ドイツの遍歴職人さんを訪ねて
今日(2022年2月3日)は埼玉県行田市にある大野建設株式会社様を訪ねました。
今年1月からこちらでドイツの旅職人(遍歴職人)さんが働いているのでお話を聞かせてもらうためです。
昨年12月ドイツ領事館のこちらのツイートを見て、彼らが東京にも来ることを知り、これは会わねば!と思い、領事館に問い合わせてみたところ、彼らは出発してしまいその後の予定は把握していない、ただ東京のドイツ大使館にも行くと言っていたとのお返事。
そこで、早速ドイツ大使館さんにもメールを書き、もし彼らが来たら知らせてほしいとお願いしておいたら、彼らが来た日にメールアドレスを聞いて教えていただきました。
そして早速彼らにメールを書き、何度かやり取りした結果、今日お会いできることになったのです。
遍歴職人については拙著『ドイツパン大全』にも少し触れていて、ドキュメンタリー映画を見たりネットや本でいろいろ読んだりし、いつか遍歴中の職人さんに会ってみたいと思っていました。
それが今回叶ったわけです。
まず大野建設の大野哲也社長が、彼らを引き受けたいきさつをお話してくださいました。
建設業のことは全く分からなかったのですが、いわゆる大工さんというのはフリーランスが多いのだそうで、大工さんを目指す人はどこかの棟梁に弟子入りして仕事を覚えるしかないのですが、それだと今のご時世なかなか若い人材が来ないというのが課題となっているそう。そんな中、大野建設さんは職人さんを正社員として雇用している珍しい会社なのです。
ドイツでは職人の教育システムがしっかりしているので学ぶことがあるのではないか、と大野社長が役員を務める、国産木材の地元利用を推進する「地球の会」で議題となり、森林の管理や森林監督官の仕事についても学びたいとみんなでドイツを訪れたところ、視察先に職業学校もあったそうです。学校から話を聞くと遍歴職人の受け入れを日本でもやってほしいという希望が伝えられ、それならやってみようかと大野建設ほか数社で名乗りを上げ、英語の案内を出したところ希望者があり、そのうちの2人が大野建設で受け入れているクリスチャンとティムというわけです。
2人が実際働いている現場を私が見たいのではとの大野社長のお気遣いにより、一般住宅の建設現場に彼らがいる日取りをご提案くださり、社長自らの運転で越境して群馬県のとある現場へ連れていっていただきました。
7,8名くらいの職人さんと一緒に屋根で作業するクリスチャンとティムが見えました。
15時の休憩に降りてきたところで挨拶し、インタビューさせてもらいました。動画リンクはこちらからご覧ください。
2人への質問内容と2人のコメントは以下の通りです。
1. 名前、年齢、出身、職業を教えてください。
● ティム・ゴットレーベ(Tim Gottlebe)さん、25歳、ドイツ北部リューネブルク出身、3年間職業教育を受けてゲゼレ(Geselle)になった後すでに、5年間遍歴をしています。
● クリスチャン・ランツ(Christian Ranz)さん、26歳、ドイツ南部シュヴェービッシュ・アルプの出身、大工の修行前は製材工の職業教育を受け、現在3年間遍歴中です。
2人は日本に来る前に知り合い、一緒に日本にきました。日本への渡航費を一緒に働いて稼いだそうです。
2. 日本に来る前はどこにいましたか?
● ティムさん:最初はドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)、その後しばらくスカンジナビア(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)、そしてバルカン半島(ボスニア、セルヴィア)、イタリア、フランスを経て日本へ。
● クリスチャンさん:最初はドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)、次にポーランド、ナミビア、南アフリカ、そして日本へ。
今働いている大野建設は、日本で2箇所目の職場です。最初は山口県下関の会社でお世話になったそう。
3. なぜ日本へ来たのですか?
● ティムさん:日本の文化に興味があったからです。日本に来たらとても気に入りました。ただもちろん言葉は難しく、英語を話す人も少ないのでコミュニケーションは大変です。大野建設さんや下関の会社は同じ組合に属していて、ドイツにいる方を通して知り希望を出しました。
● クリスチャンさん:新しいものを見たり経験したりしたかったのと、アジアの文化に触れたかったのです。ティムと意気投合し、日本の建築様式や建設業を知りたいと思いました。ドイツでもバルト海と北海沿岸の間でさえ建築様式が異なっていたりするので、地球の反対側はもっと違うのだろう、それを知りたいと思ったんです。以前日本に来たことがあるゲゼレから日本について好意的な話を聞いていたのも興味を持った理由です。
4. 遍歴修行(Walz:ヴァルツ)について
4-1 Walzをするための資格(条件)はありますか?
