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母への手紙「蒼鷺」を綴る2 〜嘘のない言葉〜

2022年5月6日(金)にYouTubeにて公開された鈴木何某の3rdSingleとなる「蒼鷺(あおさぎ)」のMV。サブスクは、5月21日(土)にSpotifyやAppleMusicなどの各種音楽配信サイトより配信されるので、是非聴いてほしい。

前作「MONSTER」を公開してから2ヶ月経った3月下旬ごろ、本作の曲づくりをスタートした。母の為に綴る曲なので、現在の母の状態を念頭に置く必要があった。

  • 耳が遠いこと

  • 難しい言葉は理解できないこと

  • すぐに忘れてしまうこと

これらを前提とした上で、はじめに思いついたのが冒頭のフレーズであり、本作のメインとなるサビのメロディだ。

この時点で「聴こえるかい」という歌詞は頭に浮かんでいたので、冒頭から問いかけることで曲が始まったことを母にわかりやすく伝えたかった。ミドルテンポのハネるような曲調にしたのも、耳が遠く理解も遅い母にわかりやすくリズムが伝わるようにする為だ。

全体のメロディがだいたい決まったところで、歌詞を書き始めたのだが、当然苦戦を強いられる。はじめのうちは、自身の息子としての成長を描くことで母に嬉しい気持ちになってもらおうと思っていたが、全くうまくいかなかった。

子供の時に比べて背も伸び、社会人として会社に勤務し敬語もある程度使え、給料を貰って「大人」として生活している。立派になった自分をしっかりと描けば、自慢の息子として記憶に残るのではないか、そう思った。

だが、考えれば考えるほど違和感を感じてしまう。母の為の「手紙」にするはずが自分を誇張して描こうとしてしまうのだ。嘘を書いてどうすると自問自答し、半月以上経っても納得ができないままの状態が続いた。

他アーティストへの提供曲の制作。自身のNFT版音源の制作。コラボ楽曲の歌詞作成やレコーディング。ライブのリハーサル。同時進行で作業をこなすことが苦手と自覚があったはずだが、スケジュール管理の甘さ故、会社の繁忙期とも重なり、完全に筆が止まった。

仕事を終えて満身創痍でいつも通り帰宅すると、父がベッドでうなだれていた。少し様子がおかしいので話かけると、呂律がまわっておらず、喋ることすらままならない。

母より4つ年上の父は、肺がんを患っている。5年ほど前に胃がんを患い、その際に胃を摘出したこともあり、食事が満足にとれずひと回り小さくなった父は、うまく回らない口を懸命に動かし、俺にこう言った。

「頭が、ぼーっとする。うまく言葉が出てこない。煩わしくてごめんな。別の世界にいるみたいだ。俺は母ちゃんのこと、全然わかってなかった。きっと俺の今味わってる不安な世界に、母ちゃんはずっといるんだよ。俺はな、お前だから話せてる。お前だから話したいと思える。だから、母ちゃんもな、きっとそうなんだよ。お前なんだよ、お前じゃなきゃ、だめなんだよ。だから、無理に優しくしなくていいから、話してやってくれ。頼むな。」

親父は翌日、近くの大学病院に入院した。検査した結果、ガンが脳に転移してしまったようだ。とはいえ医師によれば、現在は治療のおかげもあって少しずつだが快方に向かっている。心配であることには変わりないが、10年以上も母を介護してきたのだから、この機会にゆっくりと休んでほしい。

そうして自分と母親は二人きりの生活になった。仕事に音楽と多忙な中、更に家事までこなさなくてはならなくなったが、母と接する機会は増え感じたことがある。それは、母が孤独であるということだった。

ほとんど話す相手はおらず、1日テレビを見ては寝るというのを繰り返しているのだから、孤独を感じるのは当然だ。一緒に暮らしていてそんなことにも気づかない奴が、何が「自分の成長を表現して嬉しいと思ってもらう」だ。成長なんて表現して誰のためになる、なんの意味がある。改めて歌詞を見返した時、その不相応な言葉選びに憤りさえ感じ、全てをリセットした。

