ソニーが取得したアニメ配信「クランチロール」とはどんな"黒船"なのか?
今、世界各国で「日本アニメ」が急速に普及しつつあります。
そのインフラの役割を果たしているのが「配信」です。
日本でもNetflixやAmazon Prime Video、Disney+など、月額課金の動画配信が定着しています。(このサブスク配信、専門記事では「SVOD/サブスクリプション・ビデオ・オンデマンド」と呼ばれることが多いです)
今回、お伝えしたいのは「クランチロール(crunchyroll )」という
「日本アニメ」に特化した配信企業についてです。
日本では配信を行なっていないので、これまで日本在住者にはあまり馴染みがなかったかもしれません。
ですが先日、『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』最終回に合わせてタイムズスクエアの広告をジャックしたことで、世界中のファンが大いに沸き、日本でも話題になりました。
クランチロールは「日本アニメ」を世界各地で配信する事業を展開しており、地域は、北米、欧州、アジア、南米、中東など世界200カ国に渡ります。
もともと北米の企業ですが、2021年にソニーが約1300億円で買収、取得したことで話題になりました。
また3月4日には、クランチロールが主催する「アニメ・アワード2023」が、”日本アニメの聖地”東京で開催されました。
「アニメ・アワード」は、クランチロールとユーザーが日本アニメの中から優れた作品を選び、表彰する祭典で、これまで世界の各都市で開催されていましたが、今年はついに日本で開催されたのでした。
■日本のアニメ業界では類を見ない規模
本アワードに、私もプレスとして参加してきました。
場所はグランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」。「FNS歌謡祭」の開催会場でもあります。「日本アカデミー賞」も同ホテルの別会場「パミール」で行なわれており、エンタメの祭典として日本で最も格式が高い場所と言えます。
もちろん、日本のアニメ業界が関わる規模としては過去最大と言えます。
「飛天の間」にはテーブルが53卓ありました。1卓8名なので、授賞式に招待された来賓だけで400人以上。関係スタッフや、私たちプレス記者を含めるとおよそ500名が一同に介したことになります。
授賞式の前に行なわれたオレンジカーペットでのフォトセッションでは、さまざまなゲストが登場。
梶浦由記氏などの著名なクリエイターの姿も。梶浦氏はステージで『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の主題歌「炎(ほむら)」を披露しました。
海外からセレブリティも来日。俳優のフィン・ウルフハード氏、映画監督ロバート・ロドリゲス氏、アメリカンフットボールのエイダン・ハッチンソン選手など職業はさまざまですが、共通点は「日本アニメの熱心なファン」であること。取材陣のカメラに応えて素敵なポーズを取ってくれました。
フォトセッション中盤には、ソニーグループ会長の吉田憲一郎氏が登場。
クランチロール プレジデントのラウール・プリニ氏と並ぶと、各メディアからひときわ大きな目線コールとシャッター音が鳴り響きました。
■クランチロールとはどんな企業か?
私はアニメライターを30年していますが、アニメ分野でこれほど大規模な式典は見たことがありません。
2015年にNetflixが日本に上陸した際も、アニメ業界では“黒船”と言われていましたが、今回のクランチロールのアワードにも、あの時に似たインパクトを感じました。
クランチロールがメインとする配信コンテンツは「日本アニメ」です。
彼らが「日本アニメ」にこだわる理由はなんでしょうか。
それを知るために、まず彼らの成り立ちを調べてみました。
クランチロールは2006年に、日本アニメ動画に英語字幕をつけてネットに投稿する「ファンサブ」という学生の楽しみから始まりました。これは違法行為にあたります。
ですが当時、北米を含めた海外では日本アニメを視聴する環境が整っておらず、日本で特定のアニメ作品が大ブームになっている様子がインターネットから伝わってきても、観るためには日本の放送から数ヶ月遅れて発売になるDVD(英語字幕付きの海外版はさらに遅い)を待つかしかなかったのです。
「一刻も早くあのアニメが観たい!」
その情熱が、自分たちで字幕付き動画をネットに上げる行為に繋がりました。
“学生の遊び”の規模が拡大したために、日本のコンテンツ会社から訴訟されるケースも出てきました。
そこでクランチロールは日本法人を設立。違法動画を削除して2008年にはテレビ東京と提携、2009年には業界団体「日本動画協会」に入会。
アメリカで正規の日本アニメ動画配信会社としてスタートすることになりました。
■2007年は「配信」の勃興期!
