名も知らぬまま私の膝で亡くなった犬の話
10年以上前のことだが、今も時々思い出して苦しくなる出来事がある。その出来事と失われた命を私は忘れてはいけないと思う。どこかで同じ目に遭う人がいるかもしれないし、それで助かる命があるかもしれない、と思って今日は書いている。
当時、私は学生だったのか会社員だったのかは忘れてしまったが、とにかく20台前半だった。岸和田か泉大津界隈で美味しそうなごはん屋さんを探し、友人とそれぞれそのお店に直行して一緒に食事をするということを頻繁に行っていた。
その日は夜の20時か21時だったと思う。友人と国道沿いのお店で食事を済ませ、話をしながらお店の軒先を出たところだった。
ふと視界の右側をさっと白いものが動いた。
目をやると、白い犬が国道に向かって走っていくのが見えた。まっすぐ目標に向かって走っているというよりは、キョロキョロしているというか、戸惑いながら走っている感じだった。
その様子から外に慣れておらず、パニックに陥っていることが分かった。
次の瞬間、国道を走る車に横からドンと跳ねられた。跳ねた車は逃げ去った。犬は自分の身に何が起きたが分からず驚いた様子で、よろよろしながらもすぐ起き上がった。
次の瞬間、また別の車に跳ねられた。今度は倒れて起き上がらなくなった。
地獄の後継だった。友人の「えっ」という声で我にかえった。
丁度信号機が青から赤になり国道の車の動きが止まった。隣にいたおばさんが犬のもとに駆け寄り、私や友人もそれに続いた。
犬は頭を少しもたげたが、体は動かせないようだった。表情は不安そうで私たちに怯えていた。綺麗な首輪をしていて毛並みも良い。吠えないし(辛くて吠えられなかっただけかもしれない)暴れなかったし、おとなしくてきっと室内で大切に飼われていたのだと思う。
犬に慣れていたのか、おばさんは犬に落ち着いた温かい声をかけていた。その人の存在が私にはとても大きかった。と同時に最初に足が出なかった自分がとてもとても情けなかった。
私は犬と自分たちに「大丈夫。大丈夫。」と繰り返した。でも、多分すごくか細い声だったからかえって皆を不安にしていたのではないかと今は思う。
赤信号で停止していた車が、異変に気がつき、私たちの近くでハザードランプをつけてくれた。私達が車に轢かれる可能性があったからだ。そして車を降りて私達のもとに加わってくれた。
金髪のいわゆるヤンキー風のお姉さんとそのお母さんだった。事情を説明したら「病院に連れて行こう」と冷静に即断してくれた。土地勘もあるのか救急対応してくれそうな動物病院に電話をかけて手配してくれた。すぐに行き先が決まった。
おばさんとはそこで別れ、私と友人がその方たちの後部座席にのり、犬を上着でくるみ膝に横たえた。犬はぐったりしていて動かず、目はもう私達のほうを見ていなかった。人間を恐れるどころじゃないことが犬の身体に起きているのだ。苦しいといけないから首輪を外してやり、なるべく車の揺れの衝撃を受けないように気をつけた。
車が病院につくと先生とスタッフさんが出てきた。運転席の方が私の膝から犬を抱きかかえて、犬を担架に移した。身体より首の位置が少し下に下がったとき、口から大量の血がどぼどぼこぼれた。目は空いていたけど動いていなかった。
先生は手早く診察台で診てくれたが、内臓が破裂していて助からないと言った。
涙が止まらなかった。
その後のことはほとんど覚えていない。その後今日まで友人ともあの時のことを振り返って話すことはなかった。お互いに辛い思い出を思い出させるのを避けていたからだ。
友人の記憶では、犬の遺体は先生が「後はお任せください」と言ってくれたという。あの時の費用は誰が払ったのか。あの時関わったおばさん、お姉さんとそのお母さんとどうやって別れたのかは分からない。
当時対応してくれた病院を特定した(多分)。時間外にも関わらず診て処分してくれたこちらの医院は誠実な対応をしてくれた。機会があれば改めてお礼を言いたいと思う。
https://localplace.jp/t100355396/
今もこの出来事を飼い主は知らないままだ。「あの子はどこいったんだろう?元気かな?」なんてそんな呑気な事を思っていたとしたら、私は許せる気がしない。
貴方達の可愛い犬は二度も車に轢かれて痛い苦しい思いをして死んでしまったのだ。赤の他人の私たちの膝のうえで、私達に怯えながら。
あの犬があんな死に方をしたのは、どんな事情があるにせよ飼い主のせいだ。
もしも今室内で動物を飼っている人がこの記事を見ているなら、いまいちど外に出てしまわないような仕組みができているか、戸締りができているか確認してほしい。
また、犬を轢いて走り去った2台の車たち。大きな犬だったので気がつかないわけがない。国道は高速ではないから信号機があり、青だったとしても注意深く通過するのが当然だと思う。残酷でとても理不尽だ。犬を轢くのは物損事故になるというが私は想像力が欠けた人達が起こした犯罪行為と同じだと思っている。
そして、私。
その場に居合せた私にもっと勇気があればもっと軽傷の段階で犬を助けれたかもしれない。あの時足がすくんでいなければ。声がでていれば。瞬時に判断ができていれば。
同じ出来事が起きたらどうするかを時々考える。
大声を出し両手を振り回しながら、犬にかけよれば、後続の車を異変に気付かせることができて二度轢かれるのは避けられるというのが、私の仮説だ。
この出来事を思い出す度今も熱が出そうな位の怒りと悲しみがこみ上げる。
一方で私に命の重さを噛みしめさせてくれる。必要だった勇気と即断。飼い主として必要な知性や配慮。犬が命を使い果たして教えてくれたことを私は大切にしたい。
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