恵方巻狂想曲
今日は恵方巻を食べる予定だった。
近所のスーパーでは、節分商戦がはじまってからというもの「恵方巻、恵方巻、予約無しで当日買える恵方巻!」といつもアナウンスが流れていた。
だから私はすっかりその気になって、2月3日当日に買いに行けば、当然に買えるものだと思っていた。
迎えた本日。
当初の予定では、午前中仕事の合間をぬって、恵方巻を買いに行くつもりだった。しかし、タイミングを逃し、買い物に行く時間を捻出することができなかった。
いや、ちょっと調整すれば行けたのかもしれない。でも、どうせあとで買いに行っても買えるだろう。
「予約無しで買える恵方巻」を過信していたのだ。
結果、時計を見るともう息子を学童へ迎えに行く時間が迫っていた。
急いで恵方巻を買いに行ってから息子を迎えに行くか…
それとも息子を迎えに行ってから恵方巻を買いに行くか…
そのときふと、今朝息子が「僕も恵方巻を買いに行きたい」と言っていたことを思い出した。
最近はどこかに一緒に出かけることを拒むようになった息子が、一緒に行きたいと言っていたのだ。
よし、息子を連れて行こう。そう思って準備をしていると…
一足先に自宅に帰宅していた娘も、一緒に買い物に行きたいと言い出して、3人でスーパーに行く。という一番時間のかかる選択となった。
息子を学校でピックアップして、お目当てのスーパーへ向かう。
”どうか恵方巻きが売っていますように”
”当日予約なしで買える恵方巻ありますように”
店内に入り、売り場に近づいたその時、私の目に飛び込んできたのは、長蛇の列だった…。
商品棚は文字通りすっからかんで、恵方巻きは1本も並んでいない。
この人達はなんなのか。なんの列なのか?
再販売を待っているの?(こんなときに限って館内放送は流れていない)
おそらく恵方巻を待っているであろう列はどんどん伸びている。
正直、双子を連れてこの列の最後尾に並ぶ選択肢は無い。
「だめだ、無理だ。このお店で恵方巻買えそうにない…」そう伝えると、あからさまにがっくりした双子。
「恵方巻食べたかったな」
「恵方巻食べたかったね…今日じゃないと意味ないよね」
普段、太巻きを食べないではないか!と言いたい気持ちをぐっとこらえた。
「食べたかったよね、でもこのお店には無いから、どうするか考えよう」そう伝えて、作戦を改めた。
恵方巻をゲットするためには、違うスーパーまで行くしかない。
私は愛車の自転車に乗り、近隣のスーパーに恵方巻き探しに行くことにした。
まずはいちばん家から近いスーパー。
のぞいた瞬間だめ、売り切れ!
いわしが大量に売っているけど、恵方巻きは0。
次の作戦へ。
一駅先のスーパー密集地帯ならば、どこかの店舗で恵方巻が売っているかもしれない。
イチかバチか、恵方巻への執念を原動力に、2月の寒空の中自転車を漕ぐ…。
夫は知らないだろう。妻が節分の夜にチャリで街を爆走しているなんて…。
子供からのリクエストにこんなに必死だなんて。
私はなんでこんなに寒い中、自転車を漕いて恵方巻を探しているんだろう…
夕飯時の住宅街からは、おいしいお肉の匂いがした。
そんなことを考えているうちに、無事にお目当ての駅に到着し、1つ目のお店に飛び込んだ。
やばい……魚売り場からして商品がない。
これは期待できない。でもお惣菜売り場にはあるかも…
淡い期待を胸に足早に店内を通り過ぎる中、催事コーナーでは節分グッズの片付けが始まり、お雛様グッズに鞍替えしているのを目撃した。
膨らんでいたビニールのオニがクシャっとなっている。
これはもうだめな予感しかない。
お惣菜コーナーに到着したときには予感的中。
恵方巻きどころかお寿司もおかずもなんにもない。
だめだ…。気持ちを切り替え、次は駅ナカのスーパーへ。
このお店は1月の終わりから、節分気分強めで、パンコーナーでは金棒ドーナツなるものを売り出していたぐらいだから、恵方巻きをたくさん用意しているに違いない。
祈る気持ちで駅ビルに入ると「恵方巻完売御礼」のポップが見えた…。
くぅぅ泣ける。
完売御礼の札まで用意されていたとは。
ここもダメか…。
もう無理じゃない? 今日は諦めて別のものを買って帰ったら?
もうひとりの私がささやく。
でも、あんなに食べたがっていた双子を思い出すと、一縷の望みをかけて、最後にもう一つスーパーに寄ってみることにした。
ここに無ければ諦めよう。
最後はショッピングモール内の一角にあるスーパー。
売り場をのぞいてみると……
そこには黒く輝く恵方巻きが残っていた…!
あった!!
ここにあった…!!
息子が食べたがっていた海鮮巻ではないが、信じられないぐらい大きな穴子が飛び出た恵方巻。
いや、恵方巻きなの? これもう穴子巻きじゃない? というのはさておき、恵方巻をみつけた脳内では、アドレナリン大洪水。歓声の嵐。
もうこれに決定。
2月3日の夜、恵方巻きに出会えなくてまさかスーパーを5店舗もはしごすることになるなんて思わなかった。
なんでこんな時間に恵方巻を探し回っているんだろう。
何度もそう思ったけれど、双子はもうすぐ「恵方巻を食べたい」なんて言わなくなるかもしれない。「豆まきしよう」なんて言わなくなるかもしれない。
子育てはいつだって急に終わりがきて、次のステージにあがってしまうから、今楽しめることを一緒に楽しみたかったんだ、私が。
北北西に向かって無言で恵方巻きをほうばる双子を見ていると、これはこれでよかったよね。
そう思えた1日だった。