このクランチロールが立ち上がった00年代後半は、ネット動画の勃興期でもありました。
2005年にはインターネットの高速化が顕著に。大容量データも容易に流せるようになりました(識者の方におうかがいしたところ「光回線の純増がADSLの純増を初めて上回る」などがあったそうです)。
それによって「番組配信」「動画共有」事業を行なう企業が世界各地で誕生しました。
日本では05年に動画配信サービス「U-NEXT」(当時の名前はUSEN「GyaO」)が、
06年には「ニコニコ動画」がスタートしています。
07年は“ネット動画イヤー”と言うべきエポックな年でした。
北米のテック企業が、配信や動画共有サービスを本格的に開始します。
DVDレンタル業をしていたNetflix社が配信部門を立ち上げ、Amazonも「Amazon Prime Video」を開始。05年創業の「YouTube」が07年に日本語を含む多言語対応を開始しました。
北米で「配信」が早い時期に普及した背景には、ケーブルテレビの存在があります。
アメリカは国土が広くてテレビの電波が届かない。だから有料課金のケーブルテレビが普及しました。
高速大容量を届けるインターネット回線も、すでにアメリカのご家庭に引かれているケーブルテレビの電線を利用しており、ケーブルテレビ局が「ブロードバンド回線にできますよ!」というサービスを行なうことで瞬く間に各ご家庭に普及したのでした。
(でもケーブルテレビ会社は、自分たちが引いたネット回線がのちのち配信のインフラになり、視聴者が配信番組に流れてしまうところまでは予想してなかったかもです…)
■2015年、NetflixやAmazon Prime Video上陸
日本でも、2013~2015年、4Gとスマートフォンの普及から配信サービスが立ち上がります。
「U-NEXT」代表取締役社長・堤天心氏によると、「技術の壁は2010~11年でしょうか。スマホがでてきて、4G通信インフラが普及しはじめた」とのこと。
さらに2015年、「Netflix」、Amazonの「Amazon Prime Video」も日本に上陸。サービスを開始しました。
それ以降の流れは皆さんご存じの通り、「配信」はテレビ番組やケーブルテレビ、専門チャンネルと同様に私たちの視聴ラインナップに入ってきたのです。
■北米企業はなぜ“覇権”となるのか
北米では、配信を専業としない企業も、こぞって配信事業に参戦するようになりました。
大手通信会社もそのひとつです。自社でノウハウを持たなくても、持っている企業を買収すればいいというのがアメリカ流の考え方(日本のコンテンツ企業大手も次第にそうなりつつありますが)。
そして北米企業が世界で“覇権”となる理由は、この「企業買収」が頻繁に行なわれているからです。
調べたところ、アメリカのメディア企業(映画制作スタジオ、映画配給、テレビ局、出版など)の歴史は、「合併/買収」の歴史だとわかりました。
たとえば映画会社ワーナー・ブラザーズと出版社タイムを起源とする「ワーナー・メディア」。買収を重ねてテレビ局やレコード会社を擁する巨大なメディアグループになったけれども、巨大な通信会社AT&T社に買収されます。
AT&T社はメディア企業を傘下に置くことで、自社本業である通信事業と連動した運用をしたいと考えていました。(NTTドコモが「dアニメストア」を立ち上げるような感じ?)
