センター試験〔小説〕全年度レビュー(90~20本試験編)
はじめに
この前フラフラしていたら(人生のことではない笑)、地元のBOOK・OFFでかなり古いセンター国語の赤本を見つけました。いい機会だし本試験を全年度通して読んでみたので、今回はその感想を発表していこうと思います。
一応のルールとしては、どの年度においても基本的には問題文として引用された部分のみでレビューしています。(レビューっていうかほんとにミニ感想みたいなものだけど)
また、国語Iは対象外になってます。
設問については別に国語の成績が良いわけでもないのでほとんどノーコメントです(受験オタクの方がいたら、この回のこの設問が好き!みたいなのをコメントで教えてくれたら嬉しいです)。
よって、内容に関する深い考察もなければ試験への傾向と対策にもならない、小説的な観点からも受験的な観点からも特に役に立つことのないnoteになってるので、暖かい気持ちで読んでください!
ちなみに追試験編はおそらく出ることは無いと思います。(近所に90年代のセンター追試の過去問を持っているようなエグい多浪がいて、彼/彼女が晴れて合格を手にし、愛着の湧いたその赤本黒本をBOOK・OFFへ手放すシチュエーションが実現すれば発表しようと思います!)
センター試験とは?
本題に入る前に軽くセンター試験についていい感じの説明をコピペしておきます。
国語の試験は大問4題構成で、小説が課されるのはその第2問になります。例年の平均点が110~115あたりで推移していて、100点台だと難しい年、120点台だと比較的簡単な年となります。
良くある意見としては現在実施されている共通テストは改悪とされていて、それに対して国語科の予備校講師とかもセンター国語は良問‼️と仰ってる印象があります。
以下からレビュー本編です。
この回自分が受けた年だ~!とか
この回とこの回自分が受けた年だ~!とか
この回とこの回とこの回自分が受けた年だ~!みたいな感じでノスタルジーに浸ってくれたらいいなと思います。
【問題文レビュー】
以下作者名については敬称略です。
作品が収録されている書籍のAmazonリンクと青空文庫のリンクも併せて貼っておきます。
1990年本試験
『幽霊』/北杜夫
北杜夫(1927~2011)は歌人の斎藤茂吉の次男であり、『夜と霧の隅で』で第43回芥川賞を受賞しています。
代表作に『楡家の人びと』『幽霊』など。
問題文は、従兄弟にコンプレックスを持ちながらも絵を描くことは楽しんでいた少年が、ある日の放課後に百合の絵(植物の方)を描くことに熱中するも、描き終わると急に疲労や空虚を覚えるという内容。インターネット的にいえば賢者モードに近いかも
出題元の作品を読んだことがなくて、最初に問題をみたときリード文で〈主人公の「僕」は、ある日、少年野球チームの投手に選ばれたものの〜〉というくだりがあったのでてっきり野球の話なのかな?って思ったら全く関係なくてワロタでした。
関係ない繋がりでいうと、本当に関係ないけれど、最近アマプラで『ルックバック』をようやく観て、とても感動しました😺
好き度:★★★
1991年本試験
『道草』/夏目漱石
夏目漱石(1867~1916)は日本近代文学を代表する小説家です。代表作に『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こゝろ』『明暗』などがあります。
『道草』は『吾輩は猫である』執筆時の生活をもとにした私小説的な作品とされています。
ある日、主人公の健三の元に絶縁していた元養父の島田が現れ、彼や他の親族が揃って金の無心をするようになり始め、なんやかんやあって、彼と再び絶縁するといった話です。
問題文の場面では幼い健三からみた島田夫婦の様子が描かれています。とりたてて不幸なことがある訳じゃないけれど、厭な雰囲気が続くのはなんだか最近のユーウツな邦画っぽい空気感な気がします。
好き度:★★
1992年本試験
『おとうと』/幸田文
文って書いて「あや」って読むのかっこいい。幸田文(1904~1990)は『五重塔』、『運命』、『連環記』などを著した幸田露伴の娘で、『黒い裾』により読売文学賞を受賞。『流れる』は新潮社文学賞、日本芸術院賞の両賞を得ました。
