【ぶんぶくちゃいな・全文無料公開】見えない痛み:新型コロナ後遺症に苦しむ武漢の患者たち

今回は中国のフリーランスジャーナリスト、謝海涛さんが武漢市の新型コロナウイルス肺炎罹患者のその後を取材した記事を、謝さんの許可を得て全文公開します。中国ではほとんど伝えられていない新型コロナ患者の「後遺症」問題。謝さんは3ヶ月以上かけて洪水の危険にさらされた武漢に滞在して取材、発表しました。なお、できるだけ多くの人に読んでほしいという謝さんの希望により、今回の「ぶんぶくちゃいなノオト」は全文無料公開します。もし記事がお気に召したら、一番最後にある「サポートをする」をクリックして、サポートをいただけると嬉しいです。
※文中の()は原文注、[]は訳者注。

6月25日は旧暦の端午の節句にあたり、李華(仮名、以下同)は両親を連れて遊びに出かけた。

みずみずしい自然の中を、一家はよもぎを摘みながら、古蹟を巡った。70になろうという両親は子どものようにはしゃいだ。

数日前、母親は泣いてばかりいた。口を開けば故郷に帰りたい、武漢にはいたくないと言う。李華は一所懸命になぐさめつつも、心の中は複雑だった。

両親も大変な思いをしてきた。1月末に次々に新型コロナに感染したことが分かり、数カ月間を病院で過ごした。回復はしたものの、母はずっと下痢、お腹の張りが続いてがいこつのように痩せてしまい、父もまた頭痛や倦怠感に悩まされている。

李華は前後して多くの医師に母を診てもらったものの、効果のほどは見えなかった。母はなんども情緒不安定になり、李華を悩ませた。明らかに現代医学は新型コロナの後遺症にはなんの力も発揮できないことに失望しつつ、自身もトップレベルの病院の医師でありながらなにもできないことに、ただやるせなさがつのった。

武漢のある医師は、新型コロナウイルスを「パーフェクト」なウイルスだという。その攻撃対象は非常に広く、脳神経から体内のすべての組織器官を攻撃するからだ。北京地壇病院[*1]のSNSオフィシャルアカウントによると、新型コロナ患者はARDS[*2]、心筋症、血液凝固障害、腎臓障害、肝機能障害などの多臓器障害の合併症を引き起こすことがあるという。新型コロナ患者の一部にはその発病時の重症度、感染部位によって、回復時に後遺症を引き起こすケースが多いことがわかっている。

[*1]北京地壇病院:首都医科大学付属北京地壇医院のこと。もともとは伝染病専門の病院で、同大学の付属大学となってからも伝染病の権威的病院とされている。
[*2]ARDS:急性呼吸窮迫症候群。肺炎などがきっかけに重度の呼吸不全を引き起こす病気。

3月4日、国家衛生健康委員会は新型コロナから回復して退院する患者の呼吸機能、身体機能、精神状況、日常生活の活動能力や社会参加能力を改善するために、リハビリ過程の技術とプロセスを規範化、さらにそのリハビリを全面的に推進することを目的に、専門家を集めて「新型コロナ肺炎退院患者リハビリプラン(試行)」を制定した。

新型コロナから回復して退院する患者が増えるに連れて、退院患者の多層的、多面的なリハビリ医療が求められるようになった。さらに退院患者の主要機能回復治療を進めるため、5月13日には国家衛生健康委員会、民政部などの4政府担当局が共同で「新型コロナ肺炎退院患者主要機能障害リハビリ治療プラン」を施行した。

目下、中国国内では新型コロナ退院患者の後遺症についてあまり報道されていない。自分が差別されるのではないかという不安、あるいはプライバシーを考慮して、患者の一部は自分が新型コロナに罹患したことを口にせず、その後遺症に至ってはさらにひた隠しにされている。また、患者と家族の一部には新型コロナの後遺症に対する認識がない。筆者は数十人の重症患者とその家族に電話で連絡を取ったが、かなりの数の人が自分や家族には後遺症はないと言った。

あるクリニックの医師は医療ボランティアとして、リハビリセンターでの新型コロナ患者のケアに参加したことがある。センターを出た後も多くの患者と連絡を取り続けていて、ときどき医療的なアドバイスを求められるという。彼は患者の一部に後遺症があると言いつつ、詳しいことは語ろうとしなかった。

新型コロナ肺炎の後遺症は、回復患者にとって口にできない痛みになりつつあるのは間違いない。

武漢小區

(4月4日、武漢のある団地の様子。Photo by 謝海涛)

●奇妙な腹部の張り

李華の母親は65歳。新型コロナは軽症だったが、非常に奇妙な症状が出た。

1月26日、彼女は自分の神経がおかしいのではと思いはじめた。全身に倦怠感があり、汗が出て、身体のあちこちがしわしわになったからだ。1月31日にCT検査を受けると、肺に炎症が見つかった。2月2日に入院し、治療中の体温は正常だったものの、下痢と腹部の張りが続いた。

4月初めに帰宅した時にも下痢は続いていた。李華は中医に相談して、免疫力向上の処方薬を出してもらった。薬には人参が入っていたが、それほど量は多くなかった。1週間飲み続けると下痢は止まったが、今度は腹が張り始め、便秘になった。

