『報徳』――生活と文化の研究誌――(『報徳』2023年9月号巻頭言より)

 『報徳』誌は、皆さんからの多彩な寄稿によって、親しみ易く、読み易くなってきたという評価をいただくようになりました。大きな励みになります。今月号は、この途上にある『報徳』誌のトリセツを取り上げてみました。

ウイングを広げる

 万象具徳、・以徳報徳・積小為大・一円融合、そして勤・倹・譲と、報徳の考え方は簡明直截なのですが、論考や報告はやはり堅苦しさと重さは免れません。気軽に読むというより、どうしても構えて読むことになってしまい、面倒なので読まないままになることも多々あります。かつての自分がそうでした。
 親しみ深い会誌にするにはどうするか。思い立って稲沢潤子さんに「日本と世界の文学を読む」をお願いしてみました。始まってしばらく経った頃、あちこちから「『報徳』が届くと、まず稲沢さんの世界の名作のところから読み始める」という反響が届くようになりました。大変うれしく、良き導火線を得た思いでした。
 その魅力は、稲沢さんが小説の面白さや主人公の運命を、身につまされる形で引き出しているからでした。簡潔に意味深く、共感を込めて問題の所在をいろいろに提示され、人生の隠れたベクトルが暗示される。触発力が高く、初めて考えさせられる問題もあって世界が広がり、心が豊かに耕されるのが実感されるのです。
 報徳は、人の道の探求です。幾重にもそこと共振する世界を、稲沢さんは生き生きと現前させてくれました。

報徳思想――過去の現前、現代との対決

 本誌の目指すのは、報徳思想の研究とその現代的活用です。報徳の関係者は皆さん長寿です。名著『二宮金次郎の一生』の三戸岡道夫さんは、現在九十五歳で矍鑠としておられ、本誌には『岡田良一郎』が連載されています。
 小関栄さんは、二宮尊徳と安居院義道の道歌を現在研究されています。現実との格闘を詠った尊徳と義道の精神世界を掘り起こし、中国古典に通暁された学識をもとに論じられています。『報徳の歌』として上梓されましたが、九十二歳。報徳を論ずる熱意はいまだ些かも衰えていません。
 尊徳・義道・良一郎と、歴史上の人物を今に語るお二人の論は、まさに本誌の重し石です。
 そして毎号、報徳の原理と現実とを切り結ぶ論が寄せられています。並松信久さんは、危機管理と報徳、科学と報徳、IT社会と報徳など、現代的課題と報徳との関連を論じられて、広い社会的連環の中での分析に目を見開かされます。他の所で拝読した「協同組合論」や「農村の実態と尊徳思想の有機的関連の研究」など、そのエキスを本誌に寄せられれば、歴史的な重要課題も一眼の下に捉えられて私たちの理解は大きく進むのだが、と思ったりします。
 永田俊一さんは、報徳と親和関係にある信託について研究され、その歴史的解明が世界史的規模に広がって、その調査力と博覧強記は驚異的です。本誌連載は『世界の信託昔話―キケロ・モア・空海―』の著作に結実しています。
 東宮照男さんは、商業施設の企画運営に長く携わった方だけに、独特の現実感覚で問題を掘り起こし、報徳仕法を「喜びを再生産する循環の仕組み」と規定されるなど、新鮮な分析視角で私たちの実践的思考におおきな刺激を与えています。
 ちょうど七月の報徳全国大会でお会いした田村新吾さんから『二宮尊徳と創造経営』の著作をいただきました。ソニーの井深大さんの薫陶を報徳の観点から論じたもので、要約的に本誌に披瀝願えれば、私たちの実践に大いなる指針になると感じました。

地域における実践と交流、

 こうした大局観にかかわる議論と共に、やはり肝となるのは、各報徳社や個人社員の地域や職場での活動です。
 齊藤勇さんは、現在問題となっている部活動の新しい展開を目指して、学校の枠を超えた五校から十五名の中学生で成る地域部活「未来創造部パレット」を作り、演劇活動を指導されました。
 市民性を軸におく主権者としての学び、地域文化遺産の活用、文化芸術の力を活用した社会課題の解決などを掲げ、報徳で提唱した市民道の考え方も取り入れて、文化を創造する主体者意識の形成を目指し、その先駆的活動は高く評価されました。
 それぞれの皆さんがさまざまな活動をされていますが、こうした活動の相互交流はほとんどありません。個人社員相互の学びの交流は、愛媛の清水和繁さんが「報徳オンラインミーティング」で最近始めておられます。こうした形の新しい交流の時代に入り、その活用がこれからの課題となります。
 『報徳』誌の活用も重要な課題です。どの号を読み返しても、議論の素材として良質な記事が豊富に並んでいます。地域報徳社の皆さんの学びの素材に、是非とも活用して頂きたいと思っています。
 意見交換と合意形成の生き生きした姿を八幡正則さんは、昔の村の「寄り合い」を思い浮かべながら次のように語っています。
 「人々は、寄り合いを重ねることで自分の考えの足りないところに気づき、意見の異なる人にはそれなりの理由があることを知っていきます。お互いの立場がわかることで理解が深まり、合意点を見つけるために譲り合いの気持ちが生まれます」。
 報徳でいう「いもこじ」は、こうした伝統の上にあります。今の言葉でいうと熟議ですが、現在日本に最も欠如している営みかもしれません。『報徳』誌をこういう形で、是非、活用して頂きたいと思います。一人一人の個性が輝くと同時に、コモンセンスも鍛えられる大切な営為がこの「いもこじ」です。民主主義の精髄がここに躍動しています。

「生活と文化の研究誌」とは

 気候変動、自然災害、格差の拡大、そしてロシア・ウクライナ戦争と、今日の世界は、自然、社会、人間の在り方が根底から問われる時代になっています。「天地の経文」を読み解くためにも、報徳も広い裾野の上に立った学びが必要となってきました。
 そのため、稲沢潤子さんの「日本と世界の文学」や勝田敏勝さんの「おくのほそみち」と並んで、これから核融合物理学者の狐崎晶雄さんに「最新科学対話」を、思想史研究者の太田哲男さんに「思想家の言葉」をお願いすることになりました。私たちの活動の基本である健康については、かつてスポーツ研究者の池田克紀さんに書いて頂きましたが、百歳人生を目指す弁護士の宮本敦さんにお願いしようと思っています。
 本誌は「生活と文化の研究誌」を標榜しています。「生
活」とは何か。人類は営々と何万年も生活し歴史を刻んできました。そこには歓びも悲しみも、栄光も悲惨もすべてがはらまれています。この偉大な人類の営為を個人の場で切り取ったものが「生活」でしょう。
 「文化」とは何か。人類の築いてきた真・善・美の総体を生活スタイルにまで昇華したものが「文化」でしょう。
 報徳は天・地・人の法則を我が身のものにして、真理に生きることを旨とします。「天地の経文を読む」とは、天地の現れの一切を研究の対象にすることです。その成果を日々の生活に活かします。こうして「生活」「文化」「研究」の三位一体に実践が貫かれ、社会の発展へとつなげます。
 高浜虚子は、「白牡丹というといえども 紅ほのか」という大変印象深い句を残しています。
 しかし人間はすぐには変われません。学び、体験し、交流を通じて少しずつ変革され、心田が開発されて発展向上していきます。ある時気が付いたら「紅」がさしていた。
 本誌は、日々の実践を通じて私たちが生命の讃歌である「紅ほのか」へと、ひそかに、確実に発展向上することに貢献できればと願っています。

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