また、2017年の東京大学の国語にも『藤』から出題がありました。
『おとうと』は1956〜1957年の作品。1960年に映画化された際には、フィルムの発色部分の銀を残す独特の技法である銀残しが初めて実用化されました。デヴィッド・フィンチャーの『セブン』(1995)やスティーヴン・スピルバーグの『プライベート・ライアン』(1998)などのアメリカ映画でも同様の手法が用いられています。
問題文は、自分の悪口を言っているとママ友からきいた母親がヒステリーを起こして娘であるげんに言い寄っているシーンです。
そのまんまラランドのお母さんヒス構文として使えそうな文章です。
好き度:★★
1993年本試験
『司令の休暇』/阿部昭
昔のアメリカの戦争映画みたいなタイトルですね。
阿部昭(1934~1989)はいわゆる「内向の世代」と呼ばれる作家の一人であり、生活に身近な話題を丹念に描写する私小説的な作品で知られています。
また、短編の名手であり、芥川賞候補回数6回の最多記録を持っています。
1962年に『子供部屋』で文學界新人賞を受賞。また、『短編小説礼賛』が2015年の京都大学の国語で出題されています。
問題文は、病状の悪くなった父親を長年住み慣れた海辺のまちから入院予定の大きな都市の病院へと送る場面で、主人公の僕はそれに対して苦々しい気持ちで海を眺めています。
好き度:★★
1994年本試験
『項羽と劉邦』/司馬遼太郎
司馬遼太郎(1923~1996)は1959年に『梟の城』で第42回直木賞を受賞しており、その後10年近く直木賞選考委員も務めています。
NHK大河ドラマの原作となった作品が多く、7作というのは史上最多らしいです。
『竜馬がゆく』『燃えよ剣』などはドラマとか演劇などの別媒体でもよく見るなーって感覚があります。
センター小説的には珍しく?歴史小説の出題となっていて、舞台となっている時代も相まって第2問なのに漢文感が強いですね。
叛心(はんしん)──謀叛を起こそうという考え。
豎子(じゅし)──青二才の意。
佯狂(ようきょう)──いつわって狂気を装うこと。
など見慣れない単語もでてきます。
個人的にはあんまり時代小説とか読んだことがなかったから、劉邦のモノローグとかあったのがなんか変な感じでちょっと面白かったです。劉邦も一人で考えることとかあるんだ。
馴染みのない内容だったけど劉邦と蒯通のレスバ?は迫力があってかっこよかったンゴねぇ
好き度:★
1995年本試験
『典子の生きかた』/伊藤整
伊藤整(1905~1969)は抒情派の詩人として出発し、その後小説家としてはジェイムズ・ジョイスの影響を受け、「意識の流れ」(従来の古典的小説の筋,性格,時間の枠を無視し,絶えず流動変化する人間の意識を根源的リアリティと考え,それを表現しようとする 20世紀小説の手法)を多用し、1930年代には堀辰雄、横光利一らと並んで新心理主義を代表する小説家とも言われました。
公民の教科書とかにも載っているチャタレイ事件ではD・Hローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を訳し、刑法第175条のわいせつ物頒布罪に問われています。
内容的には個人的Theセンター試験小説のイメージに1番近かったのがこれでした。(実際に全部読んでみたらもっと固い文章が多かったけれど)
なんかこういう言い方もアレだけど、入試の小説は、病に伏している/亡くなってしまった遠い親戚が出てくるものが多い印象。
90年代前半の問題文は今の共通テストとかに比べたらかなり文章量が少なくて、赤本上で見開き4ページに満たなかったのではじめは1ページ飛ばしちゃったかなとすら思った。
これはおそらく分量の問題なんだろうけど、もうちょっと典子と速雄の関係性について詳しく知りたかったかも(勝手に一部だけ読んでるので文句を言うのもおかしいのだけれど)。
あんまり関係ないけど、おじいちゃんおばあちゃんが元気なうちに沢山会いに行っておこうと思いました😼
好き度:★
1996年本試験
『TUGUMI』/吉本ばなな
吉本ばなな(1964~)は処女作『キッチン』で海燕新人文学賞、泉鏡花賞などを受賞しています。
