ちぇいこ

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物語を書きなさい。#1

物語を書きなさい。 わたしよりおもしろい物語を書くの。 母はいつもそう言っていた。 ぼくは嫌だった。 だって物語なんて読むものだし、書くアイデアなんてないし、大人よりおもしろいものを書けるわけがない。 でも渋々、書かされていた。それは毎年決まっていた。10月の体育の日がある三連休だった。 「なぜ、体育の日なのに、体を動かさないで物語を書くの?」 ある時ぼくは聞いた。 「理由なんているの?」 母はピシャッとひとこと言うだけだった。 三連休の間にぼくは原稿用紙何十

    • 短編小説|好きな人の好きな人#4

      「なんか香ばしい匂いするね」 仕事終わりのぼくに、皆そう言うようになって何年が過ぎたのだろう。 パン職人の宿命なのか、仕事終わりの体に焼きたてのパンの匂いが染み付くようになり、いつしか自分自身ではわからないくらいまでになっていた。 毎朝、3時半のアラームを止め、慌ただしく、ぼくは家を出る。 もうすぐ12月だというのに、息が白くならない朝。正確にいうと暗すぎて息が白いかどうかなんてわからない。 夜の空は黒なのか青なのか紺なのかよくわからない。皆が眠っているというのに起

      • 短編小説 | 好きな人の好きな人 #3

        カフェイン中毒のわたしがアイスコーヒーではなくホットコーヒーを飲みたくなる季節の変わり目がある。世間ではやれ、紅葉狩りだ、京都に行こうなどと騒ぎ始め、CMではメルティーキッスが流れ始めるちょうどその頃である。 そうこうしているうちに、あっという間に歴代のクリスマス定番ソングがあちこちで聞こえはじめ、恋人と見ないとキュンキュンしないような煌びやかでカラフルなイルミネーションが咲き誇るんだろう。 何がウィッシュアメリクリスマスだ、恋人はサンタクロースなわけないだろうと思いなが

        • 短編小説 | 好きな人の好きな人 #2

          「ふとん、干さなきゃ」 その空の下に暮らす人は、みんなそう思ってしまうんじゃないかってくらい、すがすがしい土曜日の朝だった。がらがらの電車に乗ってわたしは、あのパン屋に行った。 自分では普段買わないような、ちかちかする鮮やかな雑誌を入れるため、いつもより少し大きい皮の鞄で家を出た。 ぼーっと窓の外を見ながら電車に15分くらい乗っていた。駅を降りるとすぐに商店街だった。 いつから売られてるかわからないくらい古い洗濯機のある電気屋さん、日に褪せて黄色くなったプリクラがたく

          短編小説 | 好きな人の好きな人 #1

          文章で人を好きになることはあるのだろうか。 金木犀の匂いは秋の訪れを感じる。前の恋人と別れてからどれくらいたったっけ。寒さは人肌を恋しくさせるから嫌いだ。こんな季節になってもカフェイン中毒のわたしは無性にアイスコーヒーが飲みたくなり、コンビニに向かった。 ふと、そろそろ新刊が出る頃だと思い出し、ガラス張りの壁に並んだ目のチカチカするような本の中から、いつも立ち読みする雑誌をパラパラとめくった。当たりもしない占いを見るため。次の新刊が出る頃にはこの占いが当たっていたかどうか

          短編小説 | 好きな人の好きな人 #1