マット・リッチーはニューカッスルに必要な存在か
マット・リッチーがタインサイドを後にする日は近いのかもしれない。
マグパイズが今夏掲げる補強ポイントは、言うまでもなくストライカーだろう。19-20シーズン、チームで最も得点をあげたのは中盤の舵取り役を担うジョンジョ・シェルヴィーであり、フリーキックや持ち前のミドルレンジからのシュートを武器に6ゴールをマークした。
シェルヴィーの活躍自体は称賛に値するのだが、そもそも6得点のミッドフィールダーが得点王を受賞してしまうこの状況を恥ずべきである。開幕前に4000万ポンドもの資金を費やしてホッフェンハイムから引き抜いたジョエリントンはわずか2ゴールをマークするにとどまり、9年ぶりにボーイフッド・クラブへの帰還を果たしたアンディ・キャロルも、自慢の長身を生かして時折光るプレーを見せてはいたが、シーズンを通してネットを揺らすことはできなかった。
そんな状況下で迎えたこの夏のマーケットでは、ボックス内でより得点力を発揮できるストライカーの獲得が急務となっている。そしてスティーヴ・ブルース監督が目をつけたのは、降格したボーンマスからの退団が噂されているカラム・ウィルソンだった。
ウィルソンは2014年にコヴェントリーから移籍して以来、これまでバイタリティ・スタジアムでプレーし続けたきた。チャンピオンシップで20ゴール以上を挙げてチームを昇格に導いたのはもちろん、プレミアリーグでも存在感を発揮し、在籍中にイングランド代表にまで上り詰めている。トップディヴィジョンでの実績十分、そして何よりゴールを奪える母国選手がチームに加わるとなれば、大きなブーストとなるのは言うまでもない。
しかしこの補強についてサポーターの意見は二分している。と言うのも、ウィルソン獲得のためにニューカッスルがマット・リッチーを差し出そうとしているからだ。
そもそもリッチーは、ニューカッスルがボーンマスから連れてきた選手である。1部に昇格して2年目のボーンマスから、2017年夏にノースイースト行きを選択したのだ。当時チャンピオンシップに降格したばかりのマグパイズは、ラファ・ベニテス監督の元で昇格を目指すチーム作りを進めていたところであり、プレミアのクラブで中心選手として活躍していたリッチーが降格したばかりのニューカッスルへ移籍したことは、驚きをもって受け止められた。
それから4シーズンの時が経ち、リッチーは今やチームの顔となった。当初は左右の高い位置でプレーすることがほとんどだったが、ここ2シーズンは5バックの左としても躍動するなど新境地を開拓。安定した守備、そして一度前でプレーすれば鋭い左足のシュートで相手ゴールを脅かす彼は、チームにおいて絶大な信頼を得ている。その証拠に、チームは3月に彼と3年の新しい契約を結んだばかりなのだ。
筆者のスタンスを明確にしておくと、リッチーの放出には断固反対だ。ウィルソンのような計算できるフォワードを獲得することは至上命題であるものの、そのために放出されるのがよりによってリッチーであってはならないと考えている。
リッチーは加入した初年、公式戦48試合に出場し16ゴール10アシストを記録し、1シーズンでのプレミア復帰を決めたベニテスのチームにおいて大車輪の活躍を見せた。しかしクラブがトップディヴィジョンに復帰してからというもの、得点に絡む機会は減っている。ここ1年ほどディフェンスラインでの出場が増えていることも要因の1つだが、単純に2部と比べて寄せも早く、コンタクトの強度もあるプレミアでは、リッチーの攻撃センスを100%発揮できる局面が少ないのだろう。
サン=マクシマンやアツ、アルミロンといったアタッカー達のようなテクニックやスピードがあるわけでもなく、体格に恵まれているわけでもない。左足のキック精度には自信を持っているが、クロスも荒削りでアシストが多いわけでもない。プレー面でのインパクトが、他の選手と比べて薄いのは言うまでもない。
しかしそれでも、リッチーを放出してはいけない理由がある。それは、彼がチームにもたらすファイティングスピリットだ。
試合を見ていれば、常にピッチ上で一番の声を上げているのがリッチーであり、その声量はキャプテンのラッセルズをも凌ぐほど。落ち込んだチームメートにビンタを繰り出し気合を注入するシーンを覚えているファンも多いだろう。
一昔前のニューカッスルといえば、ノースイーストのクラブらしく荒々しい雰囲気を纏うプレイヤーが多数所属していた。キルクライン、アラン・スミス、コロッチーニ・・・しかしいつからだろう、スカッド全体をギュッと引き締められる、そんな選手が減ってしまったように思う。かつてケツバイアが看板を蹴散らしたように、ボウヤーとダイアーが試合中に殴り合いを披露したように、それを手本にしろとまでは言わないが、そこまでの熱を持ってプレーすることができる、そんな選手が今のチームには足りないのではなかろうか。
そしてその最後の1ピースこそ、マット・リッチーだと言えよう。90分間全力でピッチを駆け回り、叱咤激励を繰り返してくれる選手は他にいない。そしてそれがチームに良い影響を与えていると、信じたい。
現地サポーターの反応を見ていると、意外にも彼の放出を肯定する意見も多いことがわかる。実際に過去1年間、華やかなプレーを披露する他の選手と比較してリッチーを批判するような意見も多く見られてきた。30歳とピークを過ぎつつあることもあり、契約延長したばかりの今が高値で売れる最後のチャンスであると考える人もいるだろう。
しかし先ほども述べたとおり、彼のように華やかさこそないものの常に全力プレーを見せてくれる“功労者”タイプの選手は、本来マグパイズの哲学を象徴しているはずであり、クラブはリスペクトを払うべきである。まして、元々所属していたクラブへトレード要因として差し出すようなことが、あってはならない。
彼のプレースタイルにネガティブな意見を述べる現地サポーターが多いことは、ニューカッスルサポーターの若返りが進んでいることを感じさせる。巨額の資金を投資することが当たり前になったフットボール界において、泥臭いプレーを持ち味とする“いぶし銀”タイプに残された居場所は、今や少なくなってしまったのだ。
もし仮にリッチーを放出することになれば、左WBでプレーできるのがダメットのみになってしまう上、チームは精神的支柱を失うことにもなる。テイクオーバーが実現せず、補強も思うように進まないことが予想される今シーズンは、マグパイズにとって苦しい1年になることが目に見えているだけに、リッチーのような闘将こそ、チームのモチベーションを保ち残留へと導く最も重要なピースであるに違いない。ブルースを始めとするチームのトップが彼のこれまでの貢献を軽く見ているとしたら、それは大きな間違いだ。
ウィルソンの移籍は決まったわけでもないし、他のクラブも彼と交渉しているようなので、まだリッチーがこの夏にチームを去ると決まったわけではないのだが、昨年夏に続き彼のような選手が放出候補とされる(1年前にもストークへの移籍が報じられた)のは、それだけであまり気持ちがいいものではない。
リッチーは8月29日のバーンズリー戦にスタメン出場し、後半途中までプレーした。来週31歳を迎えるスコティッシュにとって、これが最後の白黒ユニフォーム姿にならないことを、願ってやまない。