投壊ふたたび-韓国代表、日本戦敗因の分析-
はじめに
ワールド・ベースボール・クラシック(以下、WBC2023)が開幕し、3月10日に東京ドームで日本代表と韓国代表が激突した。
日本の先発はダルビッシュ有、対する韓国の先発は北京五輪で日本代表の前に立ちはだかった「微笑みサウスポー」キム・グァンヒョン。
僅差の好ゲームが期待されたが、終わってみれば13-4で日本が圧勝。韓国代表からみればまさしく「惨敗」であった。
3月9日のオーストラリア戦に続き、またも投手陣が崩壊してしまった。
さらに言えば、2019年プレミア12でも韓国代表のリリーフは崩壊していた。
ロッテジャイアンツ推しのKBOファンという視点から、日韓戦(筆者は日本国籍をもつ日本人のため、KBOファンではあるが立場上"韓日戦"ではなくこの表記を採用する)の敗因を分析する。
変化球を打てなかった打線
韓国代表の打線は、日韓戦で6本の安打を放ち、4打点を挙げた。その内訳は下記の通りである。
3回表(投手:ダルビッシュ)
・カン・ベクホ:ツーベース(打ったのは真ん中高めストレート)
・ヤン・ウィジ:2ランホームラン(打ったのは真ん中低めスライダー)
・イ・ジョンフ:タイムリーツーベース(打ったのは内角低めストレート)
5回表(投手:今永)
・チェ・ジョン:ヒット(打ったのは内角真ん中ストレート)
・イ・ジョンフ:ツーベース(打ったのはど真ん中ストレート)
6回表(投手:今永)
・パク・コンウ:ソロホームラン(打ったのは外角低めストレート)
試合の前半から中盤にかけて、ダルビッシュや今永のストレートをしっかり打ち返していたが、注目すべきはそこではない。
日韓戦、韓国代表が日本の投手の変化球を打ってヒットにしたのは、ヤン・ウィジの先制2ラン、たった1本だけだったのである。
力と力がぶつかり合う、ストレート勝負ではある程度日本代表と渡り合えたが、変化球には全く歯が立たず、三振と凡打の山を築いてしまった。
変化球が打てないのなら、完全にこれを捨ててストレートに絞っていく、という戦略もとれたはずだが、パク・コンウのソロホームランを最後に、そもそもヒット自体が出なかった。
研究不足、適応力不足だったと言わざるを得ないだろう。
パニック状態のマシンガン継投
韓国代表は、日本戦で10人もの投手を注ぎ込んだが、一度劣勢に傾いた流れを引き戻すどころか、火に油を注ぐ結果となった。
ここでまず、WBCの規定について確認しておこう。
・1試合につき、一次ラウンドは65球、二次ラウンドは80球、準決勝以降は95球を超えて投げてはいけない(打者と対戦中に規定の球数に達した場合のみ、その打席完了まで投球可能。敬遠の投球はカウントしない)
・1試合で50球以上投げた場合、中4日を開けなければならない。30球以上、または2試合連続で投げた場合は中1日を空けなければならない。
この規定によりもともと日本戦での登板が不可能だった選手は、前日のオーストラリア戦に先発したコ・ヨンピョのみであり、韓国代表のリリーフ起用には様々な可能性があった。
日本戦における投手の成績は下記の通り。ウォン・テイン、チョン・チョルウォン、キム・ウォンジュンは前日に続いての登板となった。
①キム・グァンヒョン:2.0回、59球、被安打3奪三振5、2四球、4失点(先発)
②ウォン・テイン:2.0回、29球、被安打2奪三振1、1四球、1失点(3回裏、無死二三塁からリリーフ)
③グァク・ビン:0.2回、13球、被安打2、1失点(5回裏、近藤のホームラン後、無死走者なしからリリーフ)
④チョン・チョルウォン:0.1回、15球、被安打1、1失点(5回裏、二死一塁からリリーフ)
⑤キム・ユンシク:0.0回、14球、2四球1死球、3失点(6回裏、無死三塁からリリーフ)
