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高学歴女子理論【創作小説】

こんにちは。これを読んでいるのは誰かしら。でもまず、こういうときは自己紹介が先だよね。私は白河美夏と言います。こんなところで嘘をついても仕方ないし、正直に話すね。私は昔から勉強がとても好きだった。そうね、最初は親に褒められるのが嬉しくてやってた。でも、気づいたら点数をとるのがゲームみたいに楽しくて、気づいたら学年トップになっていて、気づいたら日本一頭の良いとされる大学に通っていた。しかも、その大学の特待生になるとは、自分でも思ってもみなくて、学費も免除されて親孝行もできたし、それはまぁ嬉しかった。

でもね、女には馬鹿なふりをしないといけない場面があるということを学んだの。

大学を卒業した私は、電子機器メーカーの一流企業に入った。
そこで私は気づいた。意外と仕事ができないことに。
いや、仕事自体はできていたと思うの。けれど、私には、バカな上司の機嫌をとるということと、時間の無駄としか思えない会議と、飲みニケーションというこれまた時間とお金の無駄としか思えない愚かな行為が、とてもできなかった。
私は当然のごとく、上司のセクハラはスルーしたし、不毛な会議では正論を言ったし、飲み会は断った。
そのときに散々言われた言葉が、「空気が読めない」「これだから高学歴は」。
みんな嬉しそうに馬鹿にするのね、女の高学歴はこれだからって。

だから私は覚えた。わからないフリをする。空気を読むフリをする。
私はスキルや経験を吸収したら、さっさと転職をした。新しい私で勝負するために。

最初に就職した企業ほどではないけど、それなりに名の通った企業に私は見事転職を果たした。
そこでは、とにかく出しゃばるのをやめて、笑顔で相槌をうった。わかりきっていることを上司に質問した。メモなんかしなくても全て記憶できても、メモをとるフリをした。
そうしたら、「謙虚で愛嬌がある」「仕事熱心」とか言って、みんな嬉しそうにするの。フリをするだけで、こんなに仕事が円滑になるなんてね。

内心は嫌だった飲み会も、3回に1回は出て、幹事には「協力できることあれば言ってくださいね」と声をかける。そう、こんなフリをするだけで、「なんか白河さんって群れなくてカッコいいよね」とか「同調しないけど良い人よ」とか言ってくれるんだよね。馬鹿みたい。

そんな3回に1回は出る飲み会で、私の演技を見破った男がいた。

「白河さんって、本当は頭良いのに馬鹿なフリしてるよね」

日頃から誰に対しても距離を置き、陰気な雰囲気のある、眼鏡をかけた偏屈そうな20代後半くらいの隣の係の男だった(確か柿本という苗字だったか?)

「え、そんなことないですよ~私そんなに頭よくないし、買い被りすぎですって」
「疲れない?そんなことして」
私の言うことは全てお見通しという口ぶりで、柿本は哀れな生き物を見るような目で言った。私は内心、動揺していた。よりによって、こんな男に見破られるなんて。
「無理するとつぶれるよ」
私はそれに対して何も答えられないまま、自分に言い訳をするように、飲みかけのビールを飲み干した。

「白河さん、これやっといてくれる?」
「白河さんって彼氏いるの?」
「白河さん、付き合い悪いな~飲み会出ようよ!」
私は“謙虚で良い人”というポジションを得た代償に、気づいたら仕事をどんどん頼まれて、プライベートを詮索され、飲み会に出る回数が増えていた。
もう私はフリをすることに疲れていた。会社に出社して早々、たくさんの人から言葉をかけられる。その言葉に反応するかのように、吐き気がこみあげて、急いでトイレへと走った。

トイレへと走っている途中、飲み会の一件での例の男とばったり出くわした。
私の顔色を見るなりに、柿本は言った。
「だから言ったのに。空気読んでたら、搾取されるだけだよ」
私は急いでトイレにかけこむと、便器に顔をつっこんで、こみあげたものを吐き出した。


「白河さん、これやっといてくれる?」
「できないと思います」
「え?」
「できないと思います。今やっている仕事の期限は三日後ですよね?その仕事も引き受けるなら、せめて検証を誰かがやってくれないと、今やっている仕事の期限には間に合いません」
「お、おうそうか・・」

「白河さん、そういえば彼氏できたの?」
「さぁ」
「え~もったいぶらないで教えてよ~」
「山田さん、この前頼んだ仕事はどうなりましたか?」
「あ、まだ」
「大変だとは思いますが、明日までにお願いします」

「白河さん、今日の飲み会出ないの?」
「お誘いありがとうございます。でも体調がすぐれないので出れません」
「あ、そう・・」

「白河さん、なんか感じ変わったよね」
「うん、なんか」
「前よりノリ悪くなったよね」
「わかる」

私は“謙虚で良い人”から、“付き合いづらい変人”という評判にあっという間に変わった。
これでは新しい私でもなんでもない。元にもどっただけだ。
――ああ、こんなはずじゃなかったのにな

トイレの鏡に写ったやつれた自分の顔を見ながら、ぼんやりと思う。今までの私の苦労ってなんだったんだろう。
トイレから帰ってくると、デスクの上に缶コーヒーとメモが置かれていた。
“いつもお仕事お疲れ様です――柿本”

でも、どうやら、見てくれてる人はちゃんと見てくれてるらしい。
それに今の自分の方が好きだし。楽だし。

「よし、これ終わらすぞ!」
私は缶コーヒーを飲み干すと、仕事を終わらすべく、やる気に満ちてパソコンに向かった。