その張り具合は顕著だった。食後にすぐに張り始め、散歩しても治らない。「お腹がぶくぶくと膨れ上がるの。本人は辛そうで、またコロナがぶり返したんじゃないかとナーバスになった」。母はお腹を上へと按摩しているうちに、数日後には今度は口臭がひどくなった。舌苔が厚くなり、マスクを手放せなくなった。

そして食事も取りたがらなくなった。李華は娘に祖母が食事をとるのを見張らせようとしたが、まだ9歳の娘は「どうしようもない。おばあちゃんは食べたら気持ち悪くなると言ってる」と言った。食事の好き嫌いが激しくなった母に、李華は「わたしたちが食べれるものはすべて食べて。お腹の張りはゆっくり直しましょう」と言うしかなかった。

発酵マントウなら母も食べた。だが、ほんの少しだけ。李華はお粥を作って食べさせようとした。「できるだけ薄く、消化しやすいように作って、栄養やタンパク質が取れるように」

病院の同僚は、牛乳じゃなくてスキムミルクを飲ませたほうがいい、という。わざわざ高タンパクのスキムミルクを買ってきて、スプーン2杯分を溶かして飲ませたら、またお腹が張った。腹が盛り上がると、「胃の形まで見えるくらいほど」になった。そして張った腹が胸を圧迫して、胸焼けを起こすようになり、時には息切れまですると大騒ぎになった。李華は慌てて彼女のお腹を擦ってやるしかなかった。

同僚が言うには、一回に食べる量を減らして回数を増やし、1日に5、6回食べるようにするといいらしい。そこで、母は1日6食、1回ほんの少しずつ食べ、また気をつけて運動するようにしたが、それでも腹の張りは続いた。

4月12日から、李華は母に漢方薬材の大黄を飲ませるようになった。大黄は身体に溜まった熱をはらう下剤で、解毒剤として身体に熱のある便秘や消化不良からくる腹痛などの治療に使われる。一般的には1日1袋を服用するが、母は腹が張ったときに飲むようにして2、3袋分を消化した。これに2ヶ月あまりの間に6000元[約10万円]あまりのお金を使った。

同僚が、大黄には毒性があるので飲みすぎてはダメよ、とアドバイスをくれた。そこで李華は母に量を減らすように勧め、昼はできるだけ外に出て歩くようにして気持ちを落ち着かせ、夜に一袋を飲んでから寝るようにさせた。

母は腹の張りのほか、便秘にも悩まされた。ひどいときはグリセリンの浣腸をする必要があった。李華は病院でグリセリンと注射器を購入し、6、7時に勤務を終えて家に帰ると、母がその日の6食目を食べ終わるのを待って浣腸する。注射器にグリセリンを吸わせてから、腸に押し込むのだ。そして彼女は薬を飲んでから眠りについた。

6月末、李華は母を病院に連れていき、検査を受けさせた。医者はもう大黄は飲ませるな、浣腸もしないほうがいい、でなければそれに依頼するようになるから、と言った。7月初めには母に大黄の服用を止めさせたが、彼女はまだこっそり飲み続けている。

この検査でもなにもわからなかった。胃腸系は交感神経がコントロールしていて、母の症状は交感神経の乱れが原因で、新型コロナによる神経系への攻撃のせいだった。周囲の神経機能もまた影響を受けるのだ。李華は、母が発病したとき、身体をこわばらせていたのを思い出していた。あれは自律神経失調の現れだ。

7月初め、母のお腹の張りは寛解したが、それでもときどき現れた。昼間なら外で散歩すれば症状は好転する。真夜中に張ったときには、お腹を擦ってドンペリドン[*3]やカク香正気丸(「カク」は草冠に「霍」)[*4]を飲ませた。

[*3]ドンペリドン:消化薬。
[*4]カク香正気丸:漢方薬材「カク香」(かっこう)が含有された、病原菌を排するとされる漢方薬。

この数カ月のうちに、身長170センチある母は体重を60キロから45キロあまりまで減らし、激痩せしてしまった。

康福驛站

(4月8日、リハビリセンターを退院する患者。Photo by 謝海涛)

●定期的に襲ってくる頭痛

母に比べると、父のほうはまだましだった。

父は1月31日のCT検査で、肺に炎症が見つかった。2月2日に入院したが、入院中ずっと頭が痛いと言い続けた。3月5日になって、あまりに痛くて壁に頭をぶつけたいと言い出し、息切れしていたので集中治療室に移った。

3月8日になって突然、危篤に陥った。ずっと正常だった体温が37.8度まで上がり、呼吸困難になった。検査の結果、両方の肺がゆっくりと湿潤性病変に覆われて、真っ白になっていた。免疫系はほぼ破壊され、リンパ球サブセット[*5]が全面的に下がっていた。医者が大量のステロイドを投入し、アルブミン[*6]やリン酸クロロキン[*7]などの薬物を使い、2日後にやっと危篤から脱することができた。

[*5]リンパ球サブセット:免疫脳のモニタリングや治療効果に使われる手法。
[*6]アルブミン:血漿蛋白の約60%を占めているタンパク質。
[*7]リン酸クロロキン:マラリアの治療薬の1種。研究で新型コロナウイルスへの効果が認められた。

4月12日に退院してからも頭痛は続いた。いつも午後になって痛くなり、夜にも痛みが続き、痛みで寝付けなくなった。

李華の知る限り、父が頭にケガをしたことはなかった。健康状態はずっと良かったのに、ウイルスは彼の頭を攻撃した。以前は朝から晩まで痛み、「まるで爆発を起こしているみたいだ。中から外に向かって広がるように痛む。頭皮にぶつかってまた痛む」と言う。