出題作の『TUGUMI』は山本周五郎賞を受賞していており、1989年年間ベストセラーの総合1位を、それに続いて『キッチン』が総合2位を記録しています。
問題文は『TUGUMI』の中の「告白」という章の最後にあたる部分が引用されていて、そのタイトル通りちょうど恭一の告白で文章が終わります。やっぱり今と比べるとこの時代のセンターはかなり分量が少なめですね……。(欲を言えばもっと前から引用して欲しかった😿)
甘酸っぱい内容も、やわらかい表現も可愛らしくて良いですね🥸
好き度:★★★
1997年本試験
『夜明け前』/島崎藤村
島崎藤村(1872~1943)は1897年、第一詩集『若菜集』により浪漫主義文学の担い手として注目を浴びると、その後小説に転じます。
『破戒』(1906)によって作家としての地位を確立し、自然主義文学の先駆者となりました。
代表作に『夜明け前』、『春』など。
処女だった姪を近親相姦で妊娠させており、その告白小説として『新生』があります。(←ヤバすぎ)
『夜明け前』は藤村の晩年の大作であり、当時の資料をふんだんに使い、明治維新前後の歴史とそこに生きた知識人の苦悩を克明に描き出しています。主人公である青山半蔵は、作者の父である島崎正樹がモデルです。
問題文は帰郷した半蔵が百姓との会話の中で、庄屋である自分との考えの隔たりや、百姓たちの新政府に対する不信などを感じ取るシーンです。
好き度:★
1998年本試験
『姨捨』/井上靖
井上靖(1907~1991)は昭和期の代表的な小説家の一人です。1950年に『闘牛』で第22回芥川賞を受賞しています。代表作に『氷壁』『風林火山』『天平の甍』『敦煌』など。
問題文は主人公が久々の妹との再開を経て、かつての母親の発言の中にある一種の厭世観に気づくシーン。
『姨捨』は古典的伝説である姨捨山についての再解釈としての性質が強く、それでいて現代の高齢者社会や介護問題、安楽死議論にも共通する部分があります。
少し姨捨山について調べたんですけど、姨捨物語には大きくわけて
①難題型
その国や土地のお偉いさんによる、年老いた役立たない者を処分せよとの命令をある息子は受け入れられず、こっそりと母親を匿い続けます。
ある時お偉いさん方がひどく困るような難題に直面した際に、息子が母親の知恵を借りてそれを解決します。お偉いさん達は考えを改め、お触れを撤回し、老人を大切にするようになるといった流れ。
老人ライフハックの偉大さや親孝行の大切さを伝えるもの。
②枝折形
親を息子によって捨てられに行く最中に、枝を折ったり、なにか道しるべになるものを落として行ったりすることで、帰る時に息子が迷わないようにするという母親の愛情を表現しているもの。
息子が道中に母親の行動に気づき、その愛情の深さに気づいて連れて帰る場合も、既に捨て終わった帰り道で折れた枝に気づき後悔に襲われる場合もある。
の2パターンがあるらしいです。
姨捨ってほんとにある(あった)んですかね……🙀
好き度:★
1999年本試験
『眠れる分度器』/山田詠美
山田詠美(1959~)は『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞し、デビュー。その後1987年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞しています。現芥川賞選考委員であり、選評での辛口?な意見がたびたび話題を呼んでいます。
問題文の出典となる「眠れる分度器」は同じく時田秀美を主人公とし、彼の高校生活を描いた『僕は勉強ができない』の番外編にあたり、その小学生時代を描いたものになります。(のちにエッセイで、問題文に関する設問の正答率が低かったことに関して、「選択肢の中に正解がなかった」と批判したというエピソードも)
問題文は秀美が白井教頭に生と死の違いを尋ね、それに対して白井教頭が自分の腕を噛ませて血の温度を感じさせるという斬新な回答をするシーンです。
主人公はクラスに一人はいたかもみたいな子ですね。
好き度:★★
2000年本試験
『鼠』/堀辰雄
↑こういうものがあるって知らなかったんだけど、このシリーズは小説と画集が1つになってるらしい(すごい)
