旬産旬消、地産地消、互産互消(『報徳』2022年11月号巻頭言)

丘にのぼって考える

 丘に上って、自分の住んでいる地域を見晴らす。山や川、田畑や山林、彼方には海が見える。昔の人たちは、このように見渡せる範囲が生活の基盤であり、ここから食料を調達し、生活を営んできたのだ。遠くまで行かないと食料を確保できなかった人たちは消えていった。そんな感慨がわいてくる。
 現在、食料は地球の裏側からも運ばれてくる。多種多様な食材がもたらされ、豊かな食卓は、グローバル化時代の大きな恩恵の一つといえよう。この豊かさの中に居ながら、しかし言い知れない不安にもかられる。これでいいのだろうか。どこかに落とし穴があるのではないかと。

食の安全性確保と食料の安定供給

 地球環境の危機がいわれている。食糧輸入の増大は、CO2排出など環境への負荷を増やしている。食糧輸送量×輸送距離は、フード・マイレージといわれるが、このマイレージの高さは、環境への影響だけでなく、食糧自給率の低さをも表しているのだ。食品ロスの多さにも連動する。日本のフード・マイレージは、何と英独仏の五倍、韓国の三倍だという。
 工業製品を輸出するかわりに、米国から農産物の受け入れが求められる。消費者にとっては関税を低くして入って来た安い外国の食料品は魅力である。しかし農業生産者にとっては大きな打撃となる。
 TPPはこの動きを加速させる。適切な手を打たないと、四〇%を切っている日本の食糧自給率は、一〇%まで低下すると、農水省さえ指摘している。外国に依存する状態になって、食料の安定的な供給は、本当に保障されるのだろうか。
 外国からの安い食料は、アメリカ牛肉の狂牛病やホルモン剤問題に象徴されるように、安全面で大きな問題を残している。
 ロシアのウクライナ侵攻で、ウクライナの小麦がアフリカに届かないため、食糧危機が起こっている。食料の安定した供給が世界的な課題として浮かび上がっている。
 食の安全性の確保はどうなっているのか。食の安定的な供給をどうするのか。命と暮らしを直撃する問題である。
旬産旬消 地産地消 真の豊かさを求めて
 フード・マイレージの考え方と共に、フード・マイルズの運動が起こった。食料を口にするまでの距離を測り、消費者と生産者の距離を短くして、輸送エネルギーを減らし、CO2を抑えて、地球環境に配慮する運動である。遠い産地の食糧を買わずに、近くで生産されたものを買う、地産地消の運動でもある。
 日本の春夏秋冬の恵みは素晴らしい。旬の野菜や果物や魚は、一番味が良く栄養価も高い。旬産旬消だ。この天の恵みを味わうことこそ、本当の贅沢であり豊かさだろう。
 旬の野菜は、入荷と同時に完売が求められる。食物ロスになるのでスーパーマーケットなどでは扱いにくい。
 それゆえ産地直売所は、地産地消に不可欠である。消費者と生産者が産地直売所によってつながる。人々が集い、情報交換し、人と人との結びつきが生まれる。
 地産地消は、輸入食品に抗し、食が外国に依存していく在り方へのアンチテーゼである。農家の生計が立っていくように、付加価値を生む農業が目指される。生産、加工、流通の流れをつくり、ここに消費者も参加し、地域共同の新しい在り方を模索する。楽しく働き、相互に助け合い、自然と共生する探りである。
 食、命、共同、共生、循環、持続の合言葉に象徴される生産と消費のシステムは、食糧自給率の向上につながり、農林水産業の六次産業化を準備する。地産地消は、地域のもつ豊穣さの復権である。

