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【働く】自分の仕事

 リーダーになると、見える景色が変わってくる。

 執筆業の傍ら密かに進めている(?)サラリーマン業で、先日僕はリーダーに任命されてしまった。若手、アルバイト、シニア、派遣。様々な肩書きの部下たち。僕が対応できない大きな問題を、彼らは決して持ち込んでこないだろう……と、未熟なリーダーは冷や冷やしながら毎日見栄を張っている。

 ある部下の話をしよう。ここでは仮にNくんとする。仕事のテンポが遅く、多くの上司たちが手を焼く若手社員だった。面倒だ。でも、リーダーはどんな人間にも真摯に向き合わなければならない。

 Nはよくこんなことをボヤいている。

「あーあ、今日も自分の仕事ができなかったなあ」。

「今日は伝票処理中心だったけど、本当は新企画に取り組みたいということかい?」。僕は問い正す。

「思い切って、伝票処理は後回しにしないかい? 雑用は置いといて、自分のやりたいことをしよう!」

「先輩、無理ですよ。伝票処理は大事な仕事です。お客様に商品を届けるために必要な、一番大事な仕事です」

「うーん、でも、それを言ったら新企画には取りかかれないよ? 伝票処理は他の人でもできるから、思い切ってお願いして振ってみようよ?」

「そう簡単に言わないで下さいよ。この仕事は僕がやらないといけないんです」

 Nの机には伝票が山のように積み重ねられていた。彼はそれを眺めながら、ポツポツとパソコンに情報を入力し始めた。

 リーダーシップやコーチングの教科書に書いてある通りの、真摯な対応を心がけたのだが……。まったく、彼の言う「自分の仕事」とは、一体何なのだろうか。

 仕事で悪戦苦闘を続けるうちに、ある競走馬のことをよく思い出すようになった。その馬の名はサトノノブレスである。

 3歳時は菊花賞で2着。古馬になってからも中長距離戦線で活躍し、制したGⅡ・GⅢも少なくはない。冠名「サトノ」の初GⅠホースか? と期待されたものの、大舞台になるとからっきしダメだった。息の長い活躍だけど、物足りない。いつの間にか「サトノで初GⅠ」の称号はあっさりと後輩であるサトノダイヤモンドに奪われた。

 2016年、そんな彼を僕は毎回GⅠで買い続けいた。

 長距離レースが得意な和田騎手が乗るならば(天皇賞春)、前哨戦を好内容で勝ち上がった身ならば(宝塚記念)、快速逃げ馬でペースがタフな流れになるのならば(天皇賞秋)……。

 様々な理由で期待を賭けた。そして、全て裏切られた。

 ——サトノノブレスが有馬記念出走へ。

 ジャパンカップでは買わなくて済んだとホッとしたのもつかの間、再び彼は僕の前に登場した。

 もはやここまで来るとヤケである。1年間買い続けたのにも関わらず、最後の最後で買わないとは何事だ! 金鯱賞の成績や今回の枠順は微妙である。でも、期待のフランス人騎手が鞍上にいる。しかも、ここ最近の有馬記念で穴を開けるのは菊花賞好走馬だ。一縷の望みを賭けるしかない! 

 かくして馬番⑫の単複は買い足されたのである。

 レースを終えたサトノダイヤモンドを、そっと待ち続けていた。そして、合流するや否や、併走しながら検量室へと戻ってきたのだ。ウイニングランは「二頭」のために存在していた。

 みなさんご存じの通り、その馬券はいつも通り紙屑になった。

 でも、紙屑になって全て終わりという訳ではなかった。頭の中に疑念がよぎる。

 第61回有馬記念における第3コーナー以降のレース展開について、界隈では様々な議論が繰り広げられている。

・第3コーナーに入る前から、しきりにシュミノー騎手が後方を確認していた(特にサトノダイヤモンドの位置)

・外からキタサンブラックをしっかりマークし、休ませる隙を与えなかった

・第4コーナーでスタミナが切れたあともサトノダイヤモンドの後に位置し、敵に大外を回らせるようにした

・同じ厩舎、同じ馬主、同じ国出身のジョッキーと様々な共通点があるので、連携が取りやすい状況だった(流石に枠番が同じだったのは偶然だろうが……)

 これらの状況証拠から導き出される仮説は、「サトノノブレスは、このレースの勝馬であるサトノダイヤモンドの勝利をアシストするためだけに、出走した可能性がある」。……というものである。

 もどかしい気持ちがずっと、僕の心の中に潜んでいる。馬券が外れたから怒っている訳ではない(そもそも、サトノダイヤモンドは切ってしまった!)。一部の過激なファンが言うような、勝つ気が無いならレースに出るな、とも言うつもりはない。

 むしろ、僕はこんな見方もしている。優秀な後輩をしっかりサポートし、その手柄は全て与える。なんという滅私奉公ぶり。自らの役割を全うできる優秀さがそこにある……と。

 そう、役割をこなしたから、これで良かったのだ。

 いや、本当にこの役割で良かったのだろうか? もしかしたら……? 

 この問いに決着をつけるには、サトノノブレスに対して、「あの有馬記念を満足して走りきったのか否か」を聞くしかない。

 でも、馬に言葉は無いのだ。

 今日も職場で、Nは嘆いている。いつになったら、自分の仕事にたどりつけるのだろう、と。

 でも、今日は一人で仕事をしていなかった。山のように溜まった単純な雑務を、僕と一緒に片づけている。一つずつ、少しずつ、共にゴールを目指している。

 Nのゆったりとした仕事振りをみながら、改めて考える。「自分の仕事」とは何か?

 現時点では、その問いに対する明確な答えを得られていない。だから、僕は ——ひょっとしたら、サトノノブレスも—— 「自分のために」と「誰かのために」という感情を折り合わせていきながら、探し出していこうと思っている

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本作は拙著「スタジアムの言い訳②」に収録されており、これに今回加筆・修正を加えたものです。予めご了承下さい。

当マガジン「スポーツのすその」用に別の原稿も用意していて6割くらいできていたのですが、「『働く』をテーマにするならコッチだな」という気がしたので、過去の作品を持ってきました。

この作品は半分エッセイ・半分小説という立ち位置です。「Nくん」のモデルはいますが、前の職場で出逢った様々な人達をミックスさせて完成したキャラクターという側面もあります。

そして、ここの舞台となっている16年から17年年明けまでの期間というのは、「働く」ということに対して最もネガティブな時期でした。率直に言えば、嫌な思いとか怒りとか失望とかと、常に隣り合わせだった時期です。そんな中での良きひとときが、文章を書く事と、後進の奮闘をサポートすることでした。

現在の職場に移って「あっ、普通に仕事してる!」という感覚が最近ようやく芽生えてきました。嫌な思い出や人間関係からも解かれている感覚があります。その一方でふと「Nくん」のことを思い出すことがあるのです。
物理的にも職務的にも、前の職場とは相当離れているので、なかなか逢える機会はありません。ただ、もしも共に仕事をする機会があるのならば、双方の「自分のために」をまずは思いっきりぶつけていきたいな、と元上司は勝手に考えているところです。

金鯱賞のサトノノブレス…ここで買うべきでしたか…

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和良 拓馬
どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)