⑥キム・ウォンジュン:0.1回、6球、被安打2、1失点(6回裏、無死満塁からリリーフ)
⑦チョン・ウヨン:0.2回、7球、被安打1、無失点(6回裏、一死一二塁からリリーフ)
⑧ク・チャンモ:0.1回、10球、被安打2、2失点(7回裏、この回の頭からリリーフ)
⑨イ・ウィリ:0.1回、22球、奪三振1、3四球、無失点(7回裏、一死二三塁からリリーフ)
⑩パク・セウン:1.1回、11球 奪三振1、無失点(7回裏、二死満塁からリリーフ)
ここで注目すべきは、先発のキム・グァンヒョンを除いて、回の頭から登板した投手がク・チャンモ一人だけということであろう。
ランナーを置いた厳しい場面での登板、しかも日本戦とあって、リリーフ投手にかかるプレッシャーはきわめて大きいものがあった。
韓国の投手について、コントロールの悪さをはじめ、各個人の技術の低さを指摘することは簡単だろう。
だが、韓国代表の投手陣は「プロ野球選手」であり、KBOリーグにおいて一定レベル以上の成績を残して代表に選ばれた選手である。
KBOとNPBとの間に実力差があるとしても、せめて回の頭から、ランナーのいない場面でのリリーフ登板であれば、投球の内容も結果も大きく違っていたのではないだろうか。
日本戦での韓国代表首脳陣は、完全にパニック状態となっていた。
監督のイ・ガンチョルは試合後の取材に対して「投手交代が遅すぎた」という主旨のコメントをしていたが、実際にはその逆で、投手交代が早すぎたというべきだろう。
今回の韓国代表は、投手15人のうち「本職リリーフ」はコ・ウソク、キム・ウォンジュン、チョン・ウヨン、チョン・チョルウォンの4名のみ、さらに言えば「本職中継ぎ」はそのうちチョン・ウヨン、チョン・チョルウォンの2名のみというメンバー構成である。裏を返せば「先発タイプ」の投手が多く、球数制限の範囲内であれば一定数のイニングを食える投手が多い布陣である。
しかし、韓国ベンチは、二人目の投手として送り出したウォン・テインを3回裏無死二三塁から投入したものの、わずか29球で引っ込めてしまった。
日本代表が先発のダルビッシュ、第二先発の今永ともに「3回、48球」を投げ、二人で合計6イニングを消化したこととは対照的である。
文字通りの「マシンガン継投」で送り込まれた投手は次々と打たれ、日本代表の勢いを止めることは出来なかった。
(追記:ワンポイントリリーフが禁止で、最低3人の打者と対戦する、またはイニング終了まで投げる必要があるというルールも、韓国代表にとって大きなマイナスであった。投入した投手の状態が悪くても、すぐに引っ込めることが出来なかったからである。このため、コントロールの悪い投手は打者3人と対戦する間に、傷口を広げるばかりだった)
監督のイ・ガンチョルと、投手コーチのチョン・ヒョンウク、ブルペンコーチのぺ・ヨンスは批判を免れないだろう。
韓国の敗因とは
韓国の敗因は「変化球を打てなかった打線」と「パニック状態のマシンガン継投」であるが、他にもいくつか指摘しておきたい。
①世代交代の失敗
今回の韓国代表は、日本戦の打順1番から3番にはエドマン、キム・ハソン、イ・ジョンフと波に乗る若手が並んだが、4番以降にはパク・ビョンホ、キム・ヒョンスを筆頭に30歳を超えた中堅・ベテランが並び、4番より後ろの打順で20代の選手はカン・ベクホのみであった。野手に関しては、「ベテランの壁」を若手が打ち破ることができていない。
投手陣は野手陣に比べて若手が目立つが、それでもキム・グァンヒョン、ヤン・ヒョンジョンといった名前が代表の主力として挙がる現状である。
日本国内のメディアやTwitter上でも多数指摘されているが、現在のKBOリーグでは「韓国人エース」は先発3番手という位置づけであり、リーグの成績トップテンのうち、防御率では3位から9位までの7人が助っ人外国人である。