ゲゼレ(職人)であること、30才未満であること、未婚・子無しであるこ
と、借金・負債がないこと、前科がないこと。
遍歴職人は自由な身分なので、これらの条件がないことが前提です。
遍歴修行の伝統はおよそ850年前からあります。それ以前から職人が旅
をする習慣はありましたが、850年前くらいに遍歴職人たちが組合を作
ったのがこの伝統の始まりとされています。
4-2 Walzは何年間行うのですか?
最低3年と1日行うと決まっています。この「1日」が重要で、ゲゼレ
修行をした3年間よりも、遍歴をする自由な時間は長く取るのが理由で
す。それ以上はどのくらい旅を続けるか、自分で決められます。
4-3 Walzを行う目的はなんですか?
人間として、職人として成長するためです。知らない土地の文化を知り
人々との調和を図ることを学び、様々な土地で得た文化や知識を後の自
分の仕事に活かすのです。
4-4 Walzをおこなうのは義務ですか?
義務ではなく、やりたい人はできることになっています。今日Walzを
おこなう職人は減ってきていて、多分ゲゼレの1%くらいだと思いま
す。
昔はどのゲゼレも遍歴に出なくてはなりませんでしたが、産業化が進むに
つれ、衰退していきました。
4-5 Walzを始めるにはどのように(何を)準備するのですか?
まず遍歴職人組合へいきます。組合はドイツ各地にあり、遍歴を終えたり
遍歴中の職人が集う集会があります。そのうちのどこかで遍歴の希望を出
すと、何度か集会に出て、遍歴職人として恥ずかしくない人間だと認めら
れる必要があります。私達は行く先々で遍歴職人全体の代表という意識を
持って行動しなくてはなりません。1人の行ないが悪いと全体のイメージ
を悪くしてしまいますから。
その後数週間で準備をし、外の世界へ送り出されるというわけです。
4-6 Walzの間、足を踏み入れてはいけない区域があるそうですね。
− はい、自分の地元から直径50km圏内は避けなくてはなりません(ドイ
ツ語でBannmeile(禁止マイル)、Bannkreis(禁止区域)と言いま
す)。
− もしその圏内に間違えて足を踏み入れてしまったらどうなるのです
か?
−(クリスチャンさん)そんなことは起こりません。地図でちゃんと
確認しますから。
−(ティムさん)でももしそうなった場合は、Walzはもうできません。
50km圏内の反対側へ行きたいといって、(その圏内を)通り過ぎる
のも許されません。
4-7 遍歴の途中で、病気になったり大きな怪我をして動けない場合はどうなるのですか?
− 病気になったら病院へ行き、また動けるようになったら続ければいい
んです。遍歴職人組合のよいところは、先輩や仲間が困った時に助けて
くれる仕組みがあることです。もし病気になっても面倒をみてもらえま
す。
− できるだけ中途リタイアしないように頑張るんですね。
− 原則として途中でやめることは許されません。遍歴に出る時に誓いを
立て、握手を交わします。ビジネス状の約束事を同じことで、勝手に
やめることはできません。
4-8 遍歴をする上で、どのような規則がありますか?
それほど多くはないです。前述の50km禁止区域を避けること、パソコンや
スマートフォンを所持しないこと(借りて使用するのはOK)、両親が遍歴
中の息子や娘を訪ねてくるのはOK、同じ職場で働けるのは6ヶ月以内(遍
歴は旅をすることが目的なので、一箇所に居続けるのは方針に合っていな
い)、遍歴中に結婚したり子供を作ってはいけない、こんな感じです。
4-9 遍歴中は遍歴職人とわかるKluftを身に着けることになっているのですね
− はい、Kluft(クルフト、遍歴職人の制服)は遍歴職人を示す服装で、
遍歴中はいつもこれを着用しています。
− 上から下まで服装について説明してもらえますか?
