのは意味が無いように見えますが、実際は、借入総額の一部を定期預金に入れるなど、拘束される資金の額を一定に抑えつつ、良い借入条件を引き出す方法のひとつとして活用して良いかもしれません。
・借入担保として3,000万円を提供
◼︎経営者保証
経営者保証とは、銀行から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となることです。借入金のある57社のうち、約30%にあたる17社に、経営者保証(債務被保証)が付与されています。
・代表者が銀行借入に対する債務被保証
2022年から2023年からの大きな変化は、経営者保証をつけた借入の比率が大きく減ったことです(2022年50%強→2023年30%弱)。
2022年12月の経営者保証改革プログラムにより、スタートアップ企業への融資に経営者保証を求めないことが促進されつつあることが背景にあると考えています。
借入時に経営者保証をつけたくない場合は、銀行担当者との初回面談時から、その要望を伝えることをお勧めします(商談が進んだあとで、条件の一つとして残っていると除外するのが難しくなってきます)。
筆者の所感ですが、経営者保証があってもなくても金利に大きな影響はありません。
経営者保証がない分、借入後、毎月財務情報を開示する等、定期的なモニタリングを求められることがありますが、むしろ銀行担当者に会社の現状を正しくタイムリーに伝えることで信頼関係が高まることもあります。
◼︎金利・借入期間について
今回調査対象の57社について、金利及び借入期間は以下のとおりになってます。
借入件数129件のうち半数以上の70件が1%未満で、長期借入金の返済期間は平均6.1年でした。これをみると、上場前のレイターステージの企業であれば、金利1%、借入期間5年という低コストでの資金調達が実現できそうです。筆者の所感ですが、条件面については強気で交渉してよいかな、という印象を持ってます。
長期借入金の最低金利は0.1%、最高金利は3.8%となっています。
◼︎最低金利
グリッド 長期借入金 金利0.1%
◼︎最高金利
スタジアム 長期借入金 3.8%
3:新株予約権付融資
レイターステージの企業であれば、無担保・無保証で長期借入が可能ですが、シードやアーリーステージの企業でかつ赤字企業の場合は、低金利で長期の借入は難しくなります。
そこで、ベンチャーデットを活用する方法があります。直近では、複数の金融機関で、ベンチャーデットファンドの立ち上げが発表されました。
◼︎主なスタートアップ向けデットファンド
・三菱UFJ銀行 200億円(日本の新興企業向けデットファンド)
・みずほ銀行×UPSIDER 100億円(スタートアップ向けデットファンド)
・みずほ銀行 200億円(新株予約権付社債への投資ファンド)
ベンチャーデット利用の際、金融機関から新株予約権付での融資を提案されることがあります。借入総額に対して10%から30%の間で、新株予約権の付与を求められることが多いです。ナイルの事例を使って、注意すべきポイントを解説していきます。
※下記の借入条件は、目論見書から筆者が推測したもので、必ずしも正確性が保証されているわけではないことをご了承ください。
◼︎ナイル 長期借入金 借入条件
シリーズBのエクステンションラウンドとして2022年10月31日にB-2種優先株式によるエクイティファイナンスを実施しており、それと同時に、日本政策金融公庫(公庫)から5億円の資本性ローンでの借入を行なっています。エクイティファイナンス払込完了をもって、この借入が実行されたものと思われます。
資本性ローンは、返済期間が5年以上で一括返済のため、先行投資で利益が赤字の企業にとって非常に有用な借入方法です。金利についても、通期利益が赤字の場合には、0.5%で据え置きとなっています。
◼︎公庫から調達する際のポイント
・返済期日(借入期間)は、黒字化後、合理的に返済原資が説明できる時期に設定すること
・対象株式は優先株式にすること(通常のSOと違い、必ずしも普通株式であるとは限りません)
・公庫担当者に事業理解を深めて頂くための時間をしっかりとること
・民間金融機関との協調融資が前提のため、同時期に公庫のみから借入することができない場合がある
かなり人気のため審査に時間がかかることがあります。借入希望時期から逆算して4-6ヶ月前に相談開始することをお勧めします。
4:最後に
スタートアップ企業にとってデットファイナンスによる資金調達がしやすい環境になりました。特に、エクイティファイナンス後は、財務状況(B/Sの純資産額が多く安全性高い)ため、借入交渉がしやすいタイミングです。
一方、借入したい時期が、エクイティファイナンス前のつなぎ期間であったり、過去の借入金の借り換えなどの場合、思ったとおりの条件で借入できないこともあります。
デットファイナンスに関する情報をインプットし、株主のベンチャーキャピタルやデットファイナンスの支援企業などを通じて、早めにコンタクトしてみてください。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
来年も、スタートアップ企業のファイナンスをイネーブルメントするべく、情報発信を続けていきますので、引き続きよろしくお願いします!