地産地消から互産互消へ

 掛川でコンセプト株式会社を経営する佐藤雄一さんは、商環境プロデューサーである。十年ほど前、「掛川茶エンナーレ」の地域興し企画で知り合ったが、こんな話を伺った。
 仕事で京丹後市を訪れて、泊まった旅館の質の高い朝食に驚いた。米、野菜、魚、すべてが驚くほど美味しい。観光協会青年部のバーべキューも野外料理の域を超えていた。日本食の締めはやはりお茶である。しかしこれは掛川のお茶には及ばない。
 そこで佐藤さんは、京丹後市の食材と掛川のお茶の組み合わせを思い着く。お茶も大量に流通し易いところにしか行っていない。物流コストが抑えられ、ワン・ツー・ワンマーケティングが可能な時代なのに、ピンポイントのエリア・マーケティングはまだまだ不十分だと痛感したという。
 ここから「互産互消」の考えが浮かんだ。食材のすべてがそろう地域など稀だ。交流と組み合わせで、豊かな食生活が出来れば、これほど素晴らしいことはないと。

報徳の繋がり

 こうしてまず、北海道の豊頃町との交流が民間の中から始まった。豊頃は、二宮尊徳の孫の尊親が入植して開拓した町である。掛川には大日本報徳社がある。報徳の教えの取り持つ縁で、商業と観光の関係者の交流が始まり、「とよころ物産直売所」では掛川茶を扱い、掛川駅の「これっしか処」では「互消物産市」を開いて、豊頃の菜種油、鹿肉ソーセージ、小豆、馬鈴薯、南瓜などが店頭に並ぶ。
 両市町にサイクルツーリズム(自転車観光)の愛好者がいた。その交流も始まった。訪問し合い、五〇キロ、一〇〇キロと走る。自転車観光の新しい観点から町の見直しがはじまった。
 掛川には平野正俊さんの経営する全国一のキウイフルーツ農園がある。平野さんはこのキウイを豊頃に運び、雪室で保存し熟成させた。秋に収穫されるキウイは、保存が難しく、夏場はニュージーランドからの輸入品に占められるが、夏場の需要にも応えられるようになった。輸入を不必要とする農業の新しい展開である。
 栗の放棄園を活用し、下刈り、栗拾い、皮むきと百人余りが参加し、栗焼酎「自ら(みずから・おのずから)」が造られた。掛川、豊頃のみならず、ファンが増えている。
 こうした実績が重なって、掛川市と豊頃町の間で、互産互生協定が結ばれた。「食の交換」「観光の交歓」「生活の交感」「商圏、生活圏、観光圏などのマーケットの共有および互産互生ネットワークの形成」が目指される。各地で起こりつつある新しい光である。

互産互生機構

 こうした実績の上に、新しい商業モデル「互産互生機構」が創設された。「互消」は「互生」とした。「東京中心でなく地方に焦点を当てた取り組み」「地元では有名だが、流通ルートに乗りきらない珍しい商品がそろっている」と創設メンバーの「これっしか処」店長の中田繁之さんはいう。ここで売れるベストスリーは、十勝の「切干大根」、秋田の「いぶりがっこ」、丹後の「さばのへしこ」である。
 佐藤雄一さんは「こうして知られていない津々浦々の食材を相互に販売し、点在する地域経済を活性化したい。報徳の精神で」と語る。報徳は経済と道徳の両立を説く。倫理・道徳は、人と人との良き関係を追求する。「和」という字は、禾(穀物)に口と書く。穀物を口にすると、みんな和やかになる。食は人を幸せにする。人を結びつける。
 食材を通じて「ヒト・コト・モノ」の交流を呼び起こし、新しい人の絆をつくりたい。地域の新しい共同の営みを豊かに創りたい。人々が幸福に暮らすとはどういうことなのか。佐藤さんの眼差しはそこをしっかりと見据えている。

生活の原点から

 地産地消は、昔は当たり前だった。お茶を摘み、鶏を飼って玉子を取り、山羊を飼って乳を搾った。人々は、助けあい、自然と共に、循環の中で暮らしていた。
 丘の上から眺める旬産旬消、地産地消、互産互消の新しい世界はどうだろうか。まずは問題の多い私たちの消費生活の変革だろう。食料は外国依存から国内自給へ変り、生産者と消費者の新しい交流、連携が始まった。
 生活は、毎日食べる食事と深く関わっている。そこで求められるのは、まずは家庭料理を家族で楽しむことだろう。そして学校における給食と食育教育の充実である。
 地域の根底からの充実がない限り、日本に未来はない。旬産旬消、地産地消、互産互消の活動は、家庭と学校に基盤を得れば、盤石の発展は疑いない。

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