ジョルダン標準形の存在証明がしたい♪ (冪零行列編)
大学2年生前期の線形代数学の授業でジョルダン標準形の存在証明のやり方を習ったものの,あまりにも複雑で解りづらかったので,自分なりに手短な証明を問題形式で作ってみることにしました.
この記事では冪零行列(何乗かすると零行列になる正方行列)のジョルダン標準形の存在証明をします.これができれば,次の記事で行う一般の複素正方行列についての証明がちょっと楽になります.
以下の問題では,参考文献[2] p.210に基づき,次のような用語を使います.
定義. $${V}$$を体$${K}$$上のベクトル空間,$${W}$$をその部分空間とする.$${V}$$の部分集合$${S=\{\bm{v}_1,…,\bm{v}_{\sharp S}\}}$$が
$${{\bf mod} \bm{W}}$$で一次独立であるとは,$${a_1\bm{x}_1+\cdots+a_{\sharp S}\bm{x}_{\sharp S}\in W (a_1,…,a_{\sharp S}\in K)}$$ならば$${a_1=\cdots=a_{\sharp S}=0}$$となることをいう.
$${{\bf mod} \bm{W}}$$で$${\bm{V}}$$の基底であるとは,$${\bmod W}$$で一次独立であり,$${S\cup W}$$が$${V}$$を張ることをいう.
($${W=\{\bm{0}\}}$$とすると,通常の一次独立性・基底の定義に一致する)
では,これから問題に入ります.前半の(1)(2)は少々難しいですが,後半の(3)(4)は割と楽だと思います.
問題
$${K}$$を体とする(代数閉体でなくてもよい).$${N}$$は$${K}$$上の$${n}$$次正方行列で,$${N^{k-1}\ne O, N^k=O}$$を満たすものとする.$${\Lambda=\{1,2,…,k\}}$$とし,集合族$${\{S_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}}$$は次の条件を満たすものとする:
(a) $${\lambda\in\Lambda}$$に対し,$${S_\lambda}$$は$${\bmod\ker N^{\lambda-1}}$$で$${\ker N^\lambda}$$の基底である.
(b) $${\lambda\in\Lambda\backslash\{1\}}$$に対し,$${NS_\lambda\subset S_{\lambda-1}}$$.ただし,$${NS_\lambda=\{N\bm{x} | \bm{x}\in S_\lambda\}}$$である.
(1) $${\lambda\in\Lambda\backslash\{1\}}$$に対し,$${S\subset K^n}$$が$${\bmod\ker N^{\lambda-1}}$$で一次独立なら,$${NS}$$は$${\bmod\ker N^{\lambda-2}}$$で一次独立であることを示せ.これにより,上記の条件を満たす集合族$${\{S_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}}$$の存在が保証される.
(2) $${\lambda\in\Lambda}$$に対し,$${X\subset K^n}$$が$${\ker N^{\lambda-1}}$$の基底なら,$${X\cup S_\lambda}$$は$${\ker N^\lambda}$$の基底であることを示せ.これにより,$${S_1\cup S_2\cup\cdots\cup S_k}$$が$${\ker N^k=K^n}$$の基底になることが分かる.
(3) $${V=\bigcup_{\lambda\in\Lambda\backslash\{1\}}(S_{\lambda-1}\backslash NS_\lambda)}$$とする.$${V}$$に含まれるベクトルに番号を振り,$${\bm{v}_1,\bm{v}_2,…,\bm{v}_{\#V}}$$とする.各$${i\in\{1,2,…,\#V\}}$$に対し,$${\bm{v}_i\in S_\lambda}$$であるとき,$${\lambda}$$個のベクトル$${N^{\lambda-1}\bm{v}_i, N^{\lambda-2}\bm{v}_i, …, N\bm{v}_i, \bm{v}_i}$$をこの順に横に並べて$${n\times\lambda}$$行列$${M_i}$$を作る.また,$${N_i}$$を,対角成分の1つ上の成分が$${1}$$で,それ以外の成分が$${0}$$である$${\lambda}$$次正方行列,すなわち
$$
N_i = \begin{bmatrix} 0 & 1 \\ & 0 & 1 \\ & & \ddots & \ddots \\ & & & 0 & 1 \\ & & & & 0 & 1 \\ & & & & & 0 \end{bmatrix}
$$
とする.このとき,$${NM_i=M_iN_i}$$となることを示せ.
(4) (3)で構成した行列$${M_1,M_2,…,M_{\#V}}$$をこの順に横に並べて$${n}$$次正方行列$${M}$$を作る.$${M}$$が正則であり,
$$
M^{-1}NM = \begin{bmatrix} N_1 \\ & N_2 \\ & & \ddots \\ & & & N_{\#V} \end{bmatrix}
$$
となることを示せ.これが冪零行列$${N}$$のジョルダン標準形(の1つ)である.