− まず帽子です。帽子は「自由身分」の印で、修行中はマイスターの下で
働かなくてはいけませんが、ゲゼレになるとその義務は終わり自由にな
ることを表しています。
− 次がエーアバーカイト(Ehrbarkeit:元の意味は実直なこと、シャツに
ついたネクタイのような部分)です。これも遍歴職人だけが付けられる
もので、職業によって色が異なります。そして職業をあらわすピンを留
めます。(Ehrbarkeit、実直さ、は職人たちのモットーのような言葉で、
ehrbare Handwerk(実直な手工業)、ehrbare Meister und Gesellen
(実直(で行ないの正しい)マイスターとゲゼレ)などの表現がよく使わ
れます)
− そしてベストですが、8個ボタンがついているのは一日の労働時間(8時間)を示しています。ジャケットには6つついていますが、これは週
の労働日(かつては週6日)を表し、ジャケットの両袖にも3つずつボ
タンが付いていますが、これは3年の修業期間と3年の遍歴期間を表しま
す。
(この日、2人は仕事中でジャケットは脱いでいたので別の写真でご覧ください)
− 次はベルト(Koppel)です。素材はいろいろあり、バックルに職業の印がついています。ズボンはコーデュロイ製でファスナーが付いています。
− 大工職人は全身黒と決まっているのですか?
− 働く分野ごとに色が決まっています。黒は木材を扱う職人の色で、グレー
またはベージュは石工など石を扱う職人の色、青いクルフトは金属を扱う
職人、赤は布を扱う仕立て職人、白と黒の格子柄は食品を扱う職人です。
布地がコーデュロイなのは全分野で共通で、ピンとベルトのバックルは職
業ごとの印がついています。
− クルフトはどこで買うのですか?
− 職人などの制服を作る店で買います。遍歴をしていない職人もクルフトを
着ることがあるので、売っている店はドイツ各地にあります。
− ゲゼレになったお祝いに両親からクルフトを贈られたりすることはある
んですか?
− いいえ、一人前の職人(ゲゼレ)になったのですから、ちゃんと自分で
働いて買います。
4-10 遍歴中、持っていてよい物、禁止されているものはありますか?
替えのシャツや下着、水着、あとは寝袋です。時々野宿をすることもあるので、寝袋も必要です。満天の星空の下で寝るのもよいものです。荷物は包んで持ち歩きますが、真ん中に仕事用具、両脇にそれぞれ寝袋と衣類を詰めます。
(荷物はリュックサックなどは使わず、シャーロッテンブルガー(Charlottenburger)と呼ばれる風呂敷のような、特定の柄付きの布でくるんで持ち歩きます。彼らの荷物はこんな具合です↓。杖も持っていますが、これはStenz(シュテンツ)と呼ばれ、木につる植物を巻きつけて育てたものから作ります)
シャーロッテンブルガーの柄はいろいろあります。
こちらのリンクでご覧ください。
あと、これも携帯していなくてはなりません。
Wanderbuchと呼ばれる手帳で、遍歴中に働いた印に、働いた店や会社などでマイスターにサインをしてもらうためのものです。昔はこれが職歴の証明となったので、とても大切でした。
4-11 イヤリングを着けていますが、これも決まりですか?
− 昔は罪を犯すと、その人の耳からイヤリングを引きちぎられました。耳たぶが裂け、悪人だという目印になりました(ドイツ語に「詐欺師」を意味するSchlitzohrという言葉があります。「切り裂けた耳」を意味しますが、この事が由来となっています)。昔はイヤリングは純金でできていて、遍歴の間に仕事が見つからず生活に困った時などにイヤリングを売ったり、亡くなった遍歴職人をきちんと埋葬する時に故人が着けていたイヤリングをその費用に充てたりしました。
− 左耳につける決まりがあるのですか?
− 右肩に木材を背負うので、右耳に着けるとイヤリングが外れたり引きち
ぎられてしまう危険があるので、左耳に着けています(不用意に耳たぶが
裂けてしまうと罪人に間違われてしまいます)。
5. 次に行く予定の目的地はありますか?
− ここ(大野建設)での仕事が3月初めに終わるので、そうしたら一旦ド
イツへ戻ります。その後どこへ行くかはその時に決めます。
− いずれにしても旅は続けるのですね?
− 続けます!
− もしかしたらまた日本に戻ってきたくなるかもしれません。文化がとて
も素晴らしいので。休みの日に温泉に行くのが好きになりました。
6. 今後の目的や夢はありますか?
− (ティムさん)私は今後ログハウスの建て方を学びたいと思っています。
まだやったことがないので、遍歴修行中に覚えられたらと思います。各地
で独自の建築様式や原則などが異なるので、できるだけ多くのそうした知
識やスキルを得たいです。
7. 遍歴を終了すると決めたらどうするのですか?
