|母|
母ほど、心が揺さぶられる存在はいない。
八十二歳になった母に今でも本気で腹立たしい時もあるし、愛おしくてたまらない時もある。ただ、これだけは否めない。
五十二歳になった今でも、母に褒められたいという感情が私をつき動かしている。
三人兄妹の末っ子の私は甘えるのがめっぽううまい。世の末っ子の大半は、そうやって、愛される術をあらかじめ装備してこの世に放たれるのではないだろうか。すでに始まっている「家族」という集まりに、出遅れて仲間入りするのである。頑張らなければ一員になれないのだ。
母は小さい頃に母親と死別し、父親ともほどなくして離別している。私には到底想像もできないほどの苦労や寂しさの中で生き抜いてきた人だ。その影響で、とてつもなく心配性ではあるが、不思議なほど明るく笑う。そして、道やバスの中ですぐに人に話かける。なんの壁も作らない。
そんな母を見てきた私にも、ここにきて、ぐんぐんその傾向が表れた。思春期の娘はそんな私が恥ずかしいようで、私が一歩踏み出そうとしようものなら、足をひっかけてでも阻止しようとする。
ふふふ、娘よ。
あなたもきっとそうなるよ。