吟遊詩人見習いのサーニカ
今から200年くらい前のむかし、ヨーロッパの小さな町の公園で、ブックバンドでとめられた教科書を手にして、泣いている12才の少女がいました。
少女の名前はマーヤ。マーヤは学校の友だちとケンカしたて、帰り道のこの公園で泣いていました。
そこにリュートを下げ、赤い山高帽を被った少年が現れました。少年の名前はサーニカといいました。
サーニカは、泣いているマーヤに声をかけました。
「おいらは吟遊詩人見習いのサーニカ。どうして、泣いているんだい?」
マーヤは顔を上げました。
「吟遊詩人見習い? 何をする人なの?」
マーヤは、サーニカの赤い山高帽を見て訊ねました。
「吟遊詩人って、いろいろな国を旅して、その時に思いついた言葉や詩をこのリュートに乗せて、お客様に贈っている。でも、おいらは、まだ見習いだけど。今ここにはいないけど、おいらの父ちゃんが師匠だ」
「へえ、何か言葉をください」
マーヤは、たちまち涙が治まって、笑顔になった。
「じゃあ、1節。
闇の扉は愛の光で開かれる
でも、愛の光では開かない扉もある
(ベン、ベン)
君の闇はどっちだい?
(ベン、ベン)」
マーヤは不思議に思いました。
でも、闇ってなあーに?
夜のことかなぁ?
あっ!
マーヤは、話し出しました。
「今日、学校で、仲良しのナターシャとケンカしたの。この前、お父さんと、旅芸人のお芝居を見たと言ったら、ナターシャが急に怒り出して……。訳わかんない」
「ナターシャって、旅芸人のお芝居が見たかったの?」
「さあ?」
「じゃあ、お父さんはいる?」
「あっ、ナターシャのお父さんは、昨年、病気で亡くなったわ」
マーヤは、ポカンとした。
「そうだわ。だから」
「君の闇の扉は、愛の光で開けられる!
(ベン、ベン)」
「サーニカ、ありがとう」
「どういたしまして。でも、愛の光で開けられない扉もあるって、父ちゃんが言ってた。おいらはよく分からないけど」
「ふーん。これから、仲直りに行ってくる」
と、マーヤは駆け出し公園を後にしました。
吟遊詩人見習いのサーニカは、その元気な後ろ姿を見て、嬉しくなりました。
でも、待てよ、あの子の名前を聞いていなかったなぁ。
と、気づきました。
吟遊詩人見習いのサーニカには、もう関係ないことですが。
秋の夕日が、サーニカを後ろから照らした。
ー了ー