父が重体に陥っているとき、北京の地壇医院で新型コロナ患者の脳脊髄液から新型コロナウイルスが見つかり、ウイルスが脳を攻撃することが証明された。父はその後、頭部のMRI検査を受けたが問題は見つからなかった。

新型コロナ感染例において、脳への影響を訴えた患者は他にもいた。

武漢の医師だったがすでに定年退職した傅さんは、自分が感染したとき、肺CTはひどい様子だったが呼吸が苦しいとは感じず、ただなにかスムーズじゃないと感じていた程度で、一番つらかったのは胃腸と頭痛だったと語る。10日間、吐き気ばかりでなにも食べたくなく、足に力が入らない日が続き、その後に頭痛が来た。「まるで頭の中にドリルで穴を開けて、その中に鉛を詰め込んだみたいで、外は緊箍児[*8]をはめたように痛くて死にそうだった」

[*8]緊箍児:三蔵法師が孫悟空の頭につけた輪っかのこと。

傅医師は若い頃、地方でのダム建設に参加して脳脊髄膜炎を患い、その地区の病院で治療した。新型コロナウイルスは彼女のそこと、胃腸を集中的に攻撃したという。幸運にも退院後の彼女は頭痛に悩まされることはなくなっていた。

新型コロナ肺炎患者が訴える頭痛は、研究者の目を、コロナウイルスの神経系への攻撃に向けさせた。

「第一財経日報」の報道によると、3月初めに華中科技大学付属協和医院の神経内科の胡波・医師のグループが行った、新型コロナウイルス患者の神経系統研究で、214人の患者のうち3割以上に神経系統の症状があったという。具体的には、まず頭痛やめまい、意識障害、急性脳血管疾病、てんかんなどの中枢神経系の症状、次に味覚や嗅覚の減退、食欲不振、神経痛などの末梢神経系の症状、そして骨格筋の損傷という3つの症状に分けられた。

李華の父は頭痛で夜、寝付けなくなった。以前の彼はがっしりとした体格で、体力を使う、野菜を植えて畑を耕すような仕事が好きで、夜はあっというまに寝付けるタイプだったというのに。

父は入院中、多くの新型コロナ患者と同じようにずっと睡眠薬を飲んでいた。母も同じだった。退院後、睡眠薬を手放せなくなり、睡眠薬には鎮痛効果もあることもあって、父がそれを飲むと痛みが和らぎ眠ることが出来た。

武漢の団地の自粛が解かれてから、李華はたびたび父を外に連れ出した。父は外を一周すると気持ちも良くなり、夜も疲れて眠りにつくことが出来た。翌日、頭痛はどう?と声をかけると、痛くなかったと答えるようになった。

そうして7月初めになって、最近は頭痛がなくなったと言った。

●「ちょっと無理をすると、クタクタになる」

父は次第に体調を取り戻したが、それでもたびたび倦怠感に悩まされた。

孫娘が乗る自転車を車から下ろし、街の修理屋でタイヤに空気を入れたときのことだ。修理屋がポンプを押し、彼がタイヤを押さえて自転車を支えていたが、ときどき力を入れると息が切れた。

郊外に出かけたときも、階段を少し登っただけで息が上がり、息を切らした。母も疲れやすくなった。李華は免疫が攻撃されたためで、まだ完全に回復していないのだと感じている。

李華によると、高齢の患者の多くが発症後、免疫細胞が一時的にとても低くなり、外来ウイルスを認識できなくなって抗体を作ることができなくなる。父が重体になったときも免疫力が落ち、すべての免疫細胞が全面的に減少した。李華は、彼がエイズに罹患したのではとまで思った。その後、新型コロナウイルスはエイズとSARSのように免疫力を潰してしまうという特徴を持つと知った。免疫力が回復するにはある程度時間がかかり、また患者の年齢と攻撃されたレベルによってもまた違う。

取材中に耳にしたのは、新型コロナ患者のリハビリにおいて、倦怠感はかなり一般的な現象だということだった。

国家衛生健康委員会の「新型コロナ肺炎退院患者主要機能障害リハビリ治療プラン」では、身体の機能障害について、主に全身の脱力感、疲れやすさ、筋肉のだるさという症状で現れ、一部は筋肉の萎縮、筋力低下などが伴うとある。危篤、重症に陥ったことのある退院患者には、長期にベッドで過ごしたり、行動制限によって引き起こされた二次性身体機能障害が多く現れている。

武漢市青山区鋼花街に住む劉さんは帰宅してから2ヶ月あまり経つが、倦怠感に悩まされている。67歳の劉さんは2月に発症、空咳、脱力感、胸やけや息切れがあり、熱はなかったものの、両方の肺に感染が見られた。2月14日に雷神山医院[*9]に入院、4月初めに帰宅した。6月末には総体的に回復したと感じてはいたものの、たびたび膝関節の力が抜けたり、足全体に力が入らず、ちょっと動いただけで汗をかいた。近所の病院の専門家がリハビリ訓練をやっていたので彼もそこで「八段錦」という伝統体操をやるようになって、ちょっと良くなったようにも感じている。

