見出し画像

【転載】映画『フィールズ・グッド・マン』 オルタナ右翼に「利用」されたカエルのペペの数奇な運命

この記事は『Wezzy』に2021年4月10日に掲載された記事です。同ウェブサイトの閉鎖に伴いこちらに転載いたします。



 3月12日より劇場公開中の『フィールズ・グッド・マン』(アーサー・ジョーンズ監督・脚本、2020年)は「ぺぺ」という名のカエルのキャラクターが、その作者の手を離れてネット上でミームとして利用され、ついには白人至上主義者が人種差別的な投稿に添えるアイコンとして利用するにまで至るその数奇な経緯を描いたドキュメンタリーである。 映画がスポット・ライトを当てるぺぺは、マット・フィリーの漫画作品『ボーイズ・クラブ』(2005年)に登場する。ぺぺを利用したミームは当時Facebookに先んじて流行していたMyspaceと呼ばれるSNSや日本の2ちゃんねるを模した「4chan」と呼ばれる匿名画像掲示板などで拡散した。2015年には4hcanの住人たちがぺぺをドナルド・トランプと重ね合わせて使い始め、翌年の大統領選挙でのトランプの勝利にぺぺが貢献したと彼らが信じるまでにこのミームは米国内で広く流通した。

 本作は、漫画家マット・フィリーが生み出した本来のぺぺをオルタナ右翼から取り戻す戦いとして出来事全体を描き出している。自分の人生をかけて作り上げたキャラクターがミームとして流通しているのを放置していたら、いつのまにか極右のミームになり、名誉毀損防止同盟(米国のユダヤ系の団体)によって人種差別の象徴として鉤十字などと並んで登録されてしまう。フィリーはぺぺのミームを使用しているトランプ支持者に対して法廷闘争を仕掛け、当然勝利する。しかし極右のアイコンとして利用されていることを悲しみ、結局自分の作品の中でぺぺを埋葬してしまう。全体として映画はフィリーの苦しみに焦点を当てるのだが、最後にはぺぺが香港で民主化の象徴として利用されることを小さな希望として提示する。

なぜカエルのぺぺはオルタナ右翼に愛されるに至ったのか?

 『フィールズ・グッド・マン』に出てくるフィリーの関係者や学者たちはオルタナ右翼にぺぺがミームとして利用されたことを不幸で不運な予想外の出来事として描き出している。 ぺぺのミームを利用していた人たちの多くは原作漫画に興味を示しておらず、実際、ネットに溢れるさまざまなコンテンツからたまたま選ばれたと考えることはかなり妥当に思える。確かに、ぺぺが選ばれなかったとしたらトランプ支持者たちは他の別のミームを利用していたかもしれない。 しかし、この映画は同時に、フィリーの手を離れオルタナ右翼に利用されるまでに辿ったカエルのぺぺがもつイメージの段階的な変化を描き出しており、映画全体が提示している無垢なアーティストと邪悪なオルタナ右翼という対立構造には回収しきれない、原作者フィリーとさまざまな匿名のネットユーザーたちの間の相互作用的関係も表現している。

ぺぺのマスキュリニティー?

 カエルのぺぺに最初に注目し始めたのはオルタナ右翼ではなく筋トレをする男性たちである。彼らはフィリー自身がMyspaceに投稿していた作品を発見し、鍛えた筋肉を誇示するセルフィー画像を本映画のタイトルともなっている「feels good man」というコメントとともに使い始めた。 筋トレをする男性たちがぺぺに注目したのは完全に偶然だったのだろうか? フィリーの周辺は筋トレをする男性たちが「feels good man(気持ちいいぜ)」という台詞を拡散することをあまりよく思っていなかったようだが、私はある程度内在的な繋がりがあると感じる。

