#54 みんな!しっかり寝ようよ!
今は亡き私の祖父は
「世の中に 寝るほど楽は なかりけり、浮世の馬鹿は 起きて働く」
が口癖だった。
私の祖父は私が中学1年生の1月に、70歳でこの世を去った。今の時代では70歳はまだまだ元気な人が沢山おられ、老人とも呼ばれないほどだと思うが、当時はそろそろお迎えが来てもおかしくない、言い方は良くないとは思うが、適齢期だった。
冒頭に書いたセリフを祖父が口にすると、それを聞いて祖母は「働く意欲が薄い人だ」とその度に愚痴っていたのをかすかに覚えている。
あまり働き者では無かったのだろうが、いつも元気そうだったその祖父が、70歳の誕生日を迎えて一週間後、少し具合が悪いと朝寝床から起きてこなかった。そこで祖母が様子を見に行きいつもと違う気配を感じたので、医師に往診をお願いした。
往診に来た医師は、「残念ですがもってあと1週間でしょう。親戚縁者に連絡してあげてください」と言って帰っていった。
今ならこんな事は望んでもできないかもしれないが、つい50年ほど前はこれが普通だったと思う。
親類縁者がお見舞いに一通り来て、みんなが別れの覚悟をしたのち、キッチリ一週間で家族が見守る中、息を引き取った。
この一週間ほとんど何も口にしなかった祖父に、日頃はあたりが強かった祖母も、孫の私に「これで最後だから死に水を取ってやってくれ」と悲しそうな顔をして、先に水を湿らせた脱脂綿を渡してくれた。
その後に医師に自宅に来てもらい、死亡診断書を書いてもらった。
今思えば、病院のベッドで管につながれることもなく、自宅の畳の上で苦しむこともなく、家族に囲まれて眠るように逝った祖父は、私に理想の逝き方を見せてくれたような気がする。
今の時代つらい時でも薬を飲んで紛らわして、無理して仕事をしたり、遊んだり、色々と行動してしまうが、それよりも心や体がつらい時は何もせず、ただ横になって(寝て)天命を待つのは、あながち間違いでは無いのではないかと、私は祖父を見送った経験からそう思っている。