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嫌いだった上司の一言

嫌いだった上司がいた。
前職のことである。

この方には約8年間、
部下として色んな仕事を経験させてもらい、
中には苦労を共にしたこともあった。

しかし、私はその態度が嫌だったのである。

偉そうなもの言い。
仕事を人に丸投げにする。

とても私が思う上司像や、価値観とはかけ離れていた。


そんな上司がある時、私に放った一言。

「投げやりになるなよ。」


【投げやり】
物事をいいかげんに行うこと。
成り行きまかせにすること。また、そのさま。

出典:デジタル大辞泉

恐らく、若かりし頃の私が愚痴をこぼしていたのを、聞いていたのだろう。
なんとなく、無意識にかけた言葉なんだと思う。


この何気ない一言が、今も昔も、

間違いなく、私の支えになっている。


しんどくなった時であれば、あるほど。
ピンチになった時ほど。
そして追い詰められれば、られるほど。

向き合いたくない、でも避けて通れない。
逃げたくなる、そんな時ほど耳元に聴こえてくる。

そして、姿勢が正されるのである。
「ちゃんとせえよ」と。

この一言は、数々の試練を乗り越えてさせてくれたのだ。


全く、わからないものである。
人と言葉というものは。

当時のその方の人への接し方や態度は、
好きになれと言われても、やはり無理である。

でも。
この一言に「いまだ支えられている」という事実だけで、
この方の部下で良かったと心底思えるのである。

そこには、
「嫌いの裏返しは、好き」
「人は自分のもっていない物に憧れる」
そんな次元を完全に超越しているのである。


くりかえしになるが、
人と人との出会いとは、まったくわからないものである。


一つだけ、言えるとしたら。

目の前に現れる人、特に関わりや接触が多い人は、
好き嫌いあれど、多かれ少なかれ
自分の人生に何らかの意味やサインを出してくれている。

そう、思うのだ。


ご一読ありがとうございました。
今日も書けるという喜びに、感謝。












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