[*9]雷神山医院:武漢での新型コロナウイルス大流行に伴い、急遽建設された専用の野戦型病院。

江漢区民権街沿いの陳さんも帰宅して3ヶ月あまりになるが、たびたび疲労感がある。59歳の彼女は高血圧の既往症持ちで、2月5日に新型コロナ肺炎で入院して、3月12日に帰宅した。ちょっと家事をしたら腰や背中が痛み、夜ベッドに横になると疲れ切ったかのように腰になんともいえない鈍痛のようなものがある。以前ほどよく眠れず、一晩に必ず2、3回、目が醒めるようになった。

江岸区の同福団地に暮らしている張さんは60歳ちょっと、元軍人だから身体はそれなりに健康で、毎日動き回っていた。7歳の孫の面倒を見て、食事を作ったりしていた。しかし、3月に退院してから、ちょっと無理をしようとしても力が出ず、毎晩寝る前には必ず酸素吸入をしてその疲れを癒やす必要があるという。

同濟醫院

(3月25日、武漢同済医院にて。感染が拡大する中、この病院は多くの患者の生命を救った。しかし、そのうち一部の患者は今も後遺症に苦しむ。Photo by 謝海涛)

●肺の線維化

頭痛が和らぎ始めると、李華の父親のメンタルも好転した。父を診てくれている医者はたびたび電話をくれて、「お父さん、すっかり元気ですね」と声をかけてくれるようになった。

父もすっかり自分は治ったと感じ、声にも力がみなぎり、時々李華に向かって「今度の病気で、以前より食べる量が増えた」と冗談を言うようにもなった。

李華はその実、彼には後遺症があることを告げていない。退院を目前にして李華は、重症患者だった父の肺が線維化していることを知った。「肺胞と肺胞の間が線維組織でいっぱいになっている。息を吸い込んでも肺が開かず、息を吐き出しても縮まない。柔軟性がなくなっているの」

母は軽症だったが、やはり肺の一部が線維化している。病床では酸素ボンベを使い、帰宅してからも肺が回復していないことを心配し、李華はしばらく酸素吸入をさせていた。だが、長期間に渡る酸素吸入は機能回復を妨げ、肺の線維化を悪化させるため、その後止めた。

李華は言う。肺の線維化はそれが部分的な病巣であれば良い方で傷が残る程度だが、大規模な範囲で線維化した場合、その機能に影響を与える。肺の線維化は治療手段がなく、一時的にその進行を抑えて病状が進むのを遅らせるしか方法がない。

李華によると、以前のSARSでも患者の一部の肺に線維化が見られた。今回の新型コロナ肺炎では、一部の高齢重症患者の肺に線維化が出現していることが、CT検査によって発見されている。

「光明日報」の報道によると、北京大学第一医院感染病科の王貴強・主任は4月21日に行われた国務院連合防疫共同コントロールメカニズム記者会見の席上で、肺の線維化の原因からすると、慢性的な障害が肺の線維化を促しやすいと指摘、新型コロナ肺炎は急性ウイルス性伝染病で発症までの期間が短いために、肺の線維化が発生する確率は低く、軽症患者のほとんどに肺の線維化は見られないと指摘した。

「しかし、重症及び危篤患者には肺の線維化が出現することがある」と王貴強主任は述べ、新型肺炎の肺への障害は深刻で、明らかな炎症と障害が見られると言う。炎症による障害は回復するが、回復の過程が線維組織の増える段階となる。回復と線維組織の増大は動態的な関係にあり、もし病状が深刻でなければすぐに消化されるが、深刻な場合は一部線維化が残ることがあるという。「亡くなった患者の解剖でも湿潤と線維化が見られた」としている。

3月、洪山区の範さんは武漢市第三医院から退院するとき、医師に肺が正常に戻るまでにはかなり長い期間かかり、「もしかしたら1、2年かかるかも」と言われた。

今年2月、範さんは発熱が10日あまり続き、せき、悪寒、脱力感があったためにまずホテルに隔離されてから、何度も団地コミュニティに訴えてさまざまな手段を経て、やっとのことで入院することができた。退院後の回復状況は良好で、咳もなく、毎晩1時間ほど散歩している。脱力感があるときは、昼寝をするのが習慣になった。

5月になって職場に復帰したいと申し出ると、職場が彼に検査の手配をした。CT検査の結果、医師に肺が完全に治っていないといわれた。職場は国営企業で、彼の復帰に同意しなかった。範さんは仕方なく家で過ごすしかなくなり、そのときに気が付いたことがある。ご近所、昔の友だちの誰もが彼の家を訪れなくなっていることを。ある人物にははっきりと、新型コロナに罹患したんだから今後2年間は付き合うことはできない、と言われた。

範さんにはそんな情報がどこから流れ出しているのかがわからなかった。SNSのグループ内でそういう情報が流れ、医者や専門家はそんなことは言っていないのに、友人らはほぼ彼との往来を断ってしまった。このことが範さんを「ぼくら感染者が再発することはないのだろうか?」と不安にさせている。

江岸区同福団地の張さんも検査のときに肺が完全に回復していないことがわかった。張さんの息子によると、父親は1月26日から高熱が続き、呼吸困難に陥り、2月3日に武漢市中心医院で点滴を受けているときに痙攣を起こして意識不明になった。その後入院して治療を受け、3月に帰宅した。張さんは60歳を超えており、基礎疾患もある。息子によると、回復は総体的に良好だが、以前は肺機能も問題なかったが、帰宅してから息が切れるようになり、胸焼けを訴え、肺に障害を抱えている。父親は毎週1、2回病院に通って検査をして、リハビリ治療を受けている。母親も患者だが、リハビリの効果はよく、訴えているのは胸焼けだけだそうだ。

