【否定論】南京事件に捕虜殺害は含まれない?
東京裁判で南京事件、すなわち「南京暴虐事件」(The Rape of Nanking )がとりあげられました。その判決では、日本軍が南京攻略戦及びその後の南京占領時に中国の軍人と市民に対して戦時国際法と国際人道法に反した残虐行為を行った事実が認定されました。
その結果、事件当時、支那方面軍司令官であった松井石根が、その残虐行為の事実を知りながら軍を統制しなかったとして、無作為の罪(訴因55)を問われて有罪となりました。
ところが、東京裁判で南京事件での非戦闘員(市民)に対する殺害などは問われたが、実は、捕虜殺害の責任は問われていなかった、すなわち、東京裁判で裁かれた南京事件には捕虜殺害は含まれないという"新説"を発見したとしてツイッターで主張する方がでてきました。
その人が推奨する"【オイラの!】 2chネラーなりに一生懸命調べた南京事件 【完全否定論】"なる、とても読みにくいオイラ氏のサイトを見ますと、次のような主張がされています。
つまり、極東国際軍事裁判所(東京裁判)が判断した松井石根の「犯罪的責任」とは「南京の不幸な市民」(民間人)に対するもののみで、松井指揮下の部隊が行った「捕虜殺害に対する犯罪的責任」があるとは判断しなかったというのです。
それに加えて「支那事変」は国際法上の戦争ではなかったので陸戦法規は適用しなくてよかったから捕虜殺害は違法ではなかったと東京裁判所が判断していると考えているようです。
この驚くべき"新説"が、どのような道筋で成立するのか、そして、オイラ氏はどこで間違ったのかを否定論が陥りやすい実例として解説したいと思います。
なお、ここでは松井石根が進行中の南京暴虐事件をどこまで知っていたかなど、それらが史実としてどうであったのかは深入りせずに、オイラ氏が基礎とする東京裁判判決に沿って論を進めます。
1. それは"日本政府見解"
日本外務省の「(アジア)歴史問題Q&A」の次の問6の記述に、オイラ氏は着目します。
このQ&Aの回答の「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」という部分を見て、オイラ氏は非戦闘員の殺害に言及しているだけで捕虜の殺害には全く言及が無いという"発見"をします。そして、次のように断定します。
続いてオイラ氏は、南京事件の日本政府見解の根拠が東京裁判判決らしいことを"発見"します。
2. 日本政府が受諾した東京裁判判決
オイラ氏は日本外務省の「(アジア)歴史問題Q&A」の次の問7の記述に着目します。
このQ&Aの回答には「サンフランシスコ平和条約第11条により、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾」とあるので、南京事件に対する日本政府見解の根拠は、日本政府が受諾した東京裁判判決らしいことをオイラ氏は"発見"します。
しかし、東京裁判判決を見ると、その第8章の南京暴虐事件( The Rape of Nankng )の項目に、裁判所の南京事件の事実認定が書かれています。そこでは、次のように「南京とその周辺で殺害された一般人と捕虜の総数は、二十万以上であつた」とし、揚子江岸で捕虜三万人以上が殺されたと捕虜殺害も事実認定されています。
そこで、第10章、松井石根に対する「判定」を見ると、次のように書かれています。
ここには日本軍の市民に対する長期の残虐行為捕虜と松井石根が「市民を保護する義務」の履行を怠ったことが指摘されていますが、捕虜、あるいは捕虜の殺害という文言は出てきません。
そこで、オイラ氏は次のように考えます。
そして、この第10章の「判定」が「一般市民(=南京の不幸な市民)の犠牲」にのみ言及しているのは、日本政府見解が「非戦闘員の殺害」にのみ言及している認識に近い、とオイラ氏は言います。
3. 松井「判定」が"被殺者数10万人以上"の"理由"
もう一つ、オイラ氏は東京裁判判決が南京事件の被殺者数について、第8章で20万人以上とし、第10章では10万人以上と異なる表示をしていることについて、つぎのようなことを"発見"します。
つまり、第8章の事実認定の 20万人以上 は殺害された「一般人と捕虜」の総数で、第8章の「判定」で記述された 10万人以上 は殺害された捕虜を含まない「市民」の総数だというのです。
ただし、日本外務省のQ&Aでは、被殺者の数については「被害者の具体的な人数については諸説あり」とし、受諾したはずの東京裁判の「市民10万以上」とはしていません。
オイラ氏のサイトは、資料の引用はするのですが、引用のどの部分から、どのような理由で、何が言えるのか、筋道を立てて文章で論じないので、論旨が明瞭でないことが多く、しかも同じ内容を繰返すだけで、最終的に何を主張しているのか明確ではありません。また、等号記号"="が、「第八章(=事実認定)」のように使われているのですが、何を意味しているのか言葉による説明はありません。
察するに、オイラ氏が主張したいことは、
➀ 東京裁判では南京事件での捕虜殺害の違法で有罪になった者はいない、
➁ よって、捕虜殺害は南京事件に含まれない、
➂ 責任が問われたのは市民(非戦闘員)の殺害だけだった、
(ここからは東京裁判を離れて)
➃ 市民の殺害は戦闘に巻き込まれて殺害されたもので国際法上違法とはいえない、その数も多くない、
⑤ よって、違法やその責任を問われるような南京大虐殺は存在しなかった、
ということのようです。
とりあえず、ここでは、極東国際軍事裁判所(東京裁判)が判断した松井石根の「犯罪的責任」とは「南京の不幸な市民」(民間人)に対するもののみで、麾下部隊が行った「捕虜殺害に対する犯罪的責任」があるとは判断しなかった、という論に限定して、その問題点を指摘して行くことにします。
4. "新説"の問題点
(1) 外務省Q&Aは南京事件に捕虜殺害を含んでない?