また、若手の有望株を「一軍で先発として育成する」という発想に乏しく、有望な若手はまずリリーフとしてデビューすることが多い。一方で、韓国代表メンバーであるキム・ウォンジュンのように、「冴えない若手の先発」から「絶対的なクローザー」へと変貌したケースもある。多少大袈裟に言えば、よほど突出したスタミナと投球術があるのでない限り、韓国人投手が先発として大成しにくい状況にあると言えよう。
②「敗戦処理」という発想の欠如
完全に「後出しジャンケン」の結果論となるが、韓国代表の首脳陣には「敗戦処理」という発想が欠けていた。
KBOリーグは、NPB以上に「敗戦処理」のやり方が徹底しており、日本では2020年に巨人の増田大輝が1試合、2022年に中日の根尾昂が投手転向以前に3試合投げたことが話題となった「ビハインドでの野手登板」も、KBOではそれほど珍しくない。
直近だと2021年が「野手登板」の多かった年で、この年は8名が登板した。
ロッテジャイアンツが「野手3人のリレー」「野手2人のリレー」を同一シーズンに達成して話題を呼んだほか、ロッテのぺ・ソングンが2イニング、ハンファのチョン・ジンホが3試合に登板するなど、大量ビハインドの試合で野手が登板し、投手を無駄遣いせずにイニングを消化している。
日本戦で9番スタメンだったチェ・ジョンも、かつて優勝争いの中で「野手登板」を経験している。
このように、KBOリーグが日本以上にシビアに「敗戦処理」モードを発動して、効率良く試合を捨てている一方で、韓国代表には「敗戦処理」という発想が欠如していると言わざるを得ない。
日本メディアが監督のイ・ガンチョルのマシンガン継投を「ファイティングポーズ」と評したが、まさにその通りであろう。
日本相手に「撤退」は許されない、「前進」「突撃」あるのみ…という世論を気にした采配であって、勝つためのものでも、選手のためのものでもない。敢えて言えば「世論と保身」のための采配であった。
③二遊間の不安
あまり日本国内の報道では指摘されていなかったが、セカンドのスタメン候補エドマン、ショートのスタメン候補キム・ハソン、オ・ジファンが強化試合において揃って生彩を欠いていた。特にキム・ハソン、オ・ジファンともに守備の乱れが目立ち、エドマンに関してはオーストラリア戦で試合を終わらせてしまった走塁ミスなど、必死さが仇になったプレーが目立っている。
カージナルスの同僚ヌートバーがチームメイトにも日本の世論からも温かく迎え入れられ、チームに馴染んでのびのびと活躍する一方、エドマンはチームに馴染めていないのではないかと言われており、韓国の世論の風当たりも強い。
④キツ過ぎる移動
オーストラリア戦の敗戦直後から韓国メディアでも指摘されていることとして、韓国代表の移動スケジュールに無理があったのではないかということがある。
韓国代表はアリゾナで合宿を行い、その後ソウル→大阪→東京と移動して来た。これについて「アリゾナではなく、近場の済州島でも合宿は充分に可能だったのではないか。時間と資金の無駄遣いだった」という指摘がある。
⑤二軍の試合数の少なさ
韓国は、一軍が「1リーグ制」である一方で、二軍は「フューチャーズリーグ」の名のもとに北部、南部の「2リーグ制」を採っている。南部リーグには、韓国国軍体育部隊のチーム「尚武フェニックス」が参戦しており、二軍が一軍より1球団多い。
問題は、二軍の試合数が日本と比べて著しく少ないことである。日本は1チームあたり年間100試合程度が組まれるのに対して、韓国は80試合が関の山である。若手が実戦経験を積む場が日本に比べて著しく少ない。
また、近年では韓国にも「独立リーグ」や独立球団が誕生しており、二軍との練習試合も時折あるものの、NPBのように「独立リーグへの選手派遣」という形で実戦経験を積む機会はない。