「今」を感じてもらう為、今自分が思っていることをそのまま歌詞にすることにした。飾り気のない言葉選びに変えたのは、父が不在になってから、母に寄り添うことの大切さを知ったからだ。高齢の母に聴き取りやすくする為、なるべく無駄を省きながら、初期に思いついたメロディになるべく忠実に書いていき、2022年4月25日、ようやく歌詞の完成に至った。

「蒼鷺」 歌詞全文

聴こえるかい、聴こえるかい、
この声が、僕の声だ。

昔のことばかり話をさせたくない
ごめんね

記憶を新しい出会いで
書き換えられたらいいなって
最近思ってる

いつまでも時間があるなら
こんなこと思わない

いまさら格好つけるなんて
本当はしたくないよだって
僕より僕を知ってるから

あなたが笑って話すのは
遠い記憶のおとぎ噺
子供に還っていいのなら
どれほど楽なことだろう

聴こえるかい、聴こえるかい、
この声が、僕の声だ。

いつか聴こえなくなってしまっても
思い出せるように、
何度でも、何度でも、
ありがとうは言うことにするよ。
それで少しでも今が輝くなら。

夢の中で僕は
わるいことしてるみたい
ごめんね

それでも僕のこと庇って
私は味方よって言って
強く抱きしめようとするんだ

あなたが首を傾げる度
怒鳴る自分が情けなくて
大人になっても叱るより
叱られるほうがいいや

あなたにとっての幸せはきっと
僕が幸せであることなんだろう

あなたの好きなあの鳥のさえずりを聞くこと、
たわいもない話で笑えること、
あなたと一緒にいられること、
それが僕の幸せです。

聴こえるかい、聴こえるかい、
この歌は、あなたの唄だ。

いつかわからなくなってしまっても
思い出せるように、
何度でも、何度でも、
歌い続けていくことにするよ。
それで少しでも今が輝いて、
新しい思い出をつくれるなら。

昨日のことをすぐに忘れてしまう母にとって、この楽曲は常に「初めて聞く曲」になる。聞かせる前に「今から俺の曲を聴かせるね」と話しかけてから再生することによって、今の自分とプレイヤーから流れる男の声が同じだとわかってもらえるだろう。そう思って「この声が、僕の声だ」と冒頭に宣言することにした。

2度書いた「ごめんね」というフレーズは、歌詞通りの意味もあるが、何より今まで寄り添えてこれなかったこと、孤独に気づくことができなかったことを心から謝りたい気持ちを表現した。誰だってひとりぼっちは寂しい。

ただただ「良い歌」にするのであれば、どこまでも誇張した表現はできる。だが、これは自分から母だけに向けた手紙。今まで寄り添ってこれなかった事実、今母に対して抱いてる気持ちを捻じ曲げるような表現は絶対にしたくなかった。

元々「母の前では子供のままでいよう」という歌詞だったものを「子供に還っていいのならどれほど楽なことだろう」に変えたのも、見栄を張らず今の自分が思う素直な気持ちを表現したかったから。母を「あなた」と呼ぶことにしたのも、息子と母親という、気持ちが近づいたり離れたりを繰り返す距離感を表したかったからだ。

歌詞のテーマが「母」と決定した時、近藤氏(「MONSTER」から手伝ってくれているチームの一人。詳しくは前記事参照)から、もうすぐ母の日だからそこに合わせてリリースするのはどうかという提案をもらい目指していたが、ゴールデンウィークを挟む為サブスクの公開日予約設定には公開日の3週間以上前に済ませなければならず、この時点で間に合わないことがわかった。

元々MVをつくることは労力や費用の面で見送るつもりだったが、サブスクを母の日に公開できない以上、なんとしてもそこに合わせて贈り出す為につくる方向に急遽舵を切った。

レコーディングが一切進んでいないこの状況からどのようにしてMV公開日を迎えたのか。次回のnoteでは、歌詞が出来上がってから公開までの怒涛の11日間を細かく綴ることにする。

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