日本外務省のサイトのQ&Aの問6では、南京事件で「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」としています。
確かに、戦闘員には触れずに非戦闘員だけが言及されているので違和感があります。戦闘員に言及していないのには、それに触れたくない理由があるからでしょう。
しかし「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったこと」は「否定できない」と言っているだけで、Q&Aで言及されていない捕虜殺害や日本兵による強姦事件などがあったことを「否定する」などとは一言も言ってはいません。「等」というのは、事例の後につける官僚的な語で、「等」に何が含まれているかは、この文では分かりません。
つまり、外務省のQ&Aの問6を読んで「日本政府見解では【捕虜(=支那敗残兵)処断】をいわゆる『南京事件』の範疇に含めていない」とは言えません。
(2) 受諾したのは東京裁判判決だけ?
日本外務省サイトのQ&Aに書かれているように日本政府が「サンフランシスコ平和条約第11条により、極東国際軍事裁判所の裁判〔判決〕を受諾」し「国と国との関係において、この裁判について異議を述べる立場にはない」ことは事実です。
そして、サンフランシスコ平和条約第11条には「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国犯罪法廷の裁判を受諾し」とあり、「国外の他の連合国犯罪法廷の裁判」の判決も受諾しているのです。
つまり、南京事件については、極東国際軍事裁判所判決だけでなく連合国であった中華民国の国防部戦犯裁判軍事法廷判決も受諾しています。同軍事法廷の谷壽夫(事件当時・第六師団師団長)に対する判決は、次のように捕虜および非戦闘員を虐殺したと明確に述べています*。
従って、東京裁判と同様に南京事件を裁いた南京の軍事裁判も、日本政府は「国と国との関係において、この裁判について異議を述べる立場にはない」のです。つまり、日本政府は「被害者の具体的な人数については諸説」あるとは言えても、「捕虜および非戦闘員を虐殺し、強姦、略奪、財産の破壊をおこなった」という判決に書かれた判断を否定できないのです。
(3) 東京裁判は捕虜殺害の責任を問わなかった?
東京裁判判決で判断された松井石根の「犯罪的責任」は、「南京の不幸な市民」(民間人)に対するもののみで、麾下部隊が行った「捕法的虜殺害に対する犯罪的責任」は問わなかった、あるいは無罪としたとオイラ氏は主張します。
① しかし、そもそも戦犯裁判は捕虜の虐待や殺害を裁く目的であり、しかも、東京裁判判決は、第8章で1章を費やして南京暴虐事件、すなわち南京事件が中国人捕虜と市民に対する虐殺、強姦・略奪・放火であることを事実認定しています。
仮に、松井石根らが南京事件について無罪となっていたとしても、南京事件に対する裁判所の事実認定の内容が変わるわけではありません。
裁判の判決は、検察・被告の主張、裁判所の事実認定、裁判所の法判断などから構成されます。
わかりやすく言うと、
1. 検察はこういう理由で被告を起訴し処罰を求めたが、
2. 被告はこういう反論をし、無罪を主張した、しかし、
3. 裁判所は双方の法的主張の当否や事実は、これこれと判断・認定する、
その上で、
4. 法判断をこのようにして、次のように判決する、
という書き方になるわけです。
しかし、東京裁判では多数の事案を一括して判決書に記載しているため、南京軍事法廷の判決のように、読めばすぐ分かるというわけには行きません。
東京裁判判決では、他の事案の記述もする中で日本軍の捕虜の扱いと市民殺害の関係、南京事件についての事実認定(第8章)が個別に章立てしています。ですから、判決の記述の全てが、個々の被告の判決理由になっているわけではありません。
南京事件については、第8章の「南京暴虐事件」の項で捕虜・非戦闘員の虐殺、強姦、略奪、放火であるとし、指揮下の軍隊がそれらを行っているにもかかわらず松井は適切な措置を講じなかったと次のように事実認定しています。