洪山区和平街に住む向さんは6月末に、自分は「抵抗力が非常に落ちて、ずっと咳が続いている」と言う。2月に発病した時、「両方の肺がウイルス性感染、両方の下肺野が線維化」した軽症患者とされた。

江岸区の何さんは68歳、もとより高血圧、高コレステロール、高血糖の「三高」の基礎疾病はあったが、肺に症状は見られなかった。感染時には重症と診断されて2月初めに武漢市第一医院に入院、5月末にやっと帰宅した。6月下旬の時点でもまだたびたび息切れがし、倦怠感や咳が出ていた。約半月に1回、病院に通っている。

「光明日報」の報道によると、王貴強主任は、新型コロナ肺炎患者の肺線維化について、国家衛生健康委員会は関連の規定を行い、退院患者の健康管理をきちんと行うように求めている。退院後の患者のリハビリなどを通じて介入を行い、肺の線維化の発生や進行を防ぎ、重症だったり危篤となった患者に対しては長期的な訪問調査を行う必要があると述べている。王主任は、肺の線維化の発生や進行は短期間では起こらず、退院後1、2カ月、さらにはもっと長い期間を経て出現するため、長期的な訪問調査を行い、彼らに起こった問題をきちんとチェックして即時に医療介入を行う必要があるとしている。

●攻撃された心臓

6月下旬、李華は母親にMRI検査を受けさせ、新型コロナウイルスが心臓に影響を与えていることを知った。心臓の機能は回復はしているものの、異常を感じていたのだ。映像を見ると、母の心臓は変形し、心筋の外層は脂肪化していた。

発病した時、母の様子がおかしかった。全身がしびれ、こわばり、こうした症状は神経や心臓の攻撃によって起こる。李華は、母親の症状は心臓が攻撃されたのだと気付いた。

全身のしびれは、心臓のカリウム低下によっても起こる。李華は母に一定期間、カリウムを飲ませた。カリウムの摂取は大変注意深く行う必要があり、ちょっとでも過剰に摂取すれば突然死することがある。李華はまず専門の医師の指導を受けながら母にカリウムを摂取させていたが、その後みかんを食べることでカリウム摂取を促進させた。みかんにはカリウムがたくさん含まれており、食物から摂取すれば過剰となることはほとんどない。

「中国青年法」がまとめた報道によれば、米国医学会の循環器内科専門誌に「武漢市で新型コロナウイルス患者の5分の1以上に心臓障害が見られ、うち一部の患者には心臓病の既往症はなかった」とする研究報告が発表された。

循環器内科の専門家によると、患者の心臓に障害を引き起こす可能性があるのは、「酸欠状態になり、心臓が血液を送り出せなくなった場合」「ウイルスが心臓細胞に侵入した場合」「人体がウイルスを消滅させようとするうちにサイトカインストーム[*10]が起こり、心筋障害が引き起こされた場合」などの状況が考えられるという。

[*10]サイトカインストーム:感染症や薬剤投与などの原因により,血中サイトカイン(IL-1,IL-6,TNF-αなど)の異常上昇が起こり,その作用が全身に及ぶ結果,好中球の活性化,血液凝固機構活性化,血管拡張などを介して,ショック・播種性血管内凝固症候群(DIC)・多臓器不全にまで進行すること。(引用元:「実験医学online」

米テキサス大学ヒューストン健康科学センターのマクガバン医学院のムハマド・マディジッド博士は、新型コロナウイルスが心臓に障害をもたらす確率は他のウイルスより高いとする研究結果を明らかにしている。また、ジョンズ・ホプキンス大学医学院の循環器臨床疫学のエリン・ミチョス副主任は、新型コロナウイルスの心臓を含めた循環器への攻撃は「重症患者においてよく見られる」と指摘している。

嗅覺

(武漢のある病院が退院患者に行っている嗅覚、味覚、脳の知覚機能検査の宣伝。Photo by 謝海涛)

●聴覚、嗅覚、味覚、そして温度に対する感覚障害

李華はさらに、退院後の母親のさまざまな感覚が鈍っているのに気がついた。

以前の母は耳ざとく、よく目が利く人だったが、今はしばらく話してから初めてそれに気づく、さらには大きな声で話さないと聞こえても意味がよくわからないようなのだ。非常に簡単なことも、しばらく言ってからやっと「あ、なにが言いたいのかわかった」という具合だ。

記憶力の衰えもみられる。ときどき手が震え、下顎が無意識に痙攣し、脳梗塞の後遺症そっくりなのだ。

ときに一人で台所仕事をしながらぶつぶつ独り言を言っている。いろいろなことを言うのだが声が大きく、まるで誰かと話をしているようだ。以前にはなかったことだった。

しゃべっている内容は生活に関することだったり、違ったり。ある日、李華は彼女が「ご覧なさいよ、庭がこんなことになってる、早いとこ耕しておいたらどうなのよ?」と言うのを耳にした。

