はじめに
祖父の軍籍調査をはじめた理由は何だったか。
ある夏の昼下がり、色とりどりの花が植えられた庭の片隅で、私は祖父から夕顔の剝き方を教わっていた。輪切りにした夕顔を皮むきのような器具でひも状にして乾かせば、それが干瓢(かんぴょう)になることを初めて知った。わずかな現金収入の足しになるとぽつりつぶやいた後、祖父は戦争のことを話し始めた。戦時中に派兵されていた外国の写真や勲章を見せながら。
私は「戦争」という言葉を理解するには幼なすぎて、それが何を意味しているのかもわからない。祖父は雨に打たれた子犬のようにぶるぶると震えながら号泣するので、私はするり大きな祖父の腕の中へ入って、一緒に泣くことしかできなかった。なぜ、あのとき私も泣いたのだろうか。
祖父の人生は戦争によって翻弄されたにもかかわらず、戦後、饒舌には尽くしがたい辛苦を味わった。それは、国が保管する軍歴では祖父には恩給が支払われなかったことと無縁ではない。しかし、祖父の軍隊手帳には、国とは異なる本当の軍歴が記されている。
『家族と格差の戦後史』(著者 橋本健二/青弓社)という一冊の本が私の手元にある。格差というものがどのようにつくられるのか、それが及ぼす影響について、私は祖父の軍歴調査から明らかにしたいと切に願う。