法判断は第10章「判定」に記述されています。第10章の冒頭では、「判決にはその基礎となつている理由を附す」ことになっているが、「これらの理由は、いま朗読を終つた〔第8章の〕事実の叙述と認定の記述との中に述べられている」「これから朗読する判定の中で、これらの判定の基礎となつている多数の個個の認定を繰返そうとするものではない」と次のように述べています。
従って、第10章の判定は第8章の個々の事実認定を前提として概括的に記述したもので*、仮に被告に法的責任がなく無罪と裁判所が判断したとしても、第10章の「判定」で裁判所が事実認定した南京暴虐事件の内容が否定されたり、あるいは、修正されるわけではありません。
註* 「各被告に関する認定については、その理由を一般的に説明することにする」の部分の判決原文は " It will give its reasons in general terms for its findings in respect of each accused" です。"in general terms"(一般的に説明)という文言は「概括的に」と意味で、「判定」部分では判決理由を概括的に述べるので具体的には第八章で判決理由は述べているとしているわけです。
② オイラ氏は、第10章の「判定」で、判決理由として次のように述べられている南京事件のさまざまな事件は、「無力な市民」に対するものだけだと考えているようです。
オイラ氏は、「残虐行為の長期にわたる連続」は市民に対するものなので、「大量の虐殺」も市民に対するもののはずで捕虜は含まれていない、「十万人以上の人々が虐殺」されたのも全て市民、松井は「自分の軍隊を統制し、南京の不幸な市民を保護する義務をもっていた」とあるのは、統制する義務があったのは「市民を保護」することで、捕虜殺害は含まれないと考えているようです。
その理由について、ツイッターで次のような主張をしている方がいました。
第8章には松井石根以外にも多くの被告に対する事実認定が書かれているので、その事実認定の中から松井石根に該当する事実だけが「判定」に記載されたが、捕虜殺害が含まれていないというものです。
しかし、上記のように第10章に「各被告に関する認定については、その理由を一般的に(概括的に)説明することにする」とあるように、「判定」で言及された判決理由は、第8章の「南京暴虐事件」の項の概要であり、第10章の「大量の虐殺」に第8章に記述された南京での捕虜の虐殺が含まれていることは明らかです。
第10章では、捕虜どころか市民を虐殺し、強姦、掠奪までも行ったと、市民への暴行を特筆しているに過ぎないのです。東京裁判などの戦犯裁判の根拠は、1945年7月26日のポツダム宣言の第10項であり、次のように述べています
東京裁判の主目的は捕虜に対する虐待を含む戦争犯罪を裁くことで、捕虜虐待の最悪のものが捕虜殺害という戦争犯罪であり、まして市民への暴行は論外の戦争犯罪であったといえるでしょう。
➂ オイラ氏は、判決の第8章では捕虜と市民の虐殺人数が20万人以上となっているのに対し、第10章では10万人以上と少なくなっているのは、捕虜の虐殺が含まれてないないからだと考えているようです。
しかし、東京裁判では市民と捕虜のそれぞれの虐殺数が争点になったことはありません。虐殺数の基礎となったのは、25万人以上の埋葬数ですが、少なくとも東京裁判に提出された証拠に軍民の区別はないのですから、市民と捕虜の虐殺数を区別する議論は検察側も被告側もしていないのです。証拠にもなく、原告・被告も主張していない事実を裁判所が当事者に知らせることなく勝手に調査して判決に書くことはありえません。
5. 結 論
オイラ氏の議論は判決書の構造や、東京裁判がそもそも捕虜の虐待を裁くための裁判であったという枠組みを無視し、判決文の文言の言葉尻をとらえることによって、南京事件を最小化するために独自の結論を導きだすものです。
また、一体であるべき判決書の第8章と第10章を分断してミクロな議論にもちこんでいるところも、史実に対する「否定論」の特徴です。
東京裁判では、南京事件当時、支那方面軍司令官であった松井石根が捕虜殺害を含む残虐行為の事実を知りながら軍を統制しなかったとして、無作為の罪(訴因55)を問われて有罪となったのです。
秦郁彦氏や笠原十九司氏が、オイラ氏のような"新説"の発見をしなかったのは当然といえるでしょう。
(完)