虚無な日々を送っている。 なんというか目標がない。 そんなものと言われたら終わりだけど、私にはそれがなんか苦痛でしかたがない。 なんというか、ただただ海に浮いてるのが苦痛というか、浮き輪がある方が楽だし、灯台に向かう方が頑張れる。 そういう感じのお話。
インターネットでの出会いと別れを何度も経験している。 それは一方的だったり、相互的だったりするわけだけれど、そのどれもが儚いなぁと思う。 特に別れ。 色んな別れ方があるけれど、個人的に別れは全部等しく切なくて苦いなぁ……となることが多い。 切ないはまだしも、苦い。 良い思い出も悪い思い出もあるけど、もしああしていたらこうしていたらの想像をしてしまい、もっとできた事があったのではと一人で反省会をして苦い思いに浸るのだ。 あ〜、もう一度別れた人たちと会いたいな〜……。
2月が終わる。 今月も特に何もせずに終わってるので罪悪感がすごい。 3月はもう少し活動的にしたいものだけど、なにかしようとする度に『やったところで意味が無いのでは』というような不安感に襲われる。もう少し落ち着いて欲しい。
詩というものに興味がある。 個人的に言葉で自分の感情を表すものだと考えているけど間違っているかもしれない。 でも詩には俳句や短歌みたいに決まりがない。575や57577の音で作るとか季語をいれるとかそういうのがない。 フラットな場所なのだなと感じた。 たまに好きな詩作家の本を数冊読んで、わかったり分からなかったり共感したり泣いたりしている。 そうしていると自分だけの世界が豊かになる瞬間が訪れる。言葉に包まれた時に『分かった』気になるのだ。 詩作は楽しそうで前から興
一つでも何かできればといつも思うのだが、自分がどうなりたいのかさっぱりわからない。 今までのらりくらりと適当に運よくいきてきたツケが今だいぶ回ってきたようで困り果てている。 Vをやり始めたのはその『自分でも何かやりたい、ひとつだけでもいいから』という気持ちと様々な機会が運良くマッチしてくれたからであり、これについては本当に頭が上がらない。 が、思うようにいかない。 自分も思うように動こうとしない。 大変困る。 困って個人面談を一人で何度もするはめになっている。だ
自分の持つ感想すべてが薄っぺらく感じてとても嫌だ。という話。 何をしようにも、とにかく、薄っぺらな感想しか出てこない。 「楽しい」「すごい」「悲しい」などのシンプルな言葉しか使わないのだ。 単純にボキャブラリーの問題かもしれない。と一時期思っていたが、最近そうじゃないのだろうなと気がつき始めた。 きっとこれは、過去にどれだけその時の感情を表に出していたかみたいな問題だったんだろう。 シンプルな感情以外表に出すことをあまりせずに生きてきたのでどうしようもな
気がつけば2023年が終わろうとしていてとても怖いし悔しい。 毎年やるぞやるぞと意気込んではたてた目標が漠然としているし、何もしないまま春を迎え夏が過ぎ秋が終わり冬になっている。 毎日を乗り越えるだけでぎりぎりのこの身が憎いと思い始めてきている。別に悪いことではないのに。 自己嫌悪で身体の輪郭を歪ませつつも来年についてを考え始めた。 来年こそは何かをやり遂げたい。何かというのは何か、何をやり遂げたいのか、相変わらず漠然としていてどうしようもない。 私はこうやって細々
こないだやったプチお披露目 しっちゃかめっちゃかなお披露目をしたんですけど はい。 では、今回発見された通称ぱんけーきちびバロについてまとめていきますか。 ぱんけーきちび渡辺・A・バロとは 様々な経緯があって見つかった新種の渡辺・A・バロの姿。 たっぷりのベリーとクリームがトッピングされたパンケーキに我が物顔で乗っかる姿が愛らしい。 イチゴを冠のごとく被り、手にしているはっぱを多分剣かなんかだと思い込んでるかもしれない。 パンケーキに乗っているということはこの渡辺