【ぶんぶくちゃいな】香港の秋:断罪された「民主」、そして「民意」

香港はこの秋、重苦しい時期を迎えた。

まず、2020年秋に行われる予定だった立法会議員選挙での勝利を目指して、民主派陣営が同年夏に行った民主派予備選挙への「審判」が行われた。被告の人数は47人。香港の裁判史上、最大の被告人数だといわれている。さらに続いて、人気大衆紙だった「アップルデイリー」(蘋果日報、りんご日報とも)創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏に対する裁判も本格化する。

前者は香港市民の政治参与権利、そして後者は文字通り報道と言論に対する「審判」だと見なされており、そのどちらにも2019年デモ後に中国政府が制定した「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)が適用されている。つまり、それはある意味、制定者にとっての「国家安全法の真髄発揮」ともいえる裁判だが、市民の目には、これまで香港がイギリス植民地時代に培った制度的優位をさらに発展させ、中国を含めて世界に誇っていた「寛容さ」、そして「自由」と「権利」への断罪と映っている。

実際、罪に問われたどちらの被告らの行為は国家安全法以前の香港では普通すぎるほど普通の行為であり、律政司(検察)がこれまでの審理で「取り調べによると、」と明らかにしてきた「事実」なるものもまた、以前なら誰も不自然さを感じないことばかりだからだ。

さらに逮捕者のほとんどが市民が長い間「社会の顔」としてよく知る人たちで、残るは文字通りの「隣家の住民」も多い。その彼らが逮捕からすでの3年以上も、ほとんどの被告は保釈すら認められず、「未決囚」として拘置所に収容されたままとなっている。一部はこの間ずっと独房に入れられたままで他の収容者との接触もままならない状況が続いており、人道的観点から批判の声も上がっている。

こんなことはいまだかつてなかった――と多くの香港市民が深く感じており、かつてはなんの疑問も持っていなかった日常の出来事が、こうして厳しい審判にかけられていることを身を持って感じさせられるのが、この2つの裁判なのだ。

特筆すべきは、この2つの案件を気にかけているのは、香港の変化に心を痛める香港市民だけではないことだ。

というのも、11月19日の民主派予備選挙関係者への量刑判決、そして20日から始まる予定だった黎智英被告に対する審理を前に、裁判所にはそれぞれ、その数日前から傍聴券を求める人たちが列を作り出した。

それは一見すると、裁判に関心を持つ市民が……と映るが、そんな彼らは傍聴券を求めて並んではいたものの、それを手に入れると傍聴席には向かわず裁判所を後にする。これまでもの審理でも同様のことが起きており、列の中には南アジア系と見られる人たちが大量に並んだこともあった。

そのうち、傍聴券を手に入れた老婦人が、現場で待ち構えていた記者に尋ねた。「で、どこに行けばお金をもらえるの?」……実は彼らは誰かに集められ、傍聴券と引き換えにお金が支払われることを前提に、そこに並んでいたのだ。

そんな彼らは「排隊党」と呼ばれる。「排隊」とは「列に並ぶ」、つまり「列に並ぶ連中」という意味である。

傍聴希望者が殺到する注目裁判では、裁判所が傍聴券を発行する。配布数は当然定員分のみゆえに、出遅れて傍聴券を手に入れられなかった市民は傍聴席に入れない。一方、「排隊党」が手に入れた傍聴券はお金と引き替えに彼らを駆り集めたアカの他人の手に渡り、そのアカの他人が傍聴席に座るか、あるいは誰もそれを使わずに傍聴席がすっからかんのまま裁判が行われることになる。

それが民主派の被告たちに精神的な苦痛をもたらすのである。傍聴席を被告たちに批判的な連中がぶんどって、被告たちがそこで視線をかわすことができると期待した家族や友人や支持者がそこから追い出されてしまう。さらには、傍聴席が空っぽになれば、「もう自分を応援してくれる人はいないのだ」という不安感すら植え付けられる(余談だが、昨年日本でも公開された香港映画『毒舌弁護人〜正義への戦い〜』にはまさにそれを再現したシーンがある)。

となると、「排隊党」を企むグループの立ち位置は明らかだ。

メディアの報道によると、「排隊党」には傍聴券1枚と引き換えに1000香港ドル(約2万円)程度が支払われるという。これは低収入層にとっては2昼夜並び続ける苦痛と引き換えにしても、魅力的な額である。傍聴券は中型程度の法庭なら75席分ほど配布される。それをすべて買い取るつもりで、さらに列に並ぶメンバーを集める手配師にも支払いをすると考えれば、裁判1回分にかなりのお金が動くことになる。

いったいどこからそんなお金が出ているのか? そこまでして被告に精神的ダメージを負わせようとするのはなぜなのか? そこから分かるのは、彼らを「合法的に」逮捕し、裁判にかけ、さらに懲役を科すだけでは満足できない連中が暗躍していることだ。

こうした「暗躍」にも、市民たちは香港がすっかり、自分たちが住み慣れたそれとは違う社会になったことを感じている。そして、そんな中で11月19日、民主派予備選挙関係者の被告に対する量刑判決が言い渡された。


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