読書
ふと本棚になある「Itと呼ばれた子」のタイトルを目にして、昔のことを思い出しました。
思い出す、というより、フラッシュバックの感覚です。
それを読んだ頃、私は、家庭が複雑だったり、かわいそうな子供の本をたくさん読みました。
それは同情でも好奇心でもなく、ただただ自分が1番不幸なわけではないと思いたかったからだと思います。
おそらく。
おそらく、と付け足したのは、当時の私の感情は、当時の私のものであって、いまの私のものではないからです。
幼少期、少女の頃、哀しいことや、思い出すとあまりにもつらいことが多かったため、基本的に忘れることにしています。
でも、こうしてたまに、心の奥から顔を出す時、なんとも形容し難い気持ちになるのです。
SNSはとても便利です。
この文章も、本当とは限らないのですから。
以前、海外の動画を目にしました。
母親と思しき女性が、子供たちに「この紙に悪口を言って」と言い、子供が悪口を言う毎に紙をくしゃくしゃにしていきます。
そして「謝りなさい」と言って、謝らせます。
謝ったことに対して紙を広げ「元に戻った?」と問いかけます。
紙は、広げられてもしわが残っていて、決して新品の状態には戻りませんでした。
そして、これが心だ、という話をしていました。
動画を観た後、少し泣きました。
こんなに大人になっても、思い出すとすぐに涙が出るほどに哀しい子供時代でした。
もう大人です。
それでも、あの日々がなかったことになるわけではありません。
忘れたくても、身体に染み込んだ痛みやかなしみは、こうして何の前触れもなくまた痛みだして、時々やるせない気持ちにさせます。
楽しかったこともあるでしょう、と言う人もいます。
そんなことは関係ありません。
そもそも楽しかったことが全くなかったら、もうとっくにいろいろなことを諦めていたことでしょう。
昔から本を読むのが好きでした。
自分と違う人生を辿れるから。
自分が1番不幸だと思わなくなるから。
そんなことを考える子供だった自分を、今は愛おしいと思いながら、ひどくかなしいとも思います。
私は私なりに折り合いを付けて、なんとか今日も生きています。
生きるのに関わってくれた貴方に今日も感謝を。
おしまい。
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