(追記:ただし、KBOにも良い点はある。ロッテ、NC、サムソンによる「洛東江教育リーグ」をはじめ、ドラフト指名を経て入団したばかりのルーキーが、翌年のキャンプインを待たずにチームへ合流し、秋季教育リーグの試合に出場することが可能である。有望株の選手は、ここでアピールの機会を与えられる)
⑥兵役
日本人である筆者が斬りこむには極めてセンシティヴなテーマであるが、特に20代前半という「プロ野球選手としての伸び盛り」の時期に兵役に行かなければならず、しかも「尚武フェニックス」の枠が限られているために、兵役期間中に実戦経験を積めない選手が多いことは、KBOリーグの大きな足かせになっている。
最後に
では、日本戦において、監督のイ・ガンチョルはどういう采配をすべきだったのか。
ここまで指摘してきた点を踏まえて考えると、分岐点は二つあったと考えられる。
まずは先発のキム・グァンヒョンを降板させた時点。
ここで起用する投手は変化をつける意味でウォン・テインで問題なかったが、「リリーフ」ではなく「第二先発」と決めて、せめて3イニングは食わせるべきであった。
もう一つの分岐点は、5点差をつけられたあとの7回。
そもそも6回裏に5失点している時点で論外だが、起きてしまったことは仕方がないとして、7回からは「どうせ2イニング」と割り切って、とにかくさっさと6つのアウトをとることを優先すべきであった。
日本戦に先発予定であったが回避したク・チャンモを投入するのであれば「敗戦処理」と割り切って、8回まで投げさせるか、そもそも7回からパク・セウンを投入すべきであったろう。
韓国代表はオーストラリア、日本にまさかの連敗を喫し、3月11日、本稿執筆時点では二次ラウンド進出が危ぶまれている。
個々の実力は高いはずだ。切り替えて、チェコ戦、中国戦での奮起を期待したい。
(最後の最後に一言。イ・ガンチョル監督、お願いですからロッテの投手をもう少し丁寧に起用してください。あまりにも扱いが雑過ぎます)
※追記3月11日19時の時点では、韓国代表が準々決勝に進出できるシナリオは下記の条件が全て揃った場合のみとなっている
・日本4戦全勝
・韓国残り2試合全勝
・チェコがオーストラリアに勝ち日本韓国に負ける
・中国が4戦全敗
崖っぷちの韓国代表、まずは残り試合全勝を!
※追記その2
3月11日、オーストラリア代表が中国代表に勝ち、日本代表がチェコ代表を破って三連勝を決めたため、上記4つの条件のうち、「日本4戦全勝」「中国4戦全敗」に王手がかかった
※追記その3
3月12日試合終了時点で、韓国代表が準々決勝に進出する条件は
①チェコがオーストラリアに「9回4失点以上」で勝つ
②韓国が中国に勝つ
という二つを満たした場合のみとなった
チェコがオーストラリアに負けた時点、あるいは「9回4失点以上」以外で勝った時点で、韓国代表の準々決勝進出の可能性は消える
逆に、オーストラリアがチェコに勝ち中国が9回で5点以上取って韓国に勝った場合、もしくはチェコと中国がともに勝った場合、韓国代表は最下位となる
13日の結果や、いかに…
※追記その4
3月13日、オーストラリアがチェコに勝利し準々決勝進出を決めた
最下位回避をかけて韓国代表は中国代表と対戦し、一時同点に追いつかれるも、パク・コンウ、キム・ハソンに満塁ホームランが飛び出すなど、WBC新記録となる22-2の大差で5回コールド勝ちを果たした
これで韓国は一次ラウンドを2勝2敗の3位で終えたが、東京ドームで声を涸らして懸命に応援をリードした、韓国から来た野球ファンK氏は、「今日は韓国野球の葬式の日です。ここから生まれ変わらなければなりません」と試合後筆者に語った
韓国野球の課題は多いが、その未来が少しでも明るいものであることを願ってやまない