権利と敬意と責任と。

初めて立ち寄ったお店。そのお店は、店員さんとの物理的なコミュニケーション(対面での金額の通知と金銭の受け渡しかもしれないし、インターコム越しの会話だけかもしれない)が発生する、昔からある一般的なお店だったとします。

そこでもしあなたから店員さんに対してなにか要望を伝える必要が有った際(〇〇番のタバコ、というような商品の指定かもしれませんし、ちょっと少な目でというような細かいオーダーかもしれません、寒いので空調を少し弱めて欲しいというようなお願いかもしれません)、あなたは店員さんに対して、敬語を使いますか?それとも、親しみのカジュアル口調を使いますか?それとも、命令口調を使いますか?それは、お店のタイプによって変わりますか?またはお店のタイプでは変わらないけれども、店員さんの属性(自分より年少/年配、異性/同姓、その他)によって変わりますか?
※冒頭に「初めて立ち寄った店」と書かせて頂いたのは対する店員さんは初対面という想定を含めたいからです。良く知った友人や親族が店員さんという場合はちょっと違うと思いますので。

僕は今現在40代後半に入ったばかりの男性ですが、上の問いに対して「店員さんの属性によって変える」人のその理由を想像することはできますが、共感することはできません。もうひとつ、相手が誰であろうとこちらが客で相手が店員であれば命令口調だという人の考え方に対しても同様です。

ここでは別に、そういう方々に説教をしたいわけではありません。ただ、そういうことをされる人は、自分が主観で相手を勝手にランク付けし、自分より格下だと分類した人間に対しては、自分よりも劣った扱いがされて然るべきであるという価値観を持たれている人ですよ、という客観的事実を明らかにしたいだけです。そして、そういう人は今のこの時代においてもまだそれなりに多く見受けられます。

先に挙げた例では、「店に要望を伝えたい」ケースでした。それであればまだ口調がぞんざいな位で済むでしょう。でも、「そういう方々」は日々の生活の中で不満・ストレスが溜まってきたときに、その自分勝手に分類した格下の相手に対し、(物理的かどうかは別にして)攻撃をすることで鬱憤を晴らす例が多いようです。

僕は、それはそういう物だ、という風に受け入れて、むしろ攻撃を受けた「そういう方々の分類上の弱者」の権利を擁護しない声が多数を占める、いまの社会が嫌いです。

昔から嫌いでしたが、自分はそうならないようにしよう、息子はそうならないように教育しよう、以上のことは何もしてきていませんでした。でも最近になって、僕らの世代が声をあげてこなかったが為にその負の遺産だけを引き継ぐ形になってしまいかねないZ世代の人達が声をあげている姿をみて、自分は果たすべき責任を果たさず、問題から目を背けてきていただけだったことに今更ながら気づかされました。

多分、いま彼らのあげる声に対して「男性と一括りにしないでくれ、俺は違う」と困惑している男性は、少し前までの僕と同じなのではないかと想像しています。僕が語り掛けたいのはこの男性たちです。

いまあなたは気付きのきっかけに触れたのです。せっかくの気付きを無かったことにしないでください。僕らには、僕らとは違うあいつらを許さないという声をあげる責任があるのです。簡単なことからでいい。友人同士の会話で、(その人の分類上の)弱者への攻撃的な言動が見られたら、一言、それを否定してください。僕はそうすると決めました。(https://www.whiteribbon.ca/ で宣誓しました)

ただ一つ、これは僕の考えですが、その際にも相手に敬意をもって。全ての人に対して敬意を払いましょうというのが、活動の根幹な訳ですから。(相手が自分に攻撃してきている場合は別ですよ?)

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