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汝の馬車を星につなげ(『報徳』2024年1月号巻頭言より)

 新年明けましておめでとうございます。今年の新春対談は、WBC優勝監督の栗山英樹さんをお迎えしました。

『報徳』1月号(2024年1月号)特集:新春対談 栗山英樹氏(前WBC日本代表監督)・鷲山恭彦本社社長 | 大日本報徳社電子書店 (houtokusha.base.shop)

 対談の冒頭で「二宮尊徳先生のお話から始めましょう」と言われたくらい、栗山さんは尊徳に関心をもっておられました。
 日本ハム監督時代に栗山さんは、渋沢栄一の『論語と算盤』を選手たちに渡して、学びと成長を促していますが、「論語と算盤」は、尊徳の「道徳と経済」を渋沢が言い換えたものです。
 今年の七月から一万円札は福沢諭吉から渋沢栄一に変わります。江戸時代に荒廃した農村を豊かな村に変えた二宮尊徳、明治大正昭和の時代に日本の近代化と資本主義の良き発展に貢献した渋沢栄一、その考え方が平成令和になって『育てる力――栗山英樹『論語と算盤』の教え――』として継承されていることに、深い感慨と感銘と歓びを覚えます。

一円融合の大切さ

 ところで世界を眺めれば、コロナ・パンデミックは沈静化にむかっているものの、昨年にも増して今年は厳しい年の始まりです。
 地球温暖化は地球沸騰化の危機となって迫り、大きな格差を生む資本主義をどう変革していくのかの議論も展望も曖昧のままであり、ロシア・ウクライナ戦争に続いてパレスチナ・ウクライナ戦争が起こり、台湾有事まで喧伝されて、何と沖縄の南の島々の軍事基地化が進んでいます。
 このような問題や矛盾をどうしたら希望に変えていけるのでしょうか。現実と夢との落差、この矛盾こそが希望に通ずると栗山さんは語っていますが、求められているのは、対立するものを円の中に入れ、高い次元で解決していくことでしょう。
 ロシア・ウクライナ戦争は、侵略したロシアの非を誰しも思います。しかし尊徳の「一円融合」から読み解くと、NATOがロシアを追い込んでいった構図が浮かび上がります。ロシアとの一円融合を図ったドイツのメルケル首相の退陣と共に戦争が始まりました。政権の座にあれば戦争はなく、何十万の戦死者は今みんな生きています。安全保障の本質は、敵を作らないこと、一円融合なのです。
 「一円融合」と並んで、あらゆるものに徳が備わっている「万象具徳」、徳で以てその徳に報いる「以徳報徳」、小さいことを積み上げていくと偉大なものが生まれる「積小為大」、等々、尊徳の考え方は、森羅万象をいかに生かすか、生かし合うことがいかに大きな発展につながるかの思想に貫かれています。

偉大なものとの絆

 世界一を身をもって体現された栗山さんですが、一貫して言われたことは、自分は選手としては不十分な存在で、それだけに一人前になりたいと限界に挑む努力をつづけてきたこと、また勝つことが至上命令の監督という厳しい仕事を引き受けて、心を整え、道を求めて、多くの先人思想家たちから貪欲に学んできたということでした。
 事を為し遂げるには、偉人たちとの魂の交流、天上の星々との対話が必須であることがよくわかります。
 私たちにとっての導きの星は二宮尊徳です。何ゆえに今二宮尊徳かという問いは、当然出て来るでしょう。

分度の考え方

 報徳の四大綱領として「至誠」「勤労」「分度」「推譲」があります。この中で「分度」は尊徳独自の思想です。
 「分」は天道に属するもの、「度」は人道に属するもので、「分度を立てる」とは、天から受けた「分」に従って、自らの「度」を立てることです。
 地域を復興する仕法の第一は心田の開発、第二は分度の確立、第三は推譲の実践といわれますが、尊徳は農民ひとりひとりにその能力や財産から分度を定めました。そこを基本に勤勉に励めば、必ず余剰が生まれる。その三分の一は自分のため、三分の一は自分の未来のため、そして三分の一は人のために推譲をと考えました。
 ここで肝腎なことは、分度を農民にだけではなく、武士にも課したことです。百石で暮らしていた武士に七十石で暮らしなさいとしたのです。分度とは、権力を制限する思想だったのです。
 租税に苦しみ、食うに困って農民は一揆を起こします。指導者は打ち首ですが、租税は若干免除され、農民は救われます。それと同じことを尊徳は、全く血を流さずに、分度の思想で実現し、加えて農村を豊かに復興し、その豊かさを農民も武士も享受する道を開いたのです。

確かな未来へ

 尊徳は荒廃した六百の村々を復興し、豊かな村に変えました。しかし、藩主や武士が分度を行わない所は仕法を一切引き受けませんでした。このことは、今日の問題を考える上で、極めて教訓的です。
 戦争は、これまで全て国家が起こしています。戦争を始めるのは、国民ではなく国家です。ここから、国民がいかにして国家に制約するかの問題が浮かび上がってきます。
 まさに尊徳の分度の出番です。たくさんの変革思想があり平和思想がありますが、尊徳の分度は、ここに一つの決定的な解答を与えていると思います。国民は常に国家に分度を課し、規制していないと、幸せになれないということです。
 分度を現在に置き換えてみると、国民主権の考え方でしょうか。この主権の行使を、絶対平和主義によって貫徹する思想であるとも言い換えられます。
 天から受けた「分」に従って、自らの「度」を立てる。どのような「度」を立て、それをどう貫くかは、国民の知恵と決断にかかっています。
 私たちの目指すのは、人と人との豊かな結びつきです。地域を活性化し、平和で働き甲斐のある社会を創ることです。自主独立と連帯の国際関係をどう構築していくのかということです。

 栗山さんとの対談が始まります。新しい年が、栗山英樹、渋沢栄一、二宮尊徳というきら星から始まる幸せをかみしめつつ、アメリカの詩人エマーソンの「汝の馬車を星につなげ」の呼びかけに応えて、私たちの想いをきらめく星々につなげてまいりましょう。

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