堀辰雄(1904~1953)は指導を受けていた芥川の死に対するショックから生と死と愛をテーマにした『聖家族』を1930年に発表します。その後プルーストやリルケの影響を受けた『美しい村』『風立ちぬ』で作家としての地位を確立しました。『風立ちぬ』は宮崎駿による同名の映画『風立ちぬ』(2013)の題名の由来にもなっています。
他の代表作に『菜穂子』『燃ゆる頬』など。(菜穂子が数年前のセンター試験形式の模試で出題されていたことがある気がします)
この年、『鼠』はその全文が出題されています。
少年たちが物置小屋の天井裏に秘密の場所を作って鼠のように遊んでいたが、石膏のお化けが出るという噂から、母親を失った一人の少年を除いて彼らはその場から離れるようになりました。
その後、その少年が一人天井裏で泣いていたとき、夢うつつの中で虚空に人間大の石膏の女の顔が浮かび上がり、彼がそこに母親の顔を見出すとその顔にキスをされ、妙な恍惚を感じるといった内容です。
なんとも言えない不思議な読後感の話です。
好き度:★★★
2001年本試験
『水辺』/津島佑子
津島佑子(1947~2016)は太宰治(津島修治)の次女。代表作に野間文芸新人賞を受賞した『光の領分』、泉鏡花文学賞を受賞した『草の臥所』など。
問題文は『水辺』の末尾、階下の人から水漏れがするという苦情が入りその対応をする場面。
合間合間で挟まる幼い娘の言動が印象に残りました。今回の話ではそんなこと無かったけれど、こういう水道業者ってすぐぼったくろうとしてくるイメージがあります。
この年、国語Iでは江國香織の『デューク』が出題され、その感動的な内容が話題を呼びました。
好き度:★★★
2002年本試験
『故郷』/太宰治
親子で連続のセンター試験問題文への採用になりました。
太宰治(1909~1948)は青森県津軽の大地主の家に生まれ、左翼活動への挫折後、二度の自殺未遂と二度の心中未遂、麻薬中毒とすさんだ生活を繰り返しました。その後『女生徒』『斜陽』『ヴィヨンの妻』などの女性一人称の作品や、『走れメロス』『富嶽百景』『パンドラの匣』などの明るい爽やかな作品、破滅思考を顕在化させた『人間失格』などの名作を数々発表し、1948年に38歳で入水自殺しました。
問題文として採用された『故郷』は太宰治の青森への帰郷を描いた『帰去来』の続編にあたるお話です。
一度目の帰郷であった『帰去来』の際には逆に東京に来ていたため会うことが出来なかったお兄さんや、同伴していなかった妻も含めて、再度の帰郷での太宰とその周辺の人との交流を描いています。
ちなみにこの年の追試験では池澤夏樹による第98回芥川賞受賞作『スティル・ライフ』が出題されていました。芥川賞受賞作が唯一センター試験に出題された回であるため、狙っては無いのだろうけど、それが太宰治の出題年と重なるというのは皮肉な巡り合わせになりました。
好き度:★★
2003年本試験
『白桃』/野呂邦暢
野呂邦暢(1937~1980)は四度の芥川賞候補作品を経て、1974年『草のつるぎ』で第70回芥川賞を受賞。代表作に『諫早菖蒲日記』『落城記』『丘の火』など。
『白桃』も芥川賞候補作となった一作で、戦後の食糧難の時代の幼い兄弟の様子が描かれています。兄弟の感情や感性の違いを白桃が映しだす構造が面白いです。
読んでいて昔教科書でやった新美南吉の『手袋を買いに』を思い出しました。
好き度:★★★
2004年本試験
『護持院原の敵討』/森鴎外
↑Amazonには中古しかない(全集とかにはありそう)
森鴎外(1862~1922)は明治期のいわゆる「文豪」の一人。代表作に『舞姫』『雁』『山椒大夫』『高瀬舟』など。
『後寺院原の敵討』は親の敵討ちをテーマとする短編の歴史小説です。
問題文は普段から躁鬱気味だった宇平がキチゲを解放してレスバに勝利?しそのまま失踪を決め込むシーン。嫌いなバイト先とかでこれが出来たら楽しそう。
ちなみにこの年の追試験は三島由紀夫の『剣』が出題されています。
好き度:★
2005年本試験
『肉親再会』/遠藤周作
遠藤周作(1923~1996)は小学生の時に祖母の影響でカトリック教会に通い洗礼を受けます。
