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短編小説 | 好きな人の好きな人 #3

カフェイン中毒のわたしがアイスコーヒーではなくホットコーヒーを飲みたくなる季節の変わり目がある。世間ではやれ、紅葉狩りだ、京都に行こうなどと騒ぎ始め、CMではメルティーキッスが流れ始めるちょうどその頃である。

そうこうしているうちに、あっという間に歴代のクリスマス定番ソングがあちこちで聞こえはじめ、恋人と見ないとキュンキュンしないような煌びやかでカラフルなイルミネーションが咲き誇るんだろう。

何がウィッシュアメリクリスマスだ、恋人はサンタクロースなわけないだろうと思いながら肩身の狭いその季節を乗り過ごさなければならない。

だから、わたしがホットコーヒーを飲む季節になると出来るだけ1ヶ月先を考えないように心がけているのだ。

ふと、外を見ると真っ暗で、もう夜かと思ったのにまだ17時だった。買い出しに行こうと思っていたんだと慌ててわたしはまた靴を履いた。

スーパーの自動ドアをくくり抜け、さっと慣れた手つきで買い物カゴを取り腕に挟んだ。

まだまだ流れるBGMがクリスマスソングではなく無駄に安心してしまう。豆腐、卵、キャベツと、いつも買うスタンダードな食材を揃え他に何かいるものはとフラフラしていた。

端っこにある茶色に囲まれたパン屋さんでふと足が止まってしまった。
パンが並んでいる。

いつもは、よく買っていたパンたちですら今日はなんだか美味しそうに見えなかった。なぜだろう。こんなところで立ち止まっては他の人の邪魔になるとわかっていながらもずっと考えていた。

ああわかったぞ。愛がないのだ。

愛がないパン。そんなことを考えることがあるとは思わなかった。

いくら思い返してもあの黄金色のあんぱんは本当に美味しかった。店内で食べた焼きたてのあんぱんは本当に最高だった。ずっと口の中があんぱんだったらいいのにとすら思った。

文章で人を好きになることも、あんぱんで愛のないパンを見分けることができることも、そんな風に人が変わるなんて思わなかった。

あのイチノセがわたしに与えた影響はこれほどまでに大きいのか。なんだか悔しい。悔しいがどうしても気になるのだ。

パン屋の前からやっと離れ、ずっと立ち止まっていたわたしを変な目で見ている人を横目にレジに向かった。レジで買った商品を袋に詰めていた。ガラス張りの窓の外を見ると、外が暗いので、窓に映るわたしが鏡のようになってこっちを見ていた。

運命なんて絶対に信じない。

でも。

わたしは映る自分の目を見ながら思った。

変わらなきゃ。

いつもそうだった。

自分の中にある「いいな」「好き」「やってみたい」などの感情をどことなく押し殺す癖があった。だめだ。このままじゃだめ。

ふと、この前見た雑誌の占いを思い出す。

一歩目は自分から。わたしは変わる覚悟を決めた。

スーパーの帰り道、空を見ると、一つも星がなかった。

「星の、ない夜・・・」

わたしはあっと思いつきスマホを出して、その夜を撮った。

「ああ、重いなあ。」ちょっと買いすぎた袋に食い込む手の痛さを感じながらわたしは独り言を呟きながらその夜の黒を撮った。


バタバタしていた、なんて言葉は好きじゃない。人生いつでもなにかしらバタついている。

世間一般に年末に近づくと慌ただしくなるものだがわたしの会社も例外ではないようだ。
ただでさえストレスが溜まる日常がいつも以上にピリピリしている。逃げたい。わたしは絶対に一人で過ごすと決めている昼休みを使うため「お昼は入ります」と小声でいいながら屋上に逃げた。

ホッと一息つける時間。これが仕事中の唯一のわたしの時間だ。ふと思い立ち、わたしはおもむろにスマホを開いた。

そして、インスタグラムで「A night without stars」というアカウントを作ってみた。

ちっぽけで誰も知らないインスタグラム。でも。いつかあの人が見てくれたらいいな。

メルヘンなキャラではないのだが、久しぶりに沸き立つ心がずっと収まらず留めるどこかが欲しい。とっても自己満足で一人よがりの場所を作った。

この前、スーパーの帰り道に撮った写真を投稿した。わたしは少しずつそのインスタグラムをアップすることを日常の1つに入れることにした。



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