遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す(2022年『報徳』新年号 巻頭言)
オミクロン株
デルタ株に代わって新たに変異したオミクロン株が世界的に蔓延を始め、第六波が懸念されるなかで新年を迎えました。ともあれ新年、良い年になるように努めてまいりましょう。
この二年間のコロナパンデミックによって、日本では二万人近くが亡くなり、世界の死者は五百万人を超えています。昨年の年始めは、日本で二千人、世界で百五十万人でしたから、猛威のほどが伺われます。PCR検査の徹底による予防隔離、医療体制の充実、そして世界的規模でのワクチン接種の拡大が感染終息の鍵を握っています。
コロナ禍は、様々な問題を浮き彫りにしました。環境破壊は潜在ウイルスを活性化させ、氷河や北極の融解は中生代の未知のウイルス覚めさせるという警告まであります。気候変動は異常気象をもたらして自然災害が多発しています。新自由主義政策によって格差は拡大し、コロナ禍で仕事を失った人々を直撃し、南北格差はワクチン格差を生じています。天・地・人がバランスを崩して悲鳴を挙げ、人類はどこに向かうのか問われ始めています。
遠くに行くには、必ず邇きよりす
岸田文雄内閣が誕生しました。所信表明演説で首相は、新型コロナ対応、経済回復に向けた支援、新しい資本主義の探求、外交・安全保障、憲法改正などの問題などについて所信が語られました。
新型コロナ対応では、感染拡大への対応が十三兆円、厳しい状況にある事業者への支援に十七兆円など対応が具体的に示され、感染拡大を見据えた医療体制として一万人増の入院体制の構築、そしてワクチン供給体制の確保などが表明されました。
未来を切り開く新しい資本主義の探求では、格差や貧困を生み出した新自由主義を是正し、成長と分配の好循環による新しい資本主義をつくることが表明されています。外交安全保障では、安全保障環境の急速な厳しさの中で、国民の命と暮らしをまもるため敵基地攻撃能力の選択肢も含めた防衛力整備計画などの方針が提起されました。
『礼記』にある「遠くに行くには、必ず邇きよりす」を首相は引いて、実効性のある具体的取り組みへの決意が述べられました。
遠きをはかる
首相は行政のトップですから、具体的な施策が求められます。十万円給付金の支給について議論などがありましたが、きめの細かい実効が期待されます。
ただ、ウイズコロナ、アフターコロナの現在、求められているのは、世界と日本、社会と自然の深部に目を凝らした、転換と変革の新たな展望です。直面している問題の深刻さに比べると、所信表明は現象的あらわれに対応しているだけという印象を拭えません。
例えば、コロナ対策においても、菅前首相がアメリカからのワクチン輸入に奔走、翻弄されているのを見て、なぜ国産ワクチンがないのか誰しも疑問に思ったのではないでしょうか。各大学に厚い層の研究者がおらず、研究費も十分ではない。それは国の科学技術政策の貧困に由来しています。
国立大学が法人化されて二十年。毎年、効率化係数によって予算が削られ続けました。当面の役に立つ学問へのシフトはされましたが、基礎科学の研究は軽視されました。学問は十年二十年のスパンで評価されるものにもかかわらず、学術会議の会員候補六人の任命拒否を、一政権の一首相が評価するなど、学問軽視と反知性主義が蔓延しています。岸田首相の科学技術立国の所信表明に期待するところですが、それは学問研究の在り方そのものから考えられたものでなければなりません。
「新しい資本主義実現会議」が設置されました。新自由主義の克服を言うなら、一九八〇年代のレーガノミックス・サッチャー主義・中曽根行革から始まる新自由主義の総括が必須でしょう。中曽根政権下の土光敏夫の臨時行政調査会、小泉政権下の竹中平蔵の経済財政諮問会議の総括も求められます。
更には、資本主義は自己増殖を無限に続けるシステムです。その貪欲さに有限の地球が耐えられなくなってきているという根本命題にも触れなければなりません。それは資本主義文明の転換まで射程にはいるものでしょう。
円に入れて考える
岸田首相の所信表明には、安倍首相や菅首相には無かった敵基地攻撃の検討が入っています。しかしこれは日本の国是に反します。安全保障の考え方からも逸脱しているのではないでしょうか。叩けば必ず戦争になります。安全保障のポイントは、防衛力増強や攻撃能力を高めることではありません。敵を作らないようにすることです。
北朝鮮はいろいろ問題がありますが、これはアメリカがイラク・リビア・北朝鮮を名指しで潰すと宣告したことが遠因にもなっています。拉致問題もありますが、これは金正日が謝罪し、帰還者の往来を提案したのに、それを拒絶したのは日本でした。
尖閣列島問題は、田中・周恩来会談で棚上げが合意されていたのを一方的に破棄し、国有化宣言をしたのは日本です。面子を潰されたのは中国でしょう。この十年、敢て敵を作るような政策がとられてきた印象を持ってしまいます。
二宮尊徳の一円融合の思想は、対立しているものを円に入れて考えます。すぐに一致することはなかなかないでしょう。経緯の全体を客観的に踏まえつつ輪の中で考える。必ず共通なものが生まれる。その外交が鍵になります。
二十世紀、ドイツとフランスの対立が原因で、二度の世界大戦が起きました。戦後、ヨーロッパ共同体ができました。今ではドイツとフランスが戦争するなどと考える人は誰もいないでしょう。私たちの目指すは東アジア共同体です。
学問研究の未来、経済システムの未来、安全保障の未来、等々、遠きをはかる新しい構想に向かって、今年は根本的で活発な議論が求められています。
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