安岡章太郎、吉行淳之介らと並び「第三の新人」と称され戦後文学の転換を促しました。
1955年に『白い人』で第33回芥川賞を受賞すると、1958年に発表した『海と毒薬』でキリスト教作家としての地位を確立しました。
『肉親再会』は、芸術家の道を断念し、生活の維持を選んだことを今でも後悔している主人公と、芸術家を目指し続ける妹との生き方の対立がテーマとなっています。木彫の基督の死顔とトゥイードのコートの対比が二人の生き方の違いを際立たせます。創作の道を選ぶか安定した生活を選ぶかという二択は美術以外でも色々な活動に通じる話題だと思います。
余談ですが、この年は電子掲示板(2ちゃんねる)に英語と国語の出題内容を示唆する書き込みがなされ、ちょっとした騒ぎになったらしいです。
好き度:★★★
2006年本試験
『僕はかぐや姫』/松村栄子
↑絶版してたんだけどちょっと前に復刊しました。
作者の松村栄子(1961~)は茨城県の筑波大学出身で、辺鄙な立地の筑波大での学生生活をユーモラスに描いた『至高聖所』(文庫本に『僕はかぐや姫』も同時収録されています)で第106回芥川賞を受賞しています。
『僕はかぐや姫』は海燕新人文学賞受賞作で、進学校の女子校に通う千田浩生を主人公に若者の心の揺れ動きを繊細に捉えた作品です。
一人称を「僕」とする千田浩生は自身の女性性を透明にしたいと強く思っています。それでいて(これは問題文の後に続く内容なのですが)彼女はある同校の女の子に強く惹かれるようになります。百合というには少しひねくれすぎている気もするけれど、シンデレラコンプレックスやジェンダー意識なんかが主題で割と最近の純文学(1990年発表なので他のセンター小説の中では最近かも)って感じが強いですね。
たしかに小さい頃に自分の一人称を変えたタイミングが、大人の階段を昇った一番最初の瞬間のような気はします。
好き度:★★★
2007年本試験
『送り火』/堀江敏幸
作者は現早稲田大学文化構想学部教授の堀江敏幸(1964~)。『熊の敷石』で第124回芥川賞を受賞しており、少し前まではその芥川賞の選考委員も務めていました。
他にも『おぱらばん』で三島由紀夫賞、『スタンス・ドット』で川端康成賞、『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞などを受賞しています。
また、2016年の東京大学の国語では『青空の中和のあとで』が出題されています。
問題文は、『送り火』の前半で、絹代さんと陽平が出会い、結婚を決意するまでが描かれています。
この年くらいからだいぶ今の共通テスト小説の分量に近くなってきている気がします。
内容は普通にほっこりする話で、気持ちよく設問に取り組むことが出来ます。それでいて、墨汁のその匂いまでもが伝わってくるような堀江敏幸の美しい文章が魅力的。
この問題文の引用箇所は過去編にあたり、絹代さんと陽平の間にはこの後由という息子が産まれますが、水難事故で亡くなってしまいます。彼の十三回忌を終えた夏から小説は始まります。
好き度:★★★
2008年本試験
『彼岸過迄』/夏目漱石
夏目漱石二作目。
今回は作者紹介をChatGPTに頼んでみました。
《夏目漱石(1867年-1916年)は、日本の近代文学を代表する作家で、「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」「こころ」などの名作で知られています。ユーモアや風刺を交えた初期作品から、孤独や人間心理を深く描いた後期作品へと作風が変化しました。西洋文化と日本文化の葛藤を反映した彼の作品は、今も多くの人に親しまれています。》だそうです。
全部AIに書かせた方がいいnoteになる気もしてきました😿人力による補足をすると、『彼岸過迄』は、『行人』『こゝろ』とともに後期三部作とされています。(弱い補足)
問題文は、自分よりハイスペな高木の出現により主人公がはじめて強い嫉妬を覚え、しかもその原因が恋愛感情を持っていない千代子であることに苦悶する。その後、祖母と母の会話を聞きながら、千代子との結婚を望む母親に対して申し訳のないような気持ちになるという場面。
