書籍『日本キャリア教育事始め』先行公開⑴ まえがき
書籍『日本キャリア教育事始め』が完成しました。日本におけるキャリア教育25周年を記念して、22名の論者が渾身の力でしたためるキャリア教育論です。発売に先立って「まえがき」を先行公開いたします。
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まえがき
日本の学校教育に「キャリア教育」の概念が導入されてから、25年の歳月が経過した。賛否両論を巻き起こしながらも、25年の間に、キャリア教育は広範かつ多様なものへと変化してきた。この分野では世界規模の学会員数(日本キャリア教育学会)を誇るこの地域において、キャリア教育の実践と研究は、日々絶えざる生成と変化の運動のさなかにあると言ってよいだろう。
以下に読まれる書物は、そうした運動を肯定するためにある。公文書に「キャリア教育」の言葉が登場した1999年から現在までを「事始め期」として対象化する本書では、その25年間に行政・実践・研究における中心的な役割を担った人物たちによって、キャリア教育と自身の来歴に対する省察がなされる。省察から得られた知見はある場合には論文として、あるいは論文とエッセイのあいだに位置づくテクストとして、読者に提示される。
そこには、時代のダイナミズムのなかで加速した流れもあれば減速した流れもあり、中心に位置づいた要素もあれば周縁化した要素も見受けられる。そうした時代の息遣いを今に伝えることが本書の役目であり、読まれた方がそこから僅かでも新しい運動へと進まれるならば、本書の願いは十分に達せられる。
「事始め」という言葉に着目してまとめると、本書の特色は、日本のキャリア教育の草創期(事始め)を対象として、中心的な役割を担った人物たちとキャリア教育の来歴(事始め)を提示することによって、読者の方々の新たな実践や研究や思考の契機(事始め)となることを企てるものである、ということになる。
ここで、本書の背景について手短に説明させて頂きたい。この書物は、早稲田大学を今年度末で退職される三村隆男先生のご功績を記念して編まれたものである。企画に承諾を頂く場面で先生は、本書の題名と趣旨を示唆された。曰く、実践者や研究者が自身の生き方を問うことなしにキャリア教育は成り立たないこと、そして、懐古ではなく未来に向けた書物をつくることである。先生にも編集委員に加わって頂き、可能な限りその趣旨の実現に努めた。
ひょっとすると本書を手に取ってくださる方の中には、本書の題名と成立の経緯とのあいだに、カテゴリー・ミステイクの疑念を抱かれる方がおられるかもしれない。あるいは、キャリア教育と個人の来歴を省察する本書の企画に対して、「個人的にすぎる」との疑義を抱く方もおられるかもしれない。
もしも、そうした疑念によって本書を書架に戻そうとする方がおられるならば、三村先生が得意とする上越地方の宴会作法(コラムp. 331参照)にならって、「ちょっと待った」と留保の言葉を差し挟まずにはいられない。
なぜなら、ここに収録された「個人的にすぎる」テクストたちは個人の範疇をはるかに超えて公共性を纏うことを回避し得ておらず、また、そうしたテクストを従えた書物がごく自然な風景に収まってしまうところにこそ、いまここに祝意が捧げられようとしている人物の学的達成とご人徳とが現れているからである。その意味で、本書はこのような書物にしかなり得なかったとご容赦いただき、この稀有な書物をどうかこのままお買い上げのうえ、日本のキャリア教育の道行(キャリア)を辿る旅にご一緒にお付き合いを願いたい。
本書『日本キャリア教育事始め』を三村隆男先生の長年のご功績に捧げるとともに、これからも続いていく「キャリアの旅」に向けた予祝の歌とさせていただく。
編者を代表して 高野慎太郎