怪我と選手とスタッフと
はじめに
平素よりお世話になっております。
同期一の問題児、⻄内より指名を受けました。商学部 4 年、スタッフの橋本です。
彼とは同じスタッフの立場だったこともあり、部としての活動内外問わず、部員の中でも一緒にいた時間が多かった方だと思います。
ラーメンにはかなりの回数誘われました。
試合会場から家が近いし来そうだなーと思って声をかけた、私が応援している J リーグのチ ームの試合について来てくれたこともありました。
今までありがとう、これからもよろしく。
ブログを執筆するにあたって、何を書こうかかなり悩みました。
皆が書いているような、読む人を感動させる文章は書けないので、私がスタッフとしてチームを外から支える立場になるに至った経緯と、私が思う早稲田大学フットサル部の魅力を綴りたいと思います。
最後までお読み頂けますと幸いです。
きっかけ
まず、私が早稲田大学フットサル部に入部するに至った経緯から。 他の部員も言及していると思いますが、一番のきっかけは英智朗(現代表)からの創部メン バーとしての誘いでした。当時、私と彼は同じサッカーサークルに所属しており、イベント 中に突然その話を持ちかけられました。急な話だったので、とても驚いた記憶があります。 当時の私は、生活に縛りが少ない、大学生としての生活を楽しんでおり、この生活がどのよ うにして今と変わるのかと考えると、創部への参加を少し悩んだ時期もありました。 しかし、この誘いが自分を変えるきっかけになったし、今の自分は絶対に無かったと思います。本当にありがとう。
転機
そこから、選手としての活動を経て、スタッフとして転身した経緯について。 私がスタッフとして部に携わるようになったのは、3 年の途中でした。それまでは選手として在籍していましたが、中学生時代に負った怪我が再発してしまい、選手としてプレーし続けることを諦めました。
中学生時代、私は、地元東北の J リーグチームであるベガルタ仙台の下部組織に所属していました。小学校卒業まで 12 年間を過ごした秋田から仙台に移り住み、全く新しい環境での挑戦でした。入団当初から、周りについていくのがやっとで、必死に練習していたのを覚えています。
これまでに経験したことの無いような強度の高い練習が毎日続き、毎日のように足を痛めていました。我慢しなければプレーが出来ない程に足を痛めたこともありました。しかし、練習を休むことは絶対に考えませんでした。全体練習から離脱している間に、周りと差がつ くのが怖かったからです。
中体連のチームでは無いため、定期テスト前の休み期間でさえも、個人の裁量で決められる環境でした。私自身、怪我で離脱するまでは、テストの前日でさえ休んだことはありませんでした。 期末テストの中日の土日に、遠方まで遠征してリーグ戦を行い、帰って来てすぐに勉強して、 徹夜でテストに向かうスケジュールは、サッカー人生で一番辛かったかもしれません。
そんな中で、中学 2 年の冬に、朝起きると股関節に歩けないほどの痛みがありました。病院での診断結果は「グロインペイン症候群」でした。これはプロでも引退を決意するほどの怪我で、この怪我がきっかけとなり、これまで休まなかった全体練習からあっけなく離脱してしまいました。
その後、3 年の夏までの 9 ヶ月間リハビリを行いましたが、完治することはなく、夏の全国大会を最後にチームを退団し、高校の受験勉強に専念する決断をしました。
その後の治療の結果、高校サッカー部ではメンバーとしてプレーできた時期もありました。 大学では創設メンバーとしてフットサル部へ入部し、入部当初はプレーができていましたが、怪我が再発してしまい、最後までやり続けることを諦め、スタッフへの転身を決意しました。
以上が、入部後に私がスタッフに転身するに至った経緯です。
唯一無二
中学生時代、プレーが出来なくなった私は、チームのために何も出来なくなり、退団することしか選択肢がありませんでした。
しかし、大学では、チームのためにスタッフとしてチーム を支える選択肢がありました。 早稲田大学フットサル部には、選手としてチームに携われなくても、様々な立場からチームのために動ける環境があります。他の体育会やクラブにも同じような環境はあると思いますが、創部したばかりでまだまだ未熟な部分が多いからこそ、自分の力や周りのメン バーと協力してゼロから何かを作り上げていく良さや、達成感がありました。
もしこのブログを読んでいる方の中で、フットサルやサッカーの経験が無かったり、怪我などが原因で、プレーは出来ないけれど、スタッフとしての業務に興味を持ったという方がいたら、早稲田大学フットサル部にスタッフとしてでも入部してくれるととても嬉しいです。 きっと他では経験できないようなことが経験できると思います。
俺たちの価値
早稲田大学フットサル部は魅力的な組織です。
若い組織の運営を通して経験できる業務は勿論、その他にも様々な魅力があります。
以下では、私が考える早稲田大学フットサル部の魅力についてお話させて下さい。
まず、部員一人一人の考えを尊重する組織の中で、それぞれやりたいことができる環境が一番の魅力だと思います。 プレーが出来なくなってしまった私が、スタッフとして組織に携わることを許してくれたように、この組織には、色々な形で自分がやりたいことを体現できる環境があります。
やりたいことの実現のために選手としてプレーすることを辞め、運営で完璧に仕事をこなしている代表をはじめ、私と同じように運営業務を専門で行うようになった部員、一年間海外に留学している部員、反対に海外からの留学生として期間限定で一年間入部してくれた部員など、多種多様です。
勿論、やりたいことが何でも許されるわけではありません。ですが、部に直接関係することでは無くても、自分がやりたいと思ったことを応援してくれる環境があって、部に対する貢献の仕方が様々あるところは、魅力的な部分の一つだと思います。
もう一つの魅力は、雰囲気です。
私はフットサル部の雰囲気が大好きでした。
3 年次から新歓活動の統括担当になった私は、スタッフに転身してからは、新歓活動を行う期間以外は練習に出席せず、試合の日に出席し、ベンチで公式 SNS を更新するなどのスタッフ業務を行なっていました。
試合だけの出席になってからも、いつも暖かく迎えてくれる部員の皆には感謝しかありませんでした。毎回アツい試合をベンチから近い距離で見られることはとても楽しかったで す。試合で負けている時でも、ベンチからの盛り上げやスタンドからの声援で、すぐに点を取れそうな雰囲気がいつもありました。実際に、試合終盤の負けている場面のパワープレー得点率はうちの強みだと思っていましたし、見ていてワクワクしていました。
このような良い雰囲気は、この先も後輩たちに引き継いで行って欲しいと思っています。現状維持ではなく、皆なら今以上に良い雰囲気を作り出していけると思います。
みんなへ
最後に、 別で仕事があるのにも関わらず、忙しい中活動に参加して下さった監督・コーチ陣、他にも色々なサークルや部活動がある中、まだまだ未熟な早稲田大学フットサル部を選び、入部してくれた後輩たち、そして創設からずっと一緒にやって来てくれた4 年生、今まで本当にありがとうございました。
最後に
2019 年 9 月の創設からこれまでの日々は、とても濃い 3 年半でした。
これからも OB として、引き続き宜しくお願いします。
次回のブログは高田裕樹を指名します。
最後までお読み頂き、有難うございました。
早稲田大学商学部 4 年 スタッフ 橋本莉希
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