主人公は自己分析が巧みで就職とか強そうですね。(弱い感想)
(ちなみにChatGPTに感想をきいたら)
《『彼岸過迄』は、派手なストーリー展開がなくとも、深い心理描写と哲学的なテーマが読者を惹きつける作品です。日常の中での何気ない瞬間や、他者との関わりを通じて自己を見つめ直す過程が描かれており、読むたびに新たな発見や感動を得られる一冊だと感じました。このような漱石の深遠な視点が、日本文学の魅力を際立たせています。》
↑
やるじゃん笑
好き度:★★
2009年本試験
『雨の庭』/加賀乙彦
加賀乙彦(1929~2023)は精神科医であり小説家。『帰らざる夏』で谷崎潤一郎賞を受賞。
問題文は『雨の庭』において引越し後に旧居を訪れた「彼」が引越し前後の出来事や昔のことを追憶するシーン。
センター試験では例年、文章中の一節に傍線が引かれて、その部分の本文中における意味を答えさせる問題(いわゆる語彙問題)があるんですけど、
この年の傍線部は(下に答えあります)
(ア)無聊に耐えられなかった
(イ)沽券にかかわる
(ウ)後片付けのはかは行かず
の3つで全然わかんなくてワロタでした。
こんなのも知らないとか流石にやばいだろ😅って思った人はぜひこのnoteにいいね(スキ)をよろしくお願いします。
〈答え〉(知らなくても本文の文脈とかで分かるのもありましたよ😾)
(ア)無聊に耐えられなかった
──退屈さが我慢できなかった
(イ)沽券にかかわる
──自分の体面がそこなわれる
(ウ)後片付けのはかは行かず
──後片付けが順調に進まず
好き度:★(語彙問題が難しかったため)
2010年本試験
『楽隊のうさぎ』/中沢けい
中沢けい(1959~)は『海を感じる時』で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。『水平線上にて』で野間文芸新人賞を受賞しています。
また、現在は法政大学文学部日本文学科の教授もつとめています。
『楽隊のうさぎ』は吹奏楽部に所属している中学生を描いた長編小説。
問題文では地区大会や県大会に挑む中学生同士の空気感が描かれています。
地区大会でのある中学校の演奏の描写はその壮大さや繊細さが伝わってくる迫力があります。
部活の空気感が懐かしい。個人的には吹奏楽の男子は面白い人が多かった記憶があります。
好き度:★★
2011年本試験
『海辺暮らし』/加藤幸子
加藤幸子(1936~2024)は『野餓鬼のいた村』で新潮新人賞、北京で過ごした少女期を描いた『夢の壁』で第88回芥川賞を受賞しています。
問題文は海辺で暮らすお治婆さんの元へ市役所職員が訪れるシーンです。
今回紹介する作品の中で一番キャラクターが強いのがこのお治婆さんだと思います。
偵察をしに来た公害化の梶氏に、彼らが排水で汚染されているといった干潟で取れた貝を食べさせ、立ち退きの話になれば耳が聞こえなくなった振りをして追い払い、最後には溶けやすいアイスをプレゼントするなど大暴れです。
一方で問題文での最後の場面では飼い猫のルルが異様な跳躍を見せ、お治婆さんの視野がだんだん狭くなるなど不穏な終わり方をします。
パワフルなおばあちゃんが躍動する前半と夜の海辺で猫が幻想の中に溶け込んでいくような後半とのギャップが面白いです。
ルル──お治婆さんが飼っている猫の名
↑センター試験ベスト注釈
好き度:★★★
2012年本試験
『たま虫を見る』/井伏鱒二
井伏鱒二(1898~1993)はユーモラスな文体で小説や随筆を書いた日本文学の代表的な作家です。
アメリカ合衆国を訪れた最初の日本人の一人であり、通訳・教授として活躍したジョン万次郎の人生を描いた伝記小説『ジョン万次郎漂流記』で第6回直木賞を受賞しています。
その後直木賞選考委員を務め、さらにその後芥川賞選考委員も務めています。
8月6日前後の広島や、原子爆弾の投下後に降った強い放射能を帯びた大粒の雨である"黒い雨"が引き起こした原爆症を客観的に描写した『黒い雨』では野間文芸賞を受賞しました。
他の代表作に『山椒魚』『本日休診』など。
また、唐代の詩人于武陵の詩「勧酒」の訳における「サヨナラだけが人生だ」という文言は他媒体でもよく引用されています。
