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売上を減らそう
多くの人が開業する際に様々な思いをもって開業されます。成功者になりたい人もいれば、やりたいことをやるためだったり、有意義な時間を過ごすために開業する人もいます。もし開業の動機が「成功者」ではないのなら、売上を求めることをやめたほうがいいと考えます。
売上100倍は手間も100倍。 経営していれば常にトラブルが起こるが、トラブルは売上に比例して多くなる。 利益が同じなら、売上が大きいほうがリスクは高い。
売上が上がり、仕事が増え、従業員が増え、会社の規模が大きくなる。これは一般的によいこととされる。だが、その分アクシデントも増え、管理の手間も増え、やりたいことに注力できなくなる。規模が大きくなることは、必ずしもいいことばかりではない。
売上を上げたい一心でやみくもにお客様を増やすと、一人ひとりの顧客満足度を高める施策に力が注げない。
1億円歯科になりたいのなら簡単です。コンサルや材料屋のマニュアル通りに規模を大きくするだけです。最初はみんなが手伝ってくれます。契約に従って。しばらくは順風満帆な運営が続くはずです。
先生は崇められ、各種セミナーや講演会に呼ばれ、すごい先生であることをみんなのまえで宣言させられます。祭りはいつまでも続きません。その後です。
以前に勤務していた大きな医療法人の売上は約4億円規模でした。どんどん売り上げがあがり、分院展開して、まさに破竹の勢いでした。予防中心の運営に加えてインプラントや矯正など、幅広い総合的な医院であり、競争力が非常に高い医院運営でした。求人においても、衛生士学校とタッグを組んでいたため、採用に困ったことがなかったです。スタッフ陣営も優秀な方が多く、その優秀なスタッフが優秀なスタッフを育てる体制が確立しておりました。理事長先生は高いマネジメント能力に加えて、治療のテクニックも圧倒的に凄く、人間的にも魅力的な素晴らしい人柄の先生でした。
まさに非の打ちどころない医療法人でした。しかし、ほぼ毎週のように軽微なトラブルに見舞われ、スタッフやドクターはトラブルに翻弄される毎日でした。レセコンの設定ミスで膨大なレセプトの返戻があった時、ドクターみんなで「・・・今日は帰れないぞ」と覚悟した日が、いくつあったことか。1日に100人くらいの患者さんがいると、ひとりひとりを覚えるのは不可能。あわただしく作業する毎日に胃腸が限界を迎え、取引先で胃痙攣で倒れるという失態を招いてしまいました。
その時に
「自分には大きな医療法人を運営する能力がない。無能な人間なんだ。」
と確信しました。
大きな売り上げは非常に魅力的です。ですが、大きな売り上げに耐えられる能力が必要になります。それは体力だけではありません。人間性やマネジメント能力、財務の体力や経営力も試されます。エベレストの山頂でTシャツ1枚でいる感じ、とでもいいましょうか。
そして本当に試されるときは「みんな」が引いていった後、「何かが狂ってきた時」です。どんな企業も常に上り調子ではありません。自然災害、感染症、戦争・・・経営は不可抗力が原因でおかしくなることを忘れないでほしいです。
開業時や拡大時に膨大な借入ができると「自分には能力があるんだ。評価してもらえた。」と感じます。みんなに褒め称えられれば、なおさらでしょう。しかし、その借入は後でボディブローのようにじわじわ響きます。特に「何かが狂ってきたとき」に苦痛が押し寄せることになるでしょう。現に私の勤務していた医療法人は解散しています。おそらく最強だったのに。最強だからこそ解散してしまったのかもしれません。
「何かが狂ってきたとき」の莫大なストレスに耐えられるかどうかが重要なのであって、開業から10年くらいで成功者になれることが経営者の能力ではないのです。
少なくとも私には能力が無かった。だから、こうして趣味のように最小ユニットで潰れないように運営しているのです。クリニックも潰れにくい、私も潰れにくいサスティナブルな経営です。
経営者の最大の使命は「永続的経営」に力を尽くすこと。 何事にも動じない盤石な会社をつくること。 そのためには、できるだけトラブルやリスクを軽減する経営に努める。 景気は必ず好不況を繰り返す。災害、感染症などのアクシデントに見舞われる可能性も高い。 だからこそ不況を前提にした企業づくりが必要だ。
ワタベデンタルは売上だけ見ると倒産レベルに見えるでしょう。歯科医院とは思えないほど売り上げが低いですから。多くの人が売り上げだけで判断するので、誰からも評価されません。
目立たないので、かえって好都合なのですが、承認欲求が強い人は耐えられないと思います。固定費が低い、変動費も低い、貸しはがしにあっても余裕な借入に留めています。そして治療の大半が直接修復なので、原価率10%以下です。だから精神的に余裕があります。
余裕があるから、理想的な治療を提供できていると確信しています。その余裕が患者さんに寄り添える機会を与えてくれます。さらに圧倒的にトラブルが少ない!トラブルが少ないとストレスが少ないので、精神的にすごく楽です。あんまり儲かってない歯がゆさがありますが、人生はお金だけじゃないので。私がお役に立てていることが、なによりも幸福なことです。大勢に認められる成功者も幸福かもしれませんが、目の前の人の役に立てることも幸福なことだと思います。
同業の倒産を減らしたいです。