米津玄師TOUR空想(後編)
(前編↓)https://note.com/wanon08/n/n131883188942
『KICK BACK』が終わり、
ツアータイトル『空想』についての話しがあった。
「自分はよく、空想妄想する子どもだった。漫画や映画の美しい世界に生きていたら、どんなふうだろって考えていたら、生活にまでその考えが侵食していた。あの角を曲がったら映画で見た美しい世界があるんじゃないか、ここから何処かに行けば、自分が追い求めていたものがあると思っていた。」(神戸2日目)
「子どもの頃は非常に空想妄想しがちで、美しい世界を作っていた。日常生活には起こり得ないファンタジックな、ワクワクした世界に身を投じてみたかった。猥雑な日常のなか、頭の中だけは誰にも邪魔されずに色んな世界を作って暮らすことができる。希望や夢を詰め込んで生きていた。」(愛知2日目)
「自分はいつも何も許されていない、生きていくことを許されていない気分だった。だから、いちばん大事なことが空想することだった。子どもの頃からずっと、全て許されるような素晴らしい世界がどっかに転がってるんじゃないかって。そうやって道を進んでいった結果、今の自分がいて、今の音楽があって、いろんな人が聴きに来てくれる。
空想によって導かれた私がいて、あなたがいるんです。」
(神戸2日目)
「この道を真っ直ぐ行けば空想世界が広がっている、空想から生まれるものがあると思っていた。そして今ここがその道の最先端。どこまで行っても自分の頭の中の世界は見つかることはないけれど、こうしてみんなが聴きにきてくれている。この光景は空想じゃなかったけど、どこか自分が求めていたもの。空想によって導かれたもの。空想することは悪いものではない。空想から得た祝福を捉え直してツアー名にすることによって、みんなとコミュニケーションがとりたい。」
(愛知2日目)
客席から、柔らかな拍手が送られた。
「次の曲は、まさに空想を歌った曲です」と始まった新曲『月を見ていた』。暗い舞台のスクリーンに映る大きな月が、米津さんを照らしている。
生きることを許されていないと感じていた少年が、ゲームの世界では生きることを肯定された。その世界に身を投じ、主人公と共に戦いながら作られたこの曲は、まさにファンタジーに導かれた音楽だ。
花道でひとり踊る男性(神戸は女性だった)の姿が、哀しげなのに情熱的で、苦しさのなかに希望がある。儚さと芯のある力強さを兼ね備えた踊りが、印象的だった。
そして舞台は静かな夜の風景のまま、『打上花火』が始まった。米津さんの細くて長い身体が、揺らめくように動く。花火が夜に咲くという幻想的な歌詞。観客は、夏の夜に溶けていくように静かに聴いていた。
次第に会場の照明が色付いていく。夏の終わり、明け方、電車のなか。ほのかに明るくなった舞台で、『灰色と青』が歌われた。銀河鉄道から始まった空想世界の夜が、もうすぐ明けていく。
そして優しいギターリフから始まった『かいじゅうのマーチ』。“あなたと迎えたい明日のために 