【部員紹介】4年AT塩原由佳「誇り」
"早稲田大学米式蹴球部のAT(アスレティックトレーナー)は、大学生とは思えないくらいの実力がある"。歴代の想いと積み重ねの結果が、この言葉に表れているのだろう。
選手の努力とその努力を支えるATの存在抜きにして、激しいコンタクトスポーツであるアメフトを語ることはできない。
4年AT塩原由佳「誇り」
0/86
突然だが、この数字が何を表しているか、わかるだろうか?
86は創部86年のことである。
そして0は、BIG BEARSで起きた死亡・重篤事故の件数だ。
つまり、私たちのチームでは創部以来一度もそのような事故が起きていないということだ。
ATとは?という問いに対し、テーピングをする人、ストレッチやマッサージをする人、リハビリテーションで怪我を治す人、という答えをよく耳にする。
その通り、ATは怪我の予防、怪我から復帰までのサポート、体の痛みや不調へのコンディショニングなどを通して、選手がベストな状態で高いパフォーマンスを発揮できるよう働きかける。
しかし、どれだけ高いパフォーマンスを発揮できる選手がいたとしても、「選手が安心安全にプレーできる環境」がなければ、それは実現できない。
そのために、私たちは、怪我や事故が起きた時の救急対応、熱中症対策、防具の点検や修理なども行っている。
また、部員の体調管理も大切な仕事だ。特に2020年7月現在はコロナウイルス感染拡大に伴い、健康状態のチェックや、どのように感染を予防しながら練習を行うかの検討も、チームの中心に立って行っている。
すなわちATとは、
選手の高いパフォーマンスを支える「縁の下の力持ち」であり、安全管理の面からチーム運営の先頭に立つ「リーダー」である。
10/17…この数字は2001~2017年の17年間で、全国のアメフトチームで起きてしまった死亡事故を表している。
17年に10件。
この数字と比べると、冒頭の「0/86」は歴代の先輩が繋いでくれた誇りある数字である。
それを0/87、88、・・・と繋ぐこと、そして、自信をもって選手をフィールドに送り出すために、私たちは日々活動している。
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ATだからできること。
それは、「選手を理解しつつ客観的に見ること」だと、私は思っている。
怪我をしたある選手が、明らかに練習できる状態ではないのに、「明日から練習戻りたいので、何とかしてください」と言ってきた。焦り、悔しさ・・・気持ちは痛いほどよく分かる。しかし、無理をして再発すれば復帰時期はさらに遅くなる。しっかりと治すべきだろう。
逆に、練習を休むほどの怪我ではなくても、痛みに敏感になってしまっている選手もいる。できるなら休まず練習した方がよいのは明白で、どうアプローチして練習できる状態にするか、考える。
つまり、「その選択はベストなのか」ということを、いつも選手や自分自身に問いかけているということだ。
選手の周りには、監督やコーチ、他の選手、保護者の方など多くの人がいると同時に、様々な情報が行き来していて、それに流されてしまうこともある。
そんな中、何事も最後は選手が決めることだが、選手自身にとって本当にベストな選択へと選手を導くことも、ATの役割の一つだ。
時には、選手にとって都合の悪いことを私たちは言わなければいけない。
しかし、「嫌われたくない」といったことや、「頑張ってるから言う通りにしてあげたい」というように、目先のことだけに捕らわれてはいけないと思う。
選手の状態や周囲の状況を一歩引いた目線から見れるATだからこそ、伝えられることがある。
選手の気持ちを理解しつつ客観的な立場からも向き合うことで、「言うべきときに言うべきことを言える」のは、ATだからこそできることだと思う。
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2019年11月10日。
BIG BEARSが法政大学に対し4Qで大逆転勝利をし、関東リーグ王者になった日だ。
皆が泣き、抱き合い、歓喜であふれ返り、輝いていた。
しかし、私の目に映ったのは、怪我で試合に出れなかった人の、悔しい顔や無力さを感じた顔だった。
最高の勝利の裏には様々な思いを抱える選手がいて、
次の日から人の何倍も自分に厳しくリハビリをする選手がいるなど、各々のやり方で必死に前に進もうとしていた。
客席からの景色やメディアの情報の多くは、フィールドでの輝きに焦点が当てられる。しかし、多くの人からは見えにくい影の努力と熱量を、私はATという立場から見ることになったのだ。
そしてその時、私は、はっとさせられた。
本気とはどういうことか。
自分も選手たちと同じくらい熱い気持ちで、チームや自分に向き合っているのか。
自分の甘さに気づかされた。
目をそらしたくなるような自分の弱さに気づいてしまった時、とても傷つく。しかしだからこそ、私自身がこのままではだめだ、もっと成長しようと思えたのだ。
「足が痛いんだけど、どうしたらいい?」と言われてそれを解決できなかった時
「もっと強くなれるリハビリメニューないの?」と言われた時
「こんなクオリティでは日本一になれないよ」と言われた時…
選手から高い要求をされた時や、本気で壁を乗り越える姿を間近で見た時、選手から猛烈なエネルギーを受ける。
そしてそのエネルギーから、自分も成長できたり、壁を乗り越えたり、熱い気持ちになれたりする。
私たちがテーピングやケアをした時、選手は必ず「ありがとう」と言ってくれる。
もちろんそれは大きなやりがいで、その言葉が聞きたくて毎日一生懸命になる。
しかし逆に、私たちが選手に感謝を伝えたくて仕方ない瞬間が、日々あふれている。それは、選手がいつも刺激を与えてくれる存在であり、支えだからだ。
だからこそ、選手の力になりたいと強く思う。
自身の経験でもあるが、周りから見えないところで戦っている時、とても辛い。頑張っているね、と言われるためではないが、誰かが見てくれていると救われる気持ちになり、前を向ける。
だから逆に、そういうエネルギーを与えられる存在に私はなりたい。一人一人に寄り添って力になれるATになりたいと思う。
一方通行ではなく相互の刺激がある存在は、私がこのチームで得て、これからもずっと大切にしたいと思うことである。
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最後に、
私は今、BIG BEARSでATとして活動していることを、とても誇りに思っている。
ここにいる自分も、チームの仲間も大好きであり、チームに貢献している実感があるからだ。
このチームに入ると決めた時、自分の選択に正直自信がなかった。途中で周りをうらやんだり、不安になったりもした。
しかし、もし私が今大学1年生に戻ったとしても、またここでATをやる選択をするだろう。
ここまで自分を誇らしく思える場所は、そう簡単に見つかるものではないと思う。私が今このような経験をできているのは、私やチームを支えて下さっている全ての人の力があるからに違いない。
そんな人たちへの感謝を伝えるためにすべきことは、ただ一つ。
日本一になるだけだ。
4年AT塩原由佳(スポーツ科学部)
AT主任としてトレーナーユニットをまとめ上げ、チームを勝利へ導く。