(問題ここまで)
解答
(1) $${S=\{\bm{x}_1,\bm{x}_2,…,\bm{x}_m\}}$$とし,$${a_1(N\bm{x}_1)+\cdots+a_m(N\bm{x}_m)\in\ker N^{\lambda-2} (a_1,…,a_m\in K)}$$とおく.これは$${N^{\lambda-1}(a_1\bm{x}_1+\cdots+a_m\bm{x}_m)=\bm{0}}$$,すなわち$${a_1\bm{x}_1+\cdots+a_m\bm{x}_m\in\ker N^{\lambda-1}}$$と同値である.$${S}$$は$${\bmod\ker N^{\lambda-1}}$$で一次独立であるから,$${a_1=\cdots=a_m=0}$$を得る.よって,$${NS}$$は$${\bmod\ker N^{\lambda-2}}$$で一次独立である.□
(2) $${X=\{\bm{x}_1,\bm{x}_2,…,\bm{x}_{m_1}\}, S_\lambda=\{\bm{y}_1,\bm{y}_2,…,\bm{y}_{m_2}\}}$$とする.まず,$${X\cup S_\lambda}$$が一次独立であることを示すために,$${a_1\bm{x}_1+\cdots+a_{m_1}\bm{x}_{m_1}+b_1\bm{y}_1+\cdots+b_{m_2}\bm{y}_{m_2}=\bm{0} (a_1,…,a_{m_1},b_1,…,b_{m_2}\in K) \cdots(*)}$$とおく.両辺に$${N^{\lambda-1}}$$を左から掛けると,$${\bm{x}_1,…,\bm{x}_{m_1}\in\ker N^{\lambda-1}}$$により,$${N^{\lambda-1}(b_1\bm{y}_1+\cdots+b_{m_2}\bm{y}_{m_2})=\bm{0}}$$,すなわち$${b_1\bm{y}_1+\cdots+b_{m_2}\bm{y}_{m_2}\in\ker N^{\lambda-1}}$$となる.$${S_\lambda}$$は$${\bmod\ker N^{\lambda-1}}$$で一次独立であるから,$${b_1=\cdots=b_{m_2}=0}$$を得る.これを$${(*)}$$に代入すると$${a_1\bm{x}_1+\cdots+a_{m_1}\bm{x}_{m_1}=\bm{0}}$$となり,$${X}$$は一次独立であるから,$${a_1=\cdots=a_{m_1}=0}$$を得る.よって,$${X\cup S_\lambda}$$は一次独立である.次に,$${X\cup S_\lambda}$$が$${\ker N^\lambda}$$を張ることを示すために,$${\bm{x}\in\ker N^\lambda}$$をとる.$${S_\lambda\cup\ker N^{\lambda-1}}$$は$${\ker N^\lambda}$$を張るので,$${\bm{x}}$$は$${S_\lambda\cup\ker N^{\lambda-1}}$$に属すベクトルの線形結合で表せて,更に,$${X}$$は$${\ker N^{\lambda-1}}$$の基底なので,$${\bm{x}}$$は$${S_\lambda\cup X}$$に属すベクトルの線形結合で表せる.よって,$${X\cup S_\lambda}$$は$${\ker N^\lambda}$$を張る.したがって,$${X\cup S_\lambda}$$は$${\ker N^\lambda}$$の基底である.□
(3) 以下のようにして示せる:
$$
\begin{aligned}
NM_i &= N\left[ N^{\lambda-1}\bm{v}_i | N^{\lambda-2}\bm{v}_i | \cdots | N\bm{v}_i | \bm{v}_i \right] \\
&= \left[ \bm{0} | N^{\lambda-1}\bm{v}_i | \cdots | N^2\bm{v}_i | N\bm{v}_i \right] \\
&= \left[ N^{\lambda-1}\bm{v}_i | N^{\lambda-2}\bm{v}_i | \cdots | N\bm{v}_i | \bm{v}_i \right] \begin{bmatrix} 0 & 1 \\ & 0 & 1 \\ & & \ddots & \ddots \\ & & & 0 & 1 \\ & & & & 0 & 1 \\ & & & & & 0 \end{bmatrix} \\
&= M_iN_i.
\end{aligned}
$$
(4) $${M}$$の列ベクトル全体の集合は$${K^n}$$の基底である$${S_1\cup S_2\cup\cdots\cup S_k}$$に一致するので,$${M}$$は正則であり,
$$
\begin{aligned}
NM &= N\left[ M_1 | M_2 | \cdots | M_{\sharp V} \right] \\
&= \left[ NM_1 | NM_2 | \cdots | NM_{\sharp V} \right] \\
&= [M_1N_1 | M_2N_2 | \cdots | M_{\sharp V}N_{\sharp V}] \\
&= \left[ M_1 | M_2 | \cdots | M_{\sharp V} \right] \begin{bmatrix} N_1 \\ & N_2 \\ & & \ddots \\ & & & N_{\sharp V} \end{bmatrix} \\
&= M\begin{bmatrix} N_1 \\ & N_2 \\ & & \ddots \\ & & & N_{\sharp V} \end{bmatrix}
\end{aligned}
$$
となる.よって,所望の式を得る.□
参考文献
[1] 池田岳,『テンソル代数と表現論 線形代数続論』,東京大学出版会,2022.
2年生前期の線形代数学の授業で,担当の先生が参考にされていた本.ジョルダン標準形の存在証明を「冪零行列の場合」→「一般の行列の場合」の2ステップで行い,商ベクトル空間を利用しているのが特徴.
[2] 雪江明彦,『線形代数学概説』,培風館,2006.
1年生前期の線形代数学の授業で使った本.こちらの存在証明は最初から一般の行列で考えており,商ベクトル空間は利用せず,後の章で補足的に解説されている.