誰かのすみかに
ずっとひとりだった。
ママが大好きで、ママに褒めて欲しくて、ママに好きでいて欲しくてがんばってた。
でもママは成績のいいわたしは好きで、成績の悪いわたしは好きじゃなくて、
聞き分けのいいわたしは好きで、反抗的なわたしは好きじゃなくて、
きっとママはいつだってどんなわたしだって大好きだと思う。でも昔のわたしはそれを分かれなかった。
小学校の頃授業で、「そもそもこの世界がほんとうに実在するかどうかなんてわからないじゃないかですか!全部夢かもしれないじゃん?」ってこと、マトリックス的なことを、わずかな語彙力で先生に問いかけた。
そしたら、先生は笑いながら、「じゃあ今いるこの世界はなんだよ。」って言ってきた。
だから、それは夢かもしれないじゃん?本当に、ある。ってことを証明することできる?ってこと、伝わらなかった。伝えられなかった。
ああ、自分の考えてることは他人と違うのか、他人には理解されないのか、そんな風に思うようになった。そこから自分の深くにあるものは自分の外にださなくなった。
だから上っ面だけの人間関係な感じがいつだってしてて、寂しかった。この人はわたしの表面しか認めてくれないなって。そら、深いところをさらけだしてないから、仕方ないのだけど。
だけど少しずつ、自分をさらけ出して、自分の深いところを外にだして、そしたらそれを笑わない人がたくさんいて。そしたらもっとだせるようになってきて。
なんで自分をさらけ出せるようになったかなって思うと、それってきっと自分が誰かの自己開示を否定しなかったから。自分が自分に希望をくれた。自己開示をしても否定しない自分がいる。それならきっと自分の自己開示を否定しない人もどこかにいるなって。そう思えたのかなって。
それの集大成みたいな日が、株式会社すみかの株主総会、株主ミーティング、そしてそのあとの交流会だった。わたしは対談の司会的なことが仕事としてあったのだけど、それよりも正直がんばったことというか、今回自分の中で心がけたのが、きてくれた人たちに、すみかと思ってもらおう。ということ。なるべく1人でいる人をつくりたくなくて、話しかけにいったり、話題をだして話を盛り上げたり。一緒に働いているメンバーにもおつかれさま。と声をかけたり、たくさん話をしたり。その点を意識した。
そしたらその日みんなが、
「おつかれさま。落ち着いててすごくよかった。」
「おつかれさま。めっちゃナチュラルな進行でよかった。」
「おつかれさま。対談の世界にひきこまれたよ。」
ってな感じで、褒めてくれたり、
「すごい。自分の高校の生徒にいたらぜったいめっちゃおしてる!」
「すごい人だからはなしきいておいで。」って生徒にいってくれたり、
正直歳下の子って、そこまで話がおもしろくない人が多くて、今まで歳下の友達があまりいなかったけど、ちぃちゃんは面白いっていって友達認定してくれたり、
話をしてたら、同じラジオ好きな人がいて、そこから盛り上がって会社でラジオ的なことやる?って話になったり、
自分でも驚くくらい、うわぁ居心地がいい。自分の居場所だ。すみかだ。って思える空間になっていた。
まさにそんな感じ。ずっと寂しかったわたしの居場所は、誰かのすみかをつくろうと思った時に、できていた。
そう考えると、最近実家の居心地がいい理由もなんとなく分かった。
それは自分が少しずつ色々な知識を身につけて、新しいことを知って、新しい視点を持って、自分の家族を客観的にみたときに、冷静に問題が見えてきたからだ。
今なら分かる。ママがいつだってわたしのことを考えていて、大好きで、ただやり方が下手くそだったってこと。そしてその下手くそなやり方は、わたしにとって子どもにとって、あまりいい影響は与えないということ。
それが分かると、わたしはママをとても大好きな存在として思えるわけで、ずっと大好きだけど、なんだかまた昔と違う大好きも感じるわけで。そうなると、ママのしんどさもなんとなく想像できるからこそ、ママの話をきこう。って思ったわけで。
これもまたママのすみかにわたしがなろうとしてることで。そしたらやっぱり自分のすみかにママがなる。
1人は1人で、他人のことをスキャンレベルで分かるってことなんてないから、
ずっとひとりだけど、
こんなに寂しくないひとりになれるなんて。
感謝してもしきれない。
ありがとう社長。
ありがとうつっきー。
本当に会えてよかった。
これからも誰かのすみかをつくりたい。
自分のすみかが欲しいから。
本気ですみかを作り出すことが、つっきーにできる最大限のありがとうだと思うから。