李華が台所に入ると、黙ってしまった。李華が「母さん、なんの話してるの?」と尋ねると、なにも言っていない、というのだ。

母の神経系統がおかしくなっている、と李華は判断した。もし彼女が医師でなければ、たぶんこれを母が精神的におかしくなったのでは?と疑ったことだろう。だがそれは違う。多くの老人にこうした症状が現れると家族は往々にして理解できず、それを老化現象だと思い込み、まさか神経の問題だとは思わないのだ。

李華は母が入院していた時に腹が膨れ、下痢をしていたことを思い出した。彼女が胃が痛いと言った時、李華はきっと風邪を引いたのだと、中医の同僚にお灸をもらい、中に火をつけたよもぎを入れてそれを包み、本人に調子の悪いところに服の上から当てるようにさせた。夜7時のテレビ番組を見ながらそのお灸をしていた母は、大きな水ぶくれを作った。

李華が母に「痛かったでしょうに、なぜどけなかったの?」と尋ねたら、母はなにも感じなかったと言った。

普通に耳も冴えて目もしっかりしている人なら、長袖の服を着て厚く包んだお灸を服の上から当てて、やけどで水ぶくれなんか作るはずがない。なぜなにも感じなかったのかしらと、そのとき李華はいぶかしく思った。

新型コロナ患者が温度を感じとれないという例は他にも報告されている。武漢のある病院では4月から始めた新型コロナ回復患者に対する検査で、患者が飲もうとするお湯の熱さに気づかず、口腔内の粘膜にやけどを負っていたことがわかっている。

この検査では、退院した患者の嗅覚、味覚、そして大脳の知覚能力が調べられた。

「澎湃新聞」の報道によると、英国鼻科学会のクレール・ホプキンス理事長と英国耳鼻咽喉科医会(ENT UK)のナーマル・クマー理事長は同医会のホームページ上において、新型コロナウイルスの感染症状の一つとして嗅覚喪失があるとする新たな証拠が見つかったとする声明[*11]を発表した。

[*11]新型コロナウイルスの感染症状の一つとして嗅覚喪失があるとする新たな証拠が見つかったとする声明(英語)。

声明では、韓国、中国、そしてイタリアで明らかになった証拠から、相当数の新型コロナ患者に嗅覚喪失あるいは衰退の症状が見られることが明らかになったという。メディアの報道によると、ドイツでは感染確定患者のうち3分の2以上が嗅覚の喪失を訴え、韓国ではさらに広い範囲での検査によって約30%の軽度罹患ケースにおいて嗅覚喪失が主要な病状として現れていた。

新型コロナ患者の嗅覚障害は中国ではそれほど報道されていないが、なかったわけではない。

「上海科技報」のSNS公式アカウントは5月18日、上海市公共衛生臨床センターが音頭を取って行った、中国、フランス、ドイツの5病院における394患者に対して嗅覚と味覚に関するアンケート調査と検査の国際協力研究の結果を発表した。それによると、患者161人が嗅覚あるいは味覚の異常を訴え、うち軽症患者が48%だった。93人の患者には嗅覚と味覚障害が同時に起きていた。

6月24日、北京で行われた新型コロナウイルス肺炎感染予防コントロール記者会見で、北京地壇医院の呉国安・副院長は最新の北京の病例において、嗅覚が変化した人が33人、味覚が変化した人が21人いたことを明らかにしている。

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(武漢のある病院の嗅覚、味覚及び脳の知覚機能チェック項目。Photo by 謝海涛)

前述の武漢の病院で行われた調査についてよく知る人物は、新型コロナ肺炎から回復して退院した患者の中には、たしかに「匂いをかいでもそれが良いのか悪いのかわからない」と嗅覚障害を訴える人が、高齢者にも若者にもいたという。

この人物によると、新型コロナ肺炎が中国で大流行し始めた頃、典型的な特徴は発熱、倦怠感、咳とされ、当時はとにかく治療をして助けることが先決であり、注意力がそこに集中して向けられていた。それに対して、嗅覚、味覚の障害は典型症状ではなく、それほど注意が向けられなかった。さらに中国人はもともと嗅覚にそれほど敏感ではなく、患者はマスクをしているために嗅覚の喪失に患者自身が気付いていなかったこともあった。患者の嗅覚は突然失われ、回復には時間がかかった。

味覚の喪失はどちらかというとわかりやすかった。食べるときに食品を味わえば分かるからだ。江岸区科苑団地に住む劉さんは1月26日に低温の発熱が始まり、下痢が始まって、それが嘔吐、全身の倦怠感、呼吸困難へと進み、2月8日に武漢市第六医院に入院し、3月10日に帰宅した。数カ月間、「味を感じなくなり、口の中に感覚がなくなったみたいだった」が、その後ゆっくりと好転したという。

上海市公共衛生臨床センターの盧洪洲・党委員会書記は「上海科技報」のインタビューで、新型コロナウイルス患者に嗅覚、味覚の障害が出たのは、ACE2とTMPRSS2の二つの抗体と関係しており、前者は主に新型コロナウイルスの受容体であり、後者はウイルスが細胞に侵入するのを助けるタンパク質分解酵素だと述べた。それらは嗅覚の上皮細胞などに多くあり、まさにこの二つの酵素がウイルスの細胞侵入を助けるために、ヒトの嗅覚に障害をもたらす。この他、ACE2は肺に多いだけではなく、口腔粘膜や舌の上にも多くあり、このため新型コロナウイルスが味覚に影響を与えやすくなるのだ。

