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第3話 〜青春〜
M先輩との恋人関係は、気持ちの高ぶりに反して少しづつ深まっていった。
いくつか理由はあったが結局「田舎」というのが大きな背景にあると思う。
1.定番
周囲にはコンビニ1つなく、チカチカ点滅する汚れた街灯のせいで夏以外の季節は不気味なほどに暗い通学路。中学生でも特に女の子たちは一人での下校を原則避けるよう、指導されていた。
通学路の途中には公園が1つあるだけ。周りは一軒家が並んでいる方面と団地が何棟かだけ建つ程度。それ以外は森林が奥に見える、そんな風景だった。
通学路からはかなり外れるが、駅前に行けばマクドナルド、スーパー、クリーニング屋さんなど小規模のお店はいくつかあった。それでもマクドナルドが数年後には閉店するような町。
そういった環境とまだ中学生だったこともあり、M先輩と市街地などへ電車で出かけるということは最後の最後までなかった。
二人でゆっくり過ごす時と言えば、通学路の途中にある公園で話すのが定番だった。公園と言っても二人掛けベンチ1つと、小さな滑り台に鉄棒が大中2つの小さな公園。
M先輩には勉強の相談をしたり、野球部のとある先輩の愚痴もよく聞いてもらっていた。
先輩はいつも優しい笑顔で最後まで話を聞いてくれていた。
そして先輩も少しづつ部活の悩みや進路の悩みを打ち明けてくれるようになっていた。
先輩なので当然といえば当然だが、先輩はいつも1歩先を歩いているような気がしていた。追いつきたくても追いつけないような、そんなもどかしさを感じることがあった。
それでもM先輩と話す時間は心が落ち着く時間で、同時に色んなことを考えるきっかけにもなっていた。
先輩のことを知れば知るほど、恋人でありつつ、いつしか憧れの存在にもなっていた。
2.言葉
全国的かどうかは定かじゃないが、僕らの世代あたりは、落ち着いた学年と問題視される学年が不思議と交互に続いていた。
そして、僕の代は問題視されていた学年だった。
2年生になり後輩ができたことで "いきり"がエスカレートしたのか、その学年の "色"が濃く出始めていた。
いじめや自発的な不登校によりクラスの半分以上が学校に来ない時期もあった。◯んだ生徒はいないが、いじめによりNHKの全国ニュースでも取り上げられ、教師ではなく教育委員会の人が代わりに授業することも一時期あった。
そんなこともあり、部活内でも先輩たちと衝突する日々。
そういった場面に率先して関わることはなかったが、ゼロではなかった。
直接見聞きしたわけではないが、男女とも「あの学年の奴とは間違っても交際するな」と先輩後輩の代から言われていたことを、しばらくしてから聞いた。
そういった背景を踏まえて、一緒にいることでM先輩の厄介になっていないか不安が募り、一度だけ聞いたことがあった。
「先輩、僕と付き合ってるって周りは知ってると思うんですけど、大丈夫ですか?面倒になるくらいなら会うのだったり我慢します…」
別れますとは言いたくなく、濁したような伝え方をした。
一緒にいるときはいつも優しい雰囲気で寄り添ってくれるM先輩。
ただ出会った当初から基本的に控えめで、物を言うのも踏みとどまるタイプ。大袈裟に思いつつも肩身の狭い思いをしていないか心配だった。
「全然そんなことないよ、一緒に帰るこの時間が楽しいし仮にKとか周りの友達に何か言われてもそうはしないよ」
M先輩のイメージからはかけ離れた、予想以上に真っ直ぐな言葉を聞いてすごく安堵した。
同時に、今まで以上に僕も寄り添いたいと思った瞬間だった。
それからもお決まりのデートコースである公園での会話をしながら、穏やかな下校を繰り返した。
3.約束
先輩が3年の夏、初めて一緒に地域の夏祭りに出かけた。
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一緒に金魚すくいや輪投げなど、一通りのことはしながら幸せな時間を過ごした。
これが初めてのデートらしいデートだった。
「来年はM先輩は高校生か。一緒に下校はできなくなるんだな…。」
M先輩を家まで送った帰り道、ふとそんなことが浮かんできた。
M先輩の受験間近の日、キットカットと、少し離れたところにある地域の小さな神社で買ったお守りをサプライズでプレゼントした。
渡したのは公園。
誕生日も大したことはできず、一人もやもやしていたがこの時のM先輩の喜んでくれた顔と、「合格できそうな気がしてきた!」と無邪気に言ってくれた姿がとても印象的だった。
雪が積もっている時期。
お互いに雪だるまを作ってベンチの横に並べた。
「来年も一緒に作ろうね」
M先輩の優しい声に、思わず涙がこぼれそうになった。
職場で出会った超ドタイプの子と付き合うまであと16年。
つづく。