或るサッカークラブから考える、”らしさ”の正体
Jリーグが開幕したのは1993年。
中学2年の時だった。
当時はまだ10チーム(現在は20チーム)。
私はスポーツ全般が苦手で、サッカーなど全く興味がなかった。
そんな折、実家のある街に突如として
プロサッカーチームが誕生した。
動機は不純そのもの。
「おらが街のチーム」ということだけで応援を始め、
サッカーの面白さに虜になっていった。
今日はこのクラブの話ではなく、
”らしさ”とは何ぞやという話を趣旨としたいので、
敢えてクラブ名は○○○として伏せる。
90年代は成績が芳しくなかった。
普通に5、6点取られては完膚なきまでに叩きのめされた試合もあった。
Jリーグのお荷物と揶揄された。
初代のチェアマンに「○○○なんて消えてなくなってしまえ!」
みたいなことも言われた(笑)
それでもすっかりサポーターとなった私は、
勝利を期待して、学校が終わるとスタジアムに行っては、
ゴール裏の席で応援したものだった。
2000年代に入り、成績が上向きだした。
ユース(中学生、高校生からクラブで育成する)の強化が結実。
チームの看板選手が出てきたのと同時に、
強力な外国人選手を迎え入れ、遂に2005年にリーグを初制覇。
そこから、アジアチャンピオンズリーグも制覇し、
念願のクラブワールドカップにも出場するような、
誇らしい「我が街のチーム」へと変貌したのである。
実際、この頃にファンになった方は多い。
その戦いぶりがスリリングだったことが、多分にある。
端的に、その時のサッカーを表現すると、
「4点取られても、5点取るサッカー」
失点もするが、それ以上に圧倒的な攻撃力で他を捻じ伏せる。
私達サポーターは痺れるゲーム展開に、酔いしれた。
90年代からチームを知る私は、
”いじめられた少年が、大人になってリベンジする”
そんな心持ちで見ていたのである。
こうして、
○○○=攻撃的で得点力のあるサッカーを展開するチーム
としての地位をリーグで築いたのである。
しかしながら、好事魔多し。
2010年代後半以降、○○○は自ら築き上げたこのイメージに、
徹底的にもがき続けた。
2012年には、最多得点、失点リーグワースト2位という、
攻守のバランスの悪さが災いし、J2降格の憂き目に。
2013年は守備の見直しを図り、1年でJ1復帰。
2014年には、手堅いディフェンスとカウンターの戦術で
2度目のリーグ制覇を遂げる。
そこまでは、まだ良かった。
「ここからまたリーグで、上位に君臨する。」
その目標を掲げ、クラブ、サポータ、選手は
改めて2000年代の攻撃的なチームのイメージを共有した。
サッカー専用の新スタジアムも完成したこともあり、
古き良きサッカーを渇望したのである。
毎年正月に、新シーズンの目標順位やスローガンが発表される。
「○○○らしい、ゲームを支配したサッカーを目指す。」
「スペクタクルな攻撃で○○○をあるべき順位に。」
「また、アジアに飛躍するべく。」
フロント、指揮官、選手は毎シーズン、口々に理想を掲げた。
ファンも、その甘美な言葉に毎度期待を胸に躍らせた。
しかしー
その期待とは裏腹に古き良きサッカーの実現が、叶うことはなかった。
それどころか、チームは低迷を続け、
監督が途中で交代するシーズンも複数回あった。
勿論、みんな理想郷を目指して必死に戦っていた。
ただ、肝心なことがベースになかったのである。
それは、理想とした2000年代とは
置かれた環境=サッカーのトレンドが、全く変わったのである。
現代サッカーは、とにかくどのポジションにも守備が要求される。
前線の選手も、相手陣内でプレッシャーをかける。
高い位置(=相手のゴールが近い位置)でボールを奪い、
速攻で相手ゴールを強襲するのが、今の時代の主流である。
強靭なフィジカルに加え、フルタイムにわたり守備の強度を継続すること。
○○○が攻撃力で鳴らした2000年代は、
これらの要求事項はまだ、高く求められてはいなかった。
勝利という結果と、標榜するサッカーは必ずしも一致しない。
余りにも「自分たちの形」「らしさ」を保持しつつ、
結果を出すことの両立を目指したことが、
現実の戦い方を見失うことに、つながったのである。
迎えた2024年、
○○○が年初に掲げた目標順位は、7位。
現実的かつ、シビアだった。
いい時期もあったが、後半に守備が崩壊した2023シーズンを見直し、
シーズン序盤からバランスの取れた、慎重なサッカーを展開した。
攻め込まれては、相手にゲームを支配される時間も、ひたすらに耐える。
前年までの自らバランスを崩して自滅した反省もあり、
それを苦にせず、連動して強固な守備を築く。
そして一瞬の相手の隙をつくカウンターで、ゴールを挙げる。
そうして出た結果は、4位(11月22日現在)。
失点数はリーグ2番目に少なくなった。
得点数は、首位のチームと比較して20得点も少ない。
今まで苦しんだ「攻撃サッカー」の看板は、どこにも見当たらない。
あの理想郷は、なんだったのか。
しかし、ようやく現代サッカーの特徴を理解し、
新たな○○○のスタイルとなったのである。
唸るような攻撃サッカーに狂喜乱舞した○○○のイメージ、
そして「らしさ」は、完全に過去のものとなった。
サッカーにせよ、人間にせよ、
「らしさ」には常に変化が求められる。
或るサッカーチームのサポーターとして、
一人の人間として、強烈に思い知った次第である。
ご一読ありがとうございました。
今日も書けるという喜びに、感謝。