問題文は『たま虫を見る』の全文です。
いつも悲しいときにだけたま虫をみるのだと語る主人公と、そのエピソードが語られていきます。十歳の頃兄に殴られたとき、大学生の頃恋人と密会していたとき、無職時代、校正係時代。たま虫との幾度の遭遇を経て私はたま虫が不幸の濃度を計ってくれるのだと考えるようになります。
たま虫だったからギリギリセーフだっただけでゴキブリだったら大学入試センターが炎上してた可能性ありますね。
好き度:★★
2013年本試験
『地球儀』/牧野信一
このくらいの年から問題文がネタ的に話題となりはじめたっぽいです。(Twitterとかが普及してきた影響とかもありそう)
牧野信一(1896~1936)は短編の私小説や幻想小説で知られています。
代表作に『父を売る子』『ゼーロン』など。
その全文が問題文として出題された『地球儀』は小説の中に主人公の「私」が書き始めた小説が挿入されている入れ子の構造になっており、祖父が買ってきた地球儀を巡る家族の交流が描かれています。
タイトルが地球儀って時点でおおっ……これは……って思っていたら、ちゃんとゴー☆ジャスみたいなシーンがあって嬉しくなりました。
この年の大問1では小林秀雄による随筆風の評論『鐔』が出題され、注釈がなんと21個も付せられました。
好き度:★★
2014年本試験
『快走』/岡本かの子
岡本かの子(1889-1939)は歌人、仏教研究家、小説家。小説家デビューこそ晩年ですが、没するまでの短期間に『母子叙情』(1937)等の耽美的な作品を発表しました。
長男に芸術家の岡本太郎がいます。
1988年に行われたセンター試験の試行テストでも小説で『鮨』が出題されていたみたいです。
前年の『地球儀』に続き、『快走』もその全文が問題文として出題されています。個人的にはこのタイプの出題の方が楽しく読めるので好きですね。必然的に分量が多くなりがちなので実際の試験会場だと大変そうというのはあるけど。
ある冬の日、それまで窮屈な生活を送っていた道子は月光に照らされた堤防を疾走する楽しさに気づきます。しかし、帰宅の遅い日が続いた娘を不審がって調査していた夫婦が道子あての手紙を盗み見て道子のランニングについて知り、そのあとを追います。
その後、追いかけているうちに月光の下を走る喜びから娘のことも忘れて、二人が笑い合ったところで文章は終わります。
夜に全速力で走りたくなる気持ちは分からないこともないけれど普通に考えたらちょっとおかしな話だとは思います。勢いがあって好きです。
この年、国語の平均点が98.67点でセンター試験史上最低となりました。最高点が195点なのでこの年の国語は満点が一人もいなかったことになります。前年の2013年も101.04とギリギリ5割くらいなので、もちろん評論・古文・漢文の難易度や設問内容にもよりますが、やっぱり全文を出そうと思うと文章量が増えて試験難易度が上がってしまうのかもしれません。
好き度:★★★
2015年本試験
『石を愛でる人』/小池昌代
小池昌代(1959~)は詩人、小説家、エッセイスト。代表作に詩集『水の町から歩き出して』、小説『感光生活』、エッセー『屋上への誘惑』など。
問題文は『感光生活』内の「石を愛でる人」の全文。山形さんが「アイセキカ」(愛石家)友の会に入会したこと主人公が知るところからはじまります。山形さんとの交流を経て彼が石に惹かれることに対して理解を示し始め、次第に彼に心惹かれていく主人公が描かれています。
確かに石めっちゃ好きな人が身近にいたらちょっと気になっちゃう気持ちは分かるかもしれません。
好き度:★★
2016年本試験
『三等車』/佐多稲子
佐多稲子(1904~1998)は『キャラメル工場から』でプロレタリア作家としてデビューし、戦後は女性運動に献身しました。複雑な家庭に育ち、小学校を中退しているらしいです。
代表作に『女の宿』『時に佇つ』など。
問題文は1954年に発表された『三等車』の全文です。座席屋(そういうものがあるんだ)の男から闇で座席を買った私が車内で出会った家族の話です。
最初の列車の席を巡る闇取引がスパイとか探偵みたいでかっこいい。『タイタニック』の最初のシーンを思い出しました(あれはギャンブルだけど)。日本にもそんな時代があったんですね。