遍歴を終了し、故郷へ帰る日程を決めたら、メールではなく手紙を出し
て知らせます。帰ったら家族や友達が集まってお祝いをしてくれます。
遍歴を通して多くの学びや経験を得て人間的にも成長できるので、帰った
ら他の職業、たとえば屋根職人、家具職人などに目を向けてみるのもよい
と思います。そうしてまた新しいことを学び、仕事の幅を広げるのです。
なので、多くの若い人に一度自分の国を出てしばらく他の国で暮らした
り働いてみることをお勧めします。人生経験を積み、全く異なる環境で仕
事をするのもよい学びとなります。ワーキングホリデーなどを利用してぜ
ひ外国の生活を体験してみてほしいです。
8 遍歴を終えたらマイスターを目指したいですか?
− マイスターになるには9ヶ月マイスター学校へ通うことになります。ただ、マイスターにならなくとも職人(ゲゼレ)であれば働けるし、私達の職業ではマイスターを目指さない人も多いです。
− お二人はどう考えていますか?
−(ティムさん)私はいずれマイスターを取ろうと思っています。
−(クリスチャンさん)私はもう少し経験を積んでそれから考えるつもりです。
9. 最後に日本の皆さんへ何か一言お願いします。
ぜひヨーロッパへ来てください。仕事をしなくても、見に来るだけでもいろいろな気付きがあると思います。旅は素晴らしいことですし、いろいろな場所を知るのは楽しいです。ぜひともお勧めします。
ありがとうございました!
あとがき
ドイツの遍歴職人の伝統(Handwerksgesellenwanderschaft Walz)はドイツ国内で無形文化遺産に登録されています。
遍歴職人については長い歴史や伝統があり、それらをここですべて説明することはできないのですが、詳しく知りたい方は、『手工業の名誉と遍歴職人: 近代ドイツの職人世界』などを読んでみてください。
中世や近世、手工業職人の修行はマイスターに絶対的に従わなければならないとても厳しいもので、その修業を無事終了しゲゼレ(職人)と認められる(徒弟修了式)と、晴れて自由の身となります。
自由になったからといって、すぐに好きなところで働けるわけではなく、職人組合(ツンフト)に加入しなくては一人前の職人として職を得ることはできませんでした。
組合員になると、次は遍歴の義務が待っていました。これは地元に同業者(ライバル)を増やさないための策として、地元から一定の距離以上離れた土地で修行をさせる、つまり追い出すというのが職人遍歴の背景といわれています。当時の遍歴は様々な困難が伴う厳しいものだったようで、今でこそ自らの意思で遍歴に出て、今回会った2人のように日本など遠い海外までやってきて、純粋に自分の経験を積むため、自由を謳歌するためにおこなう遍歴とはだいぶ趣が異なります。そういう意味では元々の遍歴の意味合いや目的は薄れてきてはいますが、現在の遍歴のあり方のほうが健全で有意義なものに思われます。
YouTubeでもドイツの番組でWalzを取り上げたものをいくつか見ることができます。今回クリスチャンやティムには聞けなかったこと、例えば出発の時、地元から出ていくところを家族や友人達に見送られながら、決して故郷を振り返らずに発っていかねばならないこと、先輩の職人に耳にイヤリングの穴を開けてもらうこと(強いお酒を飲んでテーブルに耳たぶをあて、釘を打って穴をあける)、遍歴職人の集会のこと、遍歴に出る息子やボーいいフレンドを持つ家族の心情など興味深いシーンがいろいろあります。ヒッチハイクがうまくいかないなど苦労はあるものの、自ら志願して遍歴に出る人は、やはり好奇心が旺盛だったり独立心があったりする人が多い印象を受けます。自由を満喫できるのは人生でこの時しかないから、と言う職人さんもいました。
今回、大野建設の大野社長様には大変お世話になりました。ご好意に感謝いたします。遍歴職人の受け入れについて意欲的ではあるものの、彼らのスキルや資格のレベルを現場でどのように活かせるのか、という点が課題だとお話されていました。でも現場でのコミュニケーションは、私が見た限りでは職人さん同士身振り手振りで通じるところが多々あり、双方とも楽しんでいるようでした。
Walzについて興味を持ったこと、知りたいことなどあればコメントなどください。
みなさんももし今後、遍歴職人さんを見かけたら思いきって声をかけてみてはいかがでしょうか?そしてもし車で通りかかったらぜひ乗せてあげてください。