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紀州へら竿体験記#2
実はこの期間中に、地元のFMはしもとで、竿師の田中さんがパーソナリティをしている番組にゲスト出演させてもらった。
はじめてのラジオ出演は面白かったけど、地域のFM局ではラジオパーソナリティーが一人で時間を読み、リクエストやメッセージを確認し、ニュースも読みつつ、話題も考えなくちゃいけない。私は数十分の出演だったが、事前打ち合わせもなく口から出てきた私の話をCMまでに上手いことまとめていくって凄い!あらゆることが同時進行でパニクりそうな仕事であった。ラジオやってる人の凄さを知った。
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田中さんの工房は、簾をつくる工場なのかと思うくらいのすごい竹材の量。全て竿にするために竹を乾燥させている。
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しかし、残念ながらここにある竹全てが竿になれるわけではない。
紀州の竿は3本をジョイントして1本の竿になる。
このジョイントは金具があるわけではない。竹を精巧に削り、差し込むだけでジャストフィットするようにできている。種類の違う竹同士で見事に組み合う竹が見つかるのは、無造作に保管されている竹の中からたった1本。探しているだけで1日が終わりそうだ。。
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へら竿は先端の穂先に真竹、穂先を支える穂持ちは高野竹、残りハンドルまでのところは矢竹の3種類の竹を組み合わせて出来上がる。
大阪で生まれたへら竿であるが、竿の要となる高野竹が収穫できるこの橋本に生産拠点が移ってきて今に至る。これらの竹は国有林か、城下町や墓地の周囲で良質なものを見極めて収穫するらしい。
ちなみに、竿になる竹材のための畑なんて存在しない。もし、存在したとしても、畑で生産する竹では絶妙な耐久力や、釣りの時の強いしなりを出すのが難しいらしい。日照・土・環境によって竹の質が出来上がる。矢竹なんかは城下町や墓地で収穫することがある。武士の時代は、弓矢に使う竹は敷地内で育てていたという。この竹を竿に使っているのだ。
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竿士という職は工芸職の中でも珍しい総合職である。ある1工程を極めるのではなく、材料の収穫から加工、装飾まで1本の竿の制作にかかるおよそ180の工程を職人1人が全て手がける。
竿のグリップの装飾も、漆職人ではなく竿師が独自のデザインで手がける。この装飾は竿師によって手の込みようが様々で、この装飾のために漆職人に習いに行ったりもするようだ。機能性の見極めや装飾に対する審美眼までも、竿師は広く深く知見が必要な職業ではないだろうか。
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実際の体験では、竹の整形と小物作りを行った。
竹竿作りの基本は竹の歪みを整えること。竹林の竹は真っ直ぐ成長しているようで、ねじれや歪みがある。熱で柔らかくしてこれを正す。炭火で竹の水分を飛ばしなら真っ直ぐに整える。なかなか辛抱強い作業。綺麗に整っても1日経つと歪みが戻っていたりするのだとか。何度も何度も繰り返し形を整えていく。少しずつ色づき真っ直ぐになっていく竹の様を見るのは、自分の背筋も整いそうで気持ちがいい。
その竹を使い小物を2つ作らせてもらった。
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一つは竹の筒を活かした小物入れ。
底とキャップは入れ子のように細い竹を2重に詰めて穴を塞ぐ。この構造は装飾的で気に入った。容器の口の部分には絹糸を巻く。竿のジョイントの場合はこの縁が1ミリもないほど薄い。竹は内側から裂き開こうとする力には弱いため、口部分に糸を巻いて補強をする。竿の場合は、更に糸を巻いた上に漆を塗って耐久性を保つ。
小物入れは竹の表面の油分をニスで取り除き艶消しの風合いにしてもらった。毎日握る手によって適度なツヤをうむ油分が補給され、経年変化のような味わいが出そうな予感。
もう一つは竿のグリップに施す装飾を少し体験。田中さんは従来は装飾に使わない材料もうまく使って他にはない微妙な色のニュアンスを出したりしている。この辺はもう少し聞いてみたかったけど、時間はここまで。
3日間で和竿について学べることはほんの少しだけど、釣りを通じて竹のしなやかさを知れたことはとても大きかった。竹はとても魅力的な素材だ。やっぱり竹をもっと生活に取り入れたい。
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体験の合間に、とんでもないところに案内してくれた。川沿いの江戸末期の古民家。といっても廃墟で壁は崩れかけている。ここはどうも筏の検査場だったらしい。橋本市を流れる紀の川は、奈良吉野の材木を筏にして和歌山や大阪へ運ぶ流通の要でした。この検査場は、通行料として流木税を徴収した場所。敷地内にはその面影があって、筏の船頭さんの宿泊場所や、五右衛門風呂もあった。
筏流しは昭和に入ってなくなり、検査場が廃止された後は民家として使われたものの、現在まで長いこと廃墟状態であった。この場所を竿師の田中さんは買い取り、これから工房を兼ねた竿の資料館にしたいと考えている。
とても素敵なロケーションで、高野山に向かう電車が走り、すぐ下には紀の川がゆっくり流れ、地域の文化遺産とも言える場所。地域の伝統産業を担う田中さんなら、素敵な場所にできると確信している。他人ながらワクワクさせられた。完成したら行かなくては!
お世話になった竿師の田中和人さんのサイトはこちらです。