 この場合の「man」は、「oh man」や「oh boy」などと同様に間投詞として使われており、manは必ずしもその場にいる具体的な男性を指すわけでは無い。だが、原作の『ボーイズ・クラブ』はフィリー自身や彼の友人たちをモデルにした4人の男性の若者が同居し、四六時中一緒にいてゲームをしたり、ピザを食べたり、ドラッグや酒を飲んでだらだらと暮らしている姿を描いたものだ。ゲロやうんこやオナラの話題が頻出し、例えば、とても長い一本糞を仲間内で自慢し写真に撮ろうとするのだがカメラの電池切れでしかたなく冷凍庫に保存しておくというようなどうしようもない話が展開される。登場するキャラクターの一人はかなりの頻度でペニスを露出している。

 従って、筋トレをして体を鍛えるという種類のいわゆる典型的な体育会系の男性集団が描かれているわけではない。とはいえ、これはこれでマリファナをキメ、どちらかというとダウナー系でチル・アウト(まったり)する若い男たちのホモソーシャルな空間ではある。 このことを前提にすると、「feels good man」はやはりジェンダー的にニュートラルな表現というわけではない。チルする男たちからすると筋トレをするジョック的な男たちに利用されるのは嫌だろうとは思うのだが、まさにタイトルにあるように「ボーイズ・クラブ(男だけの集まり)」という観点では、筋トレをする男性たちがこのセリフを取り上げたことにはつながりがあるのかもしれない。そもそもこの「feels good man」というセリフはぺぺが立小便をするときにチャックを開けるだけでなくズボンと下着を完全に足首まで下ろすことについて「きもちいいぜ」と述べたものであり、その意味でやはりマスキュリニティーに関わるものであると言える。

悲しみの感覚

 その後、ぺぺがマスキュリニティーだけでなく悲しみや敗北の感覚を示すアイコンとして利用されるようになって、筋トレ・コミュニティーの外側にこのミームが広がった。 この段階ではぺぺや『ボーイズ・クラブ』という作品のダウナー系でチルな感覚が生かされ、深い悲しみや敗北の感覚が強調されている。フィリーやその周辺は、筋トレ・コミュニティーが「feels good man」というセリフを拡散した時と異なり、このような悲しみのアイコンとしてのぺぺの広がりをおそらく好意的に受け止めていた。

 『ボーイズ・クラブ』では必ずしもぺぺが主人公というわけではないし、作中でぺぺの悲しみの感覚が強調されているわけでもない。しかし、ぺぺの人気にあやかってフィリーたちはぺぺをあしらった商品展開を開始するわけで、ここには原作者周辺がネット・ユーザーたちの解釈を好意的に受け取り、それに乗っかったという側面があるのだろう(念のために言っておくが、これはフィリーたちがネット・ユーザーたちを利用したから落ち度があるという意味ではない)。ここまでは、原作者と匿名のネットとの間でのポジティブな共同作業と捉えることもできるだろう。

怒りのシンボルへ

 しかし、ネット・ユーザーの行動は作り手の望む範囲に収まるものではない。『ボーイズ・クラブ』の内在的な文脈を大きく飛び越えて、ぺぺに見出された悲しみの感覚は怒りの感覚に変形した。女性のセレブたちがぺぺの画像を使い始め一般の女性たちもぺぺの画像を利用するようになると、いわゆる「インセル」たちが自分たちが育ててきたものを土足で荒らされたと感じ、女性やリア充の男性たちに対する怒りや暴力的な表現にぺぺを使い始める。 『ボーイズ・クラブ』の中ではマリファナが擬人化された女性キャラクターとして出てくるが、具体的な女性のキャラクターは登場せずセックス描写も性の話題もあまりないので、女性やリア充に対する怒りというテーマはネット・ユーザーたちによって付加されたものだ。

 『フィールズ・グッド・マン』では、ミームの専門家の大学教授やトランプの選挙対策チームの重要人物など社会的地位の高いインタビュイーに並んで、4chan住人のミルズという人物も登場する。彼は親の家の地下室で引きこもりとして過ごし、YouTube上でアクティブに活動しているが、自分自身を社会から排除され女性と交際する機会を奪われたいわゆるインセルであるとみなしている。