クランチロールも、2014年に一度、AT&T社の傘下に入っています。
けれどAT&T社はメディア事業を買収したにも関わらず、自社の基幹であるネットワーク事業の維持に資金を使わざるを得ない。結局、22年にはワーナー・メディアを分離します。
その後ワーナー・メディアはディスカバリー社に買収されて経営統合され、「ワーナー・ブラザース・ディスカバリー」というさらに巨大なメディアグループになりました(配信会社HBOマックスも所有しています)。
【「アメリカの配信大手】
・「ディズニープラス」(ディズニー、ABC・FOX系)
・「HBOマックス」(ワーナー、HBO系)
・「ピーコック」(ユニバーサル、NBC系)
・「パラマウントプラス」(パラマウント、CBS系)
・「Netflix」
このように北米企業では企業の買収・合併を重ねて大きな事業はさらに大きくなります。だから他国に進出する頃には、現地の同業他社を凌駕した規模に成長しているのです。
これがアメリカ企業の日本進出が、日本で“黒船”と呼ばれる理由なのだろうと思います。
■コロナ禍、世界中で配信と「日本アニメ」が普及
さて、ソニーがクランチロールを取得したことが「日本アニメ」にとって大きな意味を持つことになりました。その理由を見ていきたいと思います。
2020年以降「配信」は急速に普及します。
契機は2020年2月以降のコロナ禍です。
世界各国で家から出られない人々の娯楽が映像作品に集中、配信インフラが一気に普及しました。
「日本アニメ」も世界中で配信されるようになりました。それまでアニメを「子ども向け」と見なしていた国の大人までもが『鬼滅の刃』『進撃の巨人』などを視聴するようになったのです。
アニメ配信でNetflixと並ぶ二大巨頭、ウォルト・ディズニー社の配信サービス「Disney+」もこの時期に成長しています。
ディズニー社は2019年にNetflixとの配信契約を終了し、ディズニー作品を引き上げます。そして同年、自社の配信サービス「Disney+」を立ち上げます。マーベル作品も所有していることも強みで会員数を順調に増やしていきました。
そんな北米企業の丁々発止が行なわれていた2020年。ソニーが、(先ほどワーナーのくだりでもお伝えした)アメリカ通信企業AT&Tから、クランチロール社を買収で取得する計画を発表、2021年8月に約1300億円で買収を完了しました。
ソニーのクランチロール買収の目的は、「日本アニメ」の世界展開にあります。クランチロールの勢いは会員数の増加に現われます。2020年7月に7000万人だった無料会員は、2021年2月に1億人を突破。わずか半年で3000万人も増加(!)したのです。
■ソニーの目的は「日本アニメ」世界配信網の獲得
ソニーがクランチロールを買収した理由は、世界各国の「日本アニメ」配信網の獲得にあります。
クランチロールは世界200カ国に配信網を持っています。特に南米や中東、アフリカなどこれまで日本アニメを届けることが困難だった地域までカバーしているのもポイントです。
実はソニーは、クランチロールだけでなく、もう一社、「日本アニメ」の海外展開に欠かせない北米企業を2017年に買収しています。
日本アニメに強い映像配給会社「ファニメーション」です。
90年代後半から日本アニメ等の映像権を取得して、海外配給をしていた会社です。東映動画から北米配給権を取得した『ドラゴンボール』の大ヒットで成長しました。
けれど2010年代に時代が配信に移ると、ソフト販売が得意なファニメーションは勢いを縮小。2017年、ファニメーションはソニーの北米子会社ソニー・ピクチャーズ・テレビジョンに買収され、同社と日本のソニー・ミュージック子会社アニプレックスとの共同保有になりました。
2019年ソニーは海外のアニメ配給事業を一本化するため、すでに取得していた北米のファニメーション、フランスのアニメ配信会社「ワカニム」、オーストラリアの「マッドマン・アニメ・グループ」3社の事業を統合。その統括運営をファニメーションが行なうことになりました。
さらにソニーは2022年に「配信」事業のクランチロールと、「海外アニメ配給」事業のファニメーションを統合。その社名を「クランチロール」としたのです。
クランチロールとファニメーションは配信と配給で事業内容は異なりますが、ともに「日本アニメ」にこだわって長く海外展開を行なってきた企業。
現在の「クランチロール」社幹部には、ファニメーションとクランチロール、どちらの出身者も在籍しているようです。企業とは言え“アメリカの「日本アニメ」ファン”の歴史も感じられてなんだか胸熱です。
ソニーは、「海外配信」と「海外配給」の統合で、より日本アニメの海外展開を促進できる体制になりました。
ソニーがクランチロールを取得した意味は、日本が「海外にアニメを広く届ける」ことに繋がっており、今後の日本アニメの行方を左右するものだったと思います。
リンク【本記事の続編です→】「海外配信が狙う『日本アニメ』の価値の高め方」
【参考】
FGOやウマ娘も…日本のエンタメ産業の強みは、ファンの「推し」にあり。
2022年6月
https://www.businessinsider.jp/post-256407
アニメーションビジネスジャーナル
2017/5/12
http://animationbusiness.info/archives/2905
ソニーミュージック プレスリリース
2019年9月24日
株式会社アニプレックス
https://www.sme.co.jp/pressrelease/news/detail/NEWS001089.html
ITmedia エンタープライズ 普及率約7割の米国CATV事情
2012年10月30日
https://www.itmedia.co.jp/im/articles/1210/30/news063.html
【米国株動向】ワーナー・ブラザース(WBD)のスピンオフによりAT&T(T)の配当はより安全に
モトリーフール米国株情報
2022/08/04
https://media.monex.co.jp/articles/-/20041