「もう一つの可能性として、ACE2受容体を通じて嗅覚パスに感染するというものがあり、これもまた嗅覚機能に障害をもたらす可能性がある」と、盧洪洲氏は述べている。

心理創傷

(身体面での病状のほかに、一部患者が心に抱えるトラウマの治療も急がなければならない。Photo by 謝海涛)

●知恵を絞った心理療法

李華をもっと不安にさせているのは、母の心理的トラウマである。

4月初め、母は在宅隔離を経験した。その14日間が過ぎても家族に影響を与えるのを恐れてずっと隔離を続けている。寝室は広くなく、動きたくなってもその中でぐるぐると歩き回るだけだ。

4月12日に父が帰宅し、隔離に入った。彼ら一人に1部屋ずつ、ドアはしっかりと閉められたままで、用事はドアを隔てて大きな声を上げなければならず、会話は短いものになる。食事時には家族が料理を部屋の入口まで持っていき、それぞれのお椀に入れて「ご飯だよ」と声をかけると、それぞれが自分でそれを受け取るというやり方を採った。

隔離期間が終わると、両親は家の中でもマスクをつけていた。李華は父親のマスクを取らせたが、リビングに入ろうとして孫娘がそこでオンライン授業を受けているのを見ると、慌ててマスクをして自分の部屋に戻ってマスクを取った。

5月中旬、武漢の全住民を対象にPCR検査が行われた。団地は次第に開放され、両親は身分証と病院の証明書を持って団地に登録に行った。団地では資料を上部機関に報告し、上部機関の認可を経て団地で再検査を行う。そして両親にまたCT検査やPCR検査を受けさせた。6月に入って、両親の健康コード[*12]がやっと緑に変わった。団地内を歩いたり、市場に買い物に行けるようになった。

[*12]健康コード:新型コロナウイルスの大感染を気に中国が導入した健康状態を示す電子コード。スマホに入れたアプリ上で、持ち主の罹患状況や検査の結果、また周囲や環境の条件などを管理して、健康と判断された場合に赤や黄色が緑色に変化する。緑でないと出入りできない場所も多い。

母はマスクをつけて家族のために料理する。だが、自分は部屋に戻って食事を取る。身体の調子が悪いときには、情緒不安になる。北京の感染が深刻だというニュースに影響されて、突然ヒステリックに泣き叫び、故郷に帰ると言い出した。李華は彼女を慰めたり、時には腹をたてたりし、母がそれに言い返したりした。気持ちをぶつけ合うと、2人の気持ちはちょっと良くなるのだ。

両親はよく故郷にいる家族と電話をし、弟もたびたび母に声をかけてはいるが、やはり気持ちの落ち込みをを抑えられない。以前の母は比較的理性的な人だったのが、病気後はたびたび怒りを爆発させるようになった。李華は、「自分でも気持ちを抑えることが出来ないのだろうから、思いっきり怒りをぶちまければいい。泣いて騒げば、気分はちょっとすっきりするはずだ」と見守っている。

6月20日早朝、母がまた、とにかく故郷に帰ると泣き続け、李華は半日かけてなだめた。辛いはずだ。李華は「年寄りだって楽じゃない、1メートル70もありながら身体はやせ細って骨と皮、背中も曲がってしまったんだから」と感じている。

新型コロナの後、武漢市民は一般に心理的トラウマを抱えており、新型コロナ患者はさらに深い不安を抱えている。

「澎湃新聞」の6月9日の報道によると、武漢市の精神科専門医の多くが、最近診療に訪れる新患者の多くが新型コロナ感染拡大によって心理的な問題を抱えていると指摘している。武漢市第一医院睡眠医学センターの梅俊華・副主任医師は、同病院にやってくる患者は、新型コロナ肺炎治癒患者とその家族、睡眠障害の既往症があるものの新型コロナには罹患していない患者、そして新型コロナ治療に直接従事している関係者の3種に分類されるという。

梅副主任は、新型コロナ患者の多くは治療期間中に大きなプレッシャーを抱え込み、あるいは隔離期間がトラウマになり、あるいは退院後に直面した社会的な出来事が起因となって、治癒後帰宅しても身体の不調を感じて診療にやってくると言う。そうして胸の圧迫感や不眠、ストレスなどの症状を繰り返し訴える。

「澎湃新聞」の報道では、患者の一部は退院後ずっと、自分が再発するのではないかと疑心暗鬼になり、PCR検査を10回繰り返し、毎回陰性と診断されても心の内の不安から抜け出せずにいる。その後薬物治療とセラピーを経て、やっとのことで回復を見せる。こうした例は少なくない。

この他、身近な人を亡くした痛みも新型コロナ患者に大きな傷となっている。江漢区民権街の陳さんは、姉のことを思い出すたびに打ちひしがれてしまう。2月3日、彼女と姉は感染が確定し、団地から武漢市紅十字会医院に運び込まれた後その廊下で2日2晩過ごし、呼吸がだんだん苦しくなってからやっと入院できた。3月17日に姉が亡くなった。姉は66歳で基礎疾患があり、心臓には3つもステント[*13]が取り付けられていた。

[*13]ステント:血管が細くならないように支える金属のチューブ。バルーン状になり血管内を拡張する役割を果たす。(引用元:「公益財団法人 心臓血管研究所 附属病院」サイト