 彼自身が「くたばれリア充ども」とカエルのぺぺに好感を示しているのだが、このミルズが示す悲しみや敗北の感覚が怒りに転化するという複雑な経緯があることが、オルタナ右翼たちがペペを自分たちのシンボルとして採用し、ついにはトランプと重ね合わせるに至る理由であるように思える。

 『フィールズ・グッド・マン』はフィリーに寄り添っており、彼のオルタナ右翼との戦いが前景化されて描かれているが、同時にその後景には、このようにオルタナ右翼の内在的な(仮にそれが自己中心的で主観的だとしても)観点からぺぺというミームの成長を読み込むこともできるではないだろうか。

 だとすると、香港でカエルが民主派のアイコンになっていることを小さな希望とするのは、あまりにも唐突である。オルタナ右翼が作者の意図を無視して、悲しみや敗北感から怒りへと変化していくぺぺというミームの来歴をうまく掬い取ったことを描き出しているのに対して、香港の民主派がいかなる理路でぺぺを採用したのかを本作は詳細に描いていない。

ミームの現実化

 この点をより深く理解するには、そもそもトランプそれ自体がミームであったことを思い返す必要がある。 もともとトランプは『アプレンティス』というビジネス・リアリティー番組で、「お前は首だ!」という決めセリフで見習いビジネスマンに引導を渡すキャラクターとして知名度を獲得した。彼のキャラクターは2004年に共和党の大統領候補であるジョージ・ブッシュをやめさせるための活動でミームとして利用された。ベン&ジェリー・アイスクリームの創業者であるベン・コーエンが出資して作った「真の大多数」というグループは、2004年の大統領選に人々の参加を呼びかけ、ブッシュを首にすることを目標に次のような動画を制作した。

 この動画の中で、今では考えられないことだが、民主党寄りの活動家がトランプをミームとして利用し『アプレンティス』の予告編を模した動画を作り、「残念ながらドナルドはブッシュをクビにすることはできない。だが我々は自分たちでクビにできる。」と言って投票を呼びかけていたのである(詳細はヘンリー・ジェンキンズ著『コンヴァージェンス・カルチャー』の第6章を参照)。

 2004年にはトランプ自身が民主党寄りの活動家にとってのミームとして使われていたが、2016年にはカエルのぺぺがトランプ支持者にとってのミームとなっているのである。ぺぺがある特定の人々の主観的な剥奪感を表現するミームとして使われるそのずっと前に、共和党のブッシュ候補に対抗するためのミームとして断罪的な怒りを表現するトランプが選ばれていたのだ。 ぺぺのミームが悲しみと敗北感から怒りへの変化という来歴を持っていることとトランプが元々断罪のミームとして使われていたことを考え合わせると、2016年に起きたことは、ある政治家をミームが支えたということではなく、二つのミームの相互作用とその現実化としてのトランプ大統領の選出だったのではないだろうか。


◆公式WEBサイト&SNS

HP:https://feelsgoodmanfilm.jp

インスタグラム:https://www.instagram.com/feelsgoodmanfilmjp/

FB:https://www.facebook.com/FeelsGoodManFilmjp/

ツイッター:https://twitter.com/FeelsGoodManjp

◆クレジット情報
出演:マット・フューリー、ジョン・マイケル・グリア、リサ・ハナウォルト、スーザン・ブラックモア、アレックス・ジョーンズ、ジョニー・ライアン、カエルのぺぺ
監督・脚本:アーサー・ジョーンズ
撮影・脚本:ジョルジオ・アンジェリーニ
編集・脚本:アーロン・ウィッケンデン
原題:Feels Good Man
配給:東風+ノーム
2020年/アメリカ/94分 (C)2020 Feels Good Man Film LLC



いいなと思ったら応援しよう!