老人福祉30兆円の使い道について
現在、日本では老人福祉に30兆円使われているという。ピラミッドを現在の技術で立てると、だいたい1兆円くらいかかるそうだから、毎年30個程度のピラミッドが立てられるという計算になる。毎年・・・空母の建設や維持費が高い、と言われているが、下手な軍事費より、今や老人の方がよほど金食い虫になっているのが、認めたくないが現状なのだ。日本の経済成長の妨げになっている要因はいくつもあるだろうが、この「老人福祉の圧迫」は凄まじいもので、これがないだけで6%くらいのGDPが浮く、ということだ。
今の時代、誰もが老人になるものだが、この老人福祉費用を他のことに使えたら、どうなるだろうか、というのを個人的な願望全開で語っていきたい。
まずは宇宙開発が思いついた。宇宙開発といっても、意外とこれが金になるのである。数年前に地球の傍を通り過ぎた小惑星があった。この小惑星の時価総額は、2兆ドルと見積もられている。本当かどうか知らないが、その小惑星はプラチナやその他レアメタルを大量に含んでいるため、それだけの値段になるという。もちろん、小惑星を捕らえて採掘する技術がまだないため、その小惑星はそのまま地球を通り過ぎて宇宙の藻屑に戻ったわけだが、技術さえあれば採掘できただろう。2兆ドル・・・もったいねえ・・・だが、落胆するのはまだ早い。宇宙にはこのような小惑星が山ほどあるので、もし採掘する技術があれば、いくらでも儲けられる、ということだ。また、小惑星を採掘するのは、地球の中を掘り進むより採掘自体は楽だろう。もちろん、その小惑星のところまで行って帰ってくるのが大変だろうけど。
次に思いついたのは、やはりコンピュータ関連である。このご時世、AIだのなんだの言われる中、やはり必要になってくるのは基幹となるコンピュータ技術ではなかろうか。30兆円出して研究機関や企業に優秀な人材を集めれば、今からでもアメリカを余裕で追い越せると思うぞ。日本のPC市場は肥溜め以下だが、今のうちならポテンシャルはまだ残っているぞ! 自動運転やドローンを使った輸送システムの構築は、この人手不足を解消する一手になりうるかもしれない。大量のドライバーを車の運転から解放すれば、空いた人材を他の産業分野に投入できるし、そもそも移民などしなくてもよくなるのでは?――というのは都合が良すぎか。ただ、このまま手をこまねいていても、人手不足は深刻化するだけだろう。老人のケツをふくのに金を使うよりかは、将来有望と思うが、どうだろうか。
人はいつか年を取って、老人になってしまう。老人に一つだけ言いたいことがある。それは「敬老精神など、もう無くなった」ということだ。
昔は70歳のことを古希といった。「古来希なり」という意味だ。ところで、徳川将軍15代のうち、古希を超えて生きた者は何人いるでしょうか?
答えは、初代家康と15代目の慶喜の2人だけなのだ。将軍という、最も栄養状態が良くて、重労働も免除されている人間でも、これくらいしか生きられない。普通の農民なんてバンバン死にまくっていただろう。家康がよく74まで生きたものだと感心するが、それでも現代なら早死にと言われる年齢だから、今の高齢化社会がどれほど常軌を逸しているかお分かりいただけただろう。そして「今の敬老精神」というのは、実は古代・中世において確立されたものである。急速に進んだ高齢化に、その敬老精神を当てはめればどうなるか。今、一番見直されているのは、敬老精神のあり方かもしれない。
ぶっちゃけ、俺が仕事をできないくらい年を取った時には、家族はいないだろうし、福祉に頼るしかない。せめてそのときに最小限の福祉で済むように財産だけは作っておきたいのと、敬老精神を振り回す「老害」にだけはならないように、注意したいものだ。老人などというが、ただの死にかけである。死ぬ間際の人間が、社会から養分を抜きとるなどというのは馬鹿げている。
ノー・カントリー・フォー・オールド・マン。老人の住む国にあらず。老人の住む国はあの世しかないのであり、つまりは老いを受け入れて老兵は静かに身を引く、というのがこれから老人に求められることなのだろうと思う。