久々に『半分の月がのぼる空』を読み返した

1.

『半分の月がのぼる空』というライトノベルがある。僕の愛読書だった。

略称は『半月(はんつき)』。初めて読んだのは中学1年生の頃だったと思う。

心臓病で後先そう長くない女の子に、本気で恋する少年の話だった。


主人公の戎崎裕一(えざきゆういち)は、平凡でどうしょうもない、バカな17歳だった。舞台も現実の三重県伊勢市をほとんどそのままに使っていて、別にファンタジーでも何でもなかった。

だけど主人公は本気で女の子に恋をして、命をかけて彼女を笑顔にしていた。それがたまらなくて、アツくて、僕は一瞬でこの作品の虜になった。


ヒロインの秋庭里香(あきばりか)は、格別に可愛かった。山本ケイジ氏によって描かれたイラストは最高だったし、死を受け入れてどこか凛としている様子も、ワガママでつっけんどんな性格も、巻を追って主人公が本気になるごとに、彼の想いに真剣に答えるようになるとこも、全部が全部、可愛かった。当時の僕にとって秋庭里香は、世界で一番可愛い女の子だった。


話の内容も良かった。いろんなことが描かれていた。当然死ぬこととか、生きることの話はいっぱいあったけど、不思議と暗くなかった。もちろんそれだけじゃなくって、子供が大人になることだとか、ヒネた10代のしょうもなさだとか、友達のようで友達じゃないやつのことだとか…。若い自分には刺さって仕方なかった。

暗い火遊びの話も、寂れゆく地元への愛着も、これからの夢への希望も、すべてを失った悲しみも。その頃にはちょっとピンとこなかったけど、それゆえ翻弄され、大きく心動かされる話もあった。


2.

だから僕にとって『半月』は最強だった。その想いはかなり長い間続いた。

人生のことあるごとに読み返して、最強の作品で最強の気持ちになっていた。俺は裕一だ、裕一は俺だと思いながら読めば、僕は里香という最高に可愛い女の子を、カッコよく幸せにできる存在になれた。

まぁそういう気持ちにならなければ、生きる気力も湧かないような人生だったとも言えるけど。この作品を大事にできるということは、嬉しいことだった。

でもそういうのが5、6年ほど続いて、だんだんと読み返すことはなくなっていった。それは『半月』以外にも、面白いものをたくさん見つけたからだと思う。

いつも本棚の前列に置いていたせいで褪せた背表紙も、いつしか新しい漫画や小説の陰に隠れて見えなくなっていた。


3.

そんな『半月』を、最近読み返した。いろいろ創作をしているうちに原点に立ち返ろうと思って、思い出したのが『半月』だったからだ。

読み返して、衝撃を受けた。昔読んでいた時は、主人公・戎崎裕一は確実に僕だった。俺は裕一だ、裕一は俺だ、と思いながら読んでいた。

でも時間が経って読み返すと、戎崎裕一は全然僕ではなかった。僕という存在より、何倍もカッコよかった。そして僕は、あんまりカッコよくないことに気付いた。


4.

そう思ったのは、いろいろ原因があるだろうけど、一番の原因は最近あった『最強バーチャルタレントオーディション』という催しにある思う。

限られた席のために候補者が競い合う、公開オーディションだった。僕は雨ヶ崎笑虹No.9という子を推していた。

結果、僕の推していた雨ヶ崎笑虹No.9は、本戦に進めなかった。

別に悲しみがあるわけじゃないし、嫌味もない。彼女にもらった時間は最高のもので、そこに異論は一切ない。

ただ、女の子1人救えなかったな、という感覚が、ほんの少しだけあった。

まぁ、僕がたくさんお金を積めば彼女は本戦に進めたわけだし、そもそも救うとか救わないとかいうのは僕の傲慢な感情でしかないわけだから、それが本当に彼女のためになるかはわかんないんだけど。

なんかそういうのじゃなくて、手が届かなかったな、というか。もっと手を伸ばしたかった。

まぁだから、僕というのは全然カッコよくなくて、そう思うと『半月』を読んでも最強になれなかった。それはとてもつらかった。


5.

里香との面会ができなくなった裕一が、病院の外側をロープで移動して、彼女の病室に向かうシーンがある。

落ちてしまえば死ぬことだってあり得るのに、必死に里香の元へ手を伸ばす裕一。

『僕たちの両手は何かを掴むためにあるんだ』。そう呟いて、彼は病室に辿り着いた。そして彼は大切なものを勝ち取った。カッコいい。アツい男だ。

僕の両手は、何かを掴んだのだろうか。


6.

ただ、僕はこうも思う。

今は弱さをはっきりと理解できるだけ、自分は強いと勘違いしていた頃よりも、もっと強くなれる気がする。

大人になって、『子供の頃思ってたより、大した奴にはなれなかったよ』みたいな話があるけど、それは違うと思う。

自分が大したことないと思えた分だけ、強くなりたいと思える。前進できる。それは自分が強いと思って停滞していた頃より、何十倍も強いはずだ。

僕は今、手を伸ばしたかったと思える。この両手には何もないから、何かを掴みたいと思えている。だからただ『半月』を読むだけで最強だった頃より、強いはずだ。



そういうことを考えながら、また『半月』を読み返した。10年以上経っても、里香は相変わらず最高の女の子だった。

この女の子を救うことは、今はできない。僕は裕一ではないから。けど、救うために進むことが、今はできる。

なら大丈夫だろうと思うと、途端に最強の気分になってきた。相変わらず『半月』は、僕にとって最強の作品だった。





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