503*「声が小さい」という制約
「声が小さい」という制約が、今ほど邪魔に思うことはない。かつて自分にかけた暗示の報復なのか。それとも幼い頃に散々声を張り上げて泣きわめいていたから、これからは「人の声を聞け」という意味なのか。
幼稚園や小学校低学年のころ、自分が会話に加わろうとしたり、自分の好きなものを素直に表現しようとしたとき、周囲から馬鹿にされたことが何度かあった。一時期は仲間外れにされたこともあった。幼いなりに思い知った。自分の好きなものをそのまま出したら仲間外れにされるのだと。馬鹿にされて輪からつまみ出されるなら、自分の好きなものや意思は出さないほうがいい。そうやって無意識に自分の身を守ろうとしていたのだと思う。
「邪魔」と言われるのが怖かった。存在を否定されるくらいなら、空気のように当たり障りなく在ろうと思った。自分の発した言葉が災いの種となるのなら、必要なこと以外は黙っていようと思った。耳障りの悪い噂話や陰口を聞いても、聞こえていないふりをしてやり過ごしていた。そんな学生時代の人間不信から、自然と声が小さくなり、何事にも自信がなくなっていた。
私は幼稚園の頃から、人よりも身長が高かった。中学生になると男子生徒も同じくらいの人が増えたけれど、女子の中では飛び抜けて高かった。高校時代は、前に座ると後ろの人が見えないからと、担任の先生にお願いして窓際の一番前の席に固定してもらった。後ろだと視力が厳しくて黒板が見えにくいのと、授業に集中できないので前の席にしたかった。先生は少々呆れながらも了承してくれた。身長と裏腹に声は低くなっていった。女性らしい高い声に憧れたけれど、自分の声が低くて恥ずかしかった。声が低いと言われるのが嫌で、声を出すのが怖くなり、外ではあまり話さなくなった。
祖母は私と逆で声が高くてよく響く。良くも悪くも、ひそひそ話ができない。素直な性格で思ったことを相手に伝えられるので、周囲から信頼されやすい反面、外出先で「ここの店は美味しくない」とか、周囲に聞こえる声量で話してしまうので家族を冷や冷やさせることも多々ある。呆れつつも、羨ましく思う。バス停やお店で、となりに並んでいる初対面の人と話し始めるようなコミュニケーション力は流石と思う。
そんな祖母のコミュニケーション力を多少は受け継いでいるのか、どんな時も幸いにして仲良くしてくれる人が何人かいて、お昼を食べるときも輪に加えてもらったり、部活動では信頼できる仲間にも恵まれて、それなりに楽しく過ごしていた。成績や授業態度もそこそこ努力してきたから、先生たちからも目をかけていただいた。特にいじめられることもなく、平和な学生時代を過ごしていたのだと思う。人間関係には散々悩んだし、人には当たり前に出来ることが自分には出来ないと、自分に嫌気がさして苦しむことも多かった。
大学時代には合唱サークルの運営もしていたし、学生代表として悩むことは多かったけれど、いつも仲間たちに支えられて乗り切ることができた。大きな声を出す役割は得意なメンバーに任せきりにしていた。それで何とかなってしまっていた。みんな分かっているから、その優しさか諦めか分からない信頼感に甘え切っていた。
新卒で入社したコンサル会社では、声が小さすぎてテレアポで電話越しに叱られるし、上司からは「それじゃあコンサルできないから演劇でも習ってこい」と言われる始末。社内の研修会などで何度か発表の機会はもらっていたものの、ついに朝研修では発表することもなく、転籍してしまった。今でも続けているオンライン読書会でも、何度も発表しているのに一向に上達しない。会話もプレゼンも苦手なまま、「話す」ということに対して不安や怖さがぬぐえずにいる。
皮肉なもので、「邪魔」と言われないように自分自身にかけていた制約が、特に社会に出てからは自分自身の妨げとなっている。自己主張が全てではないけれど、歌にしてもビジネスにしても、人とのコミュニケーションにおいて「声」は重要なもの。自分のやりたいことが、自分の「声」という障害によって妨げられている。これほど不甲斐ないことはない。
別にこのままでも仕事はできるし、趣味もできる。コミュニケーションは一応取れているので、このまま生きていくことはできる。でも、もう少し気持ちの良い生き方をしたい。好きなことは好きと言いたいし、嫌なことや違うと感じたことは素直に伝えられるようになりたい。イベントで歌う機会があったときは、聴いている人が自然と盛り上がるような普通の歌い方をしたい。
「声」は私にとって、人生を切り開くための武器でもあり、自分の人生を縛り付ける鎖でもある。鎖を完全に切り離すことは難しいのかもしれない。上手く付き合っていく方法を模索したい。
飲み会や電車の中で、声を張り上げなくても普通に意思疎通ができるくらいの声量と自信が欲しい。相手から話を引き出したり、自分の考えを伝えるコミュニケーション力を磨きたい。
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