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12月14日 討ち入りの日

1702(元禄15)年のこの日は赤穂浪士による吉良邸討ち入りの日。江戸・本所松坂町にあった吉良邸の一部は現在松坂公園となり、毎年この日は元禄市でにぎわう。午前中は義士祭、午後は吉良祭が行われる。

出典「すぐに役立つ 366日記念日事典[第4版]下巻」(編者 日本記念日協会、創元社、2020年)

2021/12/14の振り返り
忠臣蔵のこと、じつはよく知りません。
年末のテレビ時代劇でよく取り上げられるお話、というくらいの認識です。

良い機会なので、ちょっと検索してみました。

まず観てみたのがこちら。

2分でわかる「忠臣蔵」 “アニメ”でわかりやすくまとめました 『the SOCIAL』傑作選(2017年12月14日放送より)


次に、こちらの記事を読んでみました。

忠臣蔵とは?あらすじや登場人物を徹底解説!なぜ赤穂浪士討ち入りを忠臣蔵と呼ぶのか

正直いって、私はいい話ですね!だなんて全然思えなかったけれど。

ですが、動画であらましを観たあとに、あらすじの記事を読んでみたら、共感できてしまうような描写や状況があちこちにあって、忠臣蔵が人気があるお話だということがよく分かりました。

「仇討ち」と言ってしまえばそれまでのお話ですけれど。

そもそも、「喧嘩両成敗けんかりょうせいばい」が定法なのに、将軍綱吉が独断でその日のうちに加害者として浅野内匠頭は、即日切腹、赤穂藩は取りつぶしの裁定を下したそうな。

一方的で不公平な裁定だったけれど、家臣の大石内蔵助はお家再興のための嘆願を続けていた…しかしそれは叶わず、討ち入りせざるを得なかった。

あらすじをさらっと読んだだけでも、なんだかすこし響いちゃいました。

「仇討ち」のお話なんだけれど、いわゆる社会人とか組織に属しているヒトは多かれ少なかれ、いろいろな登場人物の立場や気持ちがちょっとずつ分かるんじゃないかなあとおもいます。

社会人じゃなくても、学生でも、たった一人で生きているヒトなんていないはず。そう考えると誰もが登場人物の誰かしらに自分を重ねることができたり、重なってしまうのかもしれません。

そんでもって、他の動画も観てみたらまったく別の視点での解説もあったりして…なんとまあ、それぞれの正義が交錯してしまってただただ悲しい、むなしい…という気持ちになってしまいました。

学校では教えない忠臣蔵の真実 赤穂浪士が討ち入りをした本当の理由|小名木善行

もう訳わかんないや…Σ( ̄ロ ̄lll)

真偽のほどは分かりません。
でも、こちらもすごく説得力があるような気がして…じゃあ、最初の動画や、あらすじの記事はどうなるの?ってな感じですが、事実だけを取り上げてみると、やっぱり認められなかった「仇討ち」に尽きるのですよね。

結局、私に残ったさいごの気持ち。

いろいろなことがあるけれど。
でも、それでも私たちは生きていく。生きていくという言葉が大げさだとおもうのなら「暮らしていく」「過ごしていく」「毎日は続いていく」という言葉ならすこしはおさまりが良いのかな。響きや印象は異なるかもしれないけれど意味合いはそれほど変わらないとおもいます。

まあね、私自身は「仇討ち」も「討ち死に」もまっぴらごめんですけどね。

でも、「生命を懸けるほど打ち込む姿」っていうのは、私をすごく惹きつけるからちょっとやっかいだなあって(良い意味です)。

だから、私には映画や小説でほんのすこし触れるくらいがちょうどいいのかもしれません。

Amazonプライムで「忠臣蔵」を検索したら何作か観ることができるみたいなので、こんどちょっと観てみようかな?っておもっています。

(良い夜を)

#日記 #記念日事典 #討ち入り #師走 #諸説あるようですね


【次回】12月15日 年賀はがき引き受け開始日

【次々回】12月16日 フリーランスの日