電車や新幹線で人と長話をすること自体かなり時代を感じます。
好き度:★★
2017年本試験
『秋の一日』/野上弥生子
野上弥生子(1886~1985)は夏目漱石に師事して創作活動を行いました。
代表作に『海神丸』『真知子』『秀吉と利休』など。
問題文は『秋の一日』の一部分。毎年秋は具合が悪かったが今年は元気であったため、直子は絵の展覧会を見に行き、それから子供とピクニックをしようと考える。上野へ出かけた直子は公園で小学生の運動会を見て訳もなく涙を流す。展覧会会場は人が少なかったものの、そこで義妹の旧友の絵を見つけ動揺する。回想を経て当時の自分を思い出していたが子供の声で我に返るといったシーン。
何年か前、桜を見に行こうと早朝に上野の公園を訪れたら、そこでは大量のおじいちゃんおばあちゃんが狂ったようにラジオ体操に勤しんでいて、カルト教団みがあって少し怖かった記憶。
好き度:★
2018年本試験
『キュウリいろいろ』/井上荒野
井上荒野(1961~)は小説家で、『切羽へ』で第138回直木賞を受賞しています。
父は「全身小説家」と呼ばれた井上光晴。
「キュウリいろいろ」は短編集『キャベツ炒めに捧ぐ』の一章。
問題文は息子の草がなくなって以来夫の俊介に厳しくなってしまっていた私が、俊介に先立たれ、草と俊介、二人の写真の前にキュウリを飾る。その後、俊介の写真を渡すべく彼の元同級生であった石井さんと出会い、石井さんの案内で彼らの母校へ訪れるという流れ。
紙の写真を手渡しするために会うという状況がもう今じゃあんまりないのかもしれないなあとぼんやり思いました。
好き度:★★
2019年本試験
『花の精』/上林暁
上林暁(1902~1980)は私小説で特異な立ち位置を築いた作家で、デビュー前には改造社にて雑誌『文芸』の編集主任をつとめていました。『聖ヨハネ病院にて』などの病妻物で高い評価を受けました。晩年には病に伏すも中で口述筆記を続け、彫刻家久保孝雄との交友を描いた『ブロンズの首』で第1回川端康成賞を受賞しました。
他の代表作に『薔薇盗人』『安住の家』など。
問題文は短編小説『花の精』の一部。
庭師の勘違いによって月見草を失った私はO君に釣りに誘われ、多摩川べりの是政へ出かけます。そこには月見草がそこらいっぱいに咲いていて、O君の助けもあり、大量の月見草を引くことができました。
帰りの列車を待っている時、近くにサナトリウムが見え、私は病院にいる妻を思い出します。列車が動き出し、その光によって照らされる月見草に包まれることで悲しさを紛らわすという内容です。
列車のヘッドライトが月見草畑を照らす描写が美しいです。
好き度:★★★
2020年本試験
『翳』/原民喜
原民喜(1905~1951)は広島市生まれの小説家。慶應義塾大学在学中から創作活動を行い、また、左翼活動にも傾斜しました。疎開していた広島市で被爆し、その経験から小説『夏の花』、詩『原爆小景』を発表しますが、1951年、中央線吉祥寺・西荻窪間の線路上に身を横たえ、自らの命を絶ちました。
他の代表作に『廃墟から』『原民喜詩集』などがあります。
『翳』は短編小説で、ⅠとⅡに分かれており、問題文はそのⅡの全文。妻の死亡通知を知人たちへ送った私が、彼の父親からの封書で魚芳が自身の妻よりも先に死亡していたことを知り、彼との交友とその変遷、最後のやり取りなどを追憶しています。
問題文の最後に述べられている「魯迅の作品」とは中国の作家魯迅の『孤独者』であり、日本では佐藤春夫が訳したことで知られています。
好き度:★
おわりに
個人的に好きだった話Top3は
🥇『僕はかぐや姫』/松村栄子(2006本)
🥈『鼠』/堀辰雄(2000本)
🥉『送り火』/堀江敏幸(2007本)
です!
僕っ子、いいですね……😻
いくつかの作品は青空文庫で読むこともできますし、問題文だけなら近年のものは大学入試センターのHPから、昔のものでも1995年~のものは東進過去問データベースなどで無料で閲覧できるので、これを読んでくれた皆さんもぜひ自分だけのMyBestセンター小説をみつけましょう‼️
最後までお付き合い頂きありがとうございました‼️(おわり)