6月下旬、陳さんと再び電話で連絡をとった時、お姉さんの話になると彼女は声にならないほど泣き始めた。日頃は子どもたちが泣かないようにと彼女を抱きかかえ、彼女も泣いてはダメだとわかってはいるが、気持ちをおさえられない。ときには泣くことで自分を慰めている。子どもたちが「生きているんだから前向きに生きなきゃ」と言うと、彼女も自分には子どもも孫もいる、しっかりしなきゃと思うと言う。

感染治療の第一線で働く医療関係者であり、また患者の家族である李華もまた、たびたび自分のトラウマを感じている。職場は忙しく、両親の状態はまだまだで、さまざまなことが重なり、ときに潰れそうになるという。いつも身体が重く、頭の中は真っ白で、なにもしたくない、ただ家族が落ち着いてこの時を過ごせればいいとばかり考えている。

李華は心理学を学び、一度はある病院で心理学カウンセリンググループのメンバーになった。彼女は母の心も心理学カウンセリングで和らげたいと思っている。

母は「察知」能力が鋭く、精神科医をあまり信じておらず、他人の誘導や「構想」に落とし込まれることを嫌う。李華は、母に病気だからと直接告げてカウンセリングをするのは逆効果だと感じている。

「構想はあるの。どうやって母を回復させるか」と李華は言う。彼女はくつろいでいるときを見計らって、ある話題を持ち出し、事実を論じることで母の心を緩めようとする。母はそれには気づいておらず、ただのおしゃべりだと思っている。

ときに、李華は娘に手伝わせる。母はもとより孫娘を溺愛しており、発病後には子どもに伝染るのを恐れて次第に距離を置くようになり、孫に注意を払わなくなった。李華は母に普通の感覚を呼び戻そうと、彼女を刺激するためにときに娘を叱りつけ、叩くふりをすると、娘は泣き叫ぶ。すると母親がやってきてさっと孫を胸に抱きかかえ、李華に向かって「なにしてるの。ばかなことを続けるなら、わたしが叩くわよ」と怒鳴るのだ。

李華はこのような方法を通じて、母親のネガティブな気分を吐き出させ、保護欲を発揮させて彼女の正常な反応を引き出し、正常な状態に引き戻そうとしている。

それに比べて、父の精神状態は良好だ。李華は薬を与えて父の状態を調整している。

5月、李華は福建省の老書家の手紙を受け取った。手紙には二つの文字が書かれた書が入っていた。李華は家にそれを持ち帰り、父に「書家の文字よ、素敵でしょ」と見せた。すると父親は、自分だって書けると言う。父は書道が好きで、すでに何十年ものキャリアを持っていた。

李華は言った、「じゃあ書いてみてよ」。李華は父のために墨汁と1メートル幅の専用紙を幾巻も購入した。

父は書斎にこもって毎日書道の練習をした。うまく書けたら外に売りに行こうと思っている。気持ちが高揚すれば、毎日少なくとも2、3000字を書く。紙がもったいないからとまずは水で布の上に書き、新聞の上に書き、まず小さな文字を正面に、そして裏面にも書き、さらに大きな文字を書き、1枚の新聞をほぼ真っ黒にしてからそれを捨てる。7月初めには30キロあまりの新聞を真っ黒にした。そして書き疲れると笛を吹きながら書斎の中をぶらぶらと歩き回る。

父は昼間は書道の練習をして、精神状態は良好だ。ある日、うまく書けない、この紙が硬い、売りには出せないと言い出した。李華は父に、「すごいじゃないの。書家よりもうまく書けてるじゃないの」と言い、今度はもっと良い紙を買ってきてあげるわね、と励ました。

李華は母親のためにもなにかするつもりだ。まだ改装中の新しい家の、まずは1階を仕上げて両親を引っ越させようと考えている。家の前には野菜を植えられる土地があり、母が喜ぶはずだ。

端午の節句の前夜、李華は両親に「明日の朝、遊びに出かけるわよ」と言った。父親は「わーい」と声を上げ、文字通り子供のように飛び上がった。母は「いいわね。じゃあなにか作るわ、明日持っていけるように」と言った。

李華はこんなふうに突然彼らに刺激を与えて、なにかのシーンを与える必要があると考えている。心理療法は簡単ではない。さまざまなシーンを作って、生活に近づけていけば、彼らもそのことに気づかず、効果は上がる。

母の反応が遅いこと、独り言についても、李華はさまざまな生活シーンの刺激を通して、彼女の正常な反応を引き出したいと考えている。そうして、彼女の記憶の奥にある嫌な思い出、潜在意識にある焦りや恐れをゆっくりと消し去ろうとしている。「でも、それにはまだ通らなければ過程がある。どんなふうになるかはわからない」と言う。

端午の節句に李華は両親を遊びに連れだした。二人とも大喜びしたが、マスクだけは手放さなかった。観光地に着くと、李華は「ここには人は少ないし、空気もいいからマスクを取りなさいよ」と声をかけた。

写真を撮る時、二人は距離を挟んで立った。マスクを取ったら孫娘に伝染らないだろうかと言った。写真を取り終えると、二人はすぐにマスクをつけた。「彼らの心はまだまだ不安を抱えている」と、李華は感じている。

(原文:謝海涛「新冠後遺症:隠秘之痛/来自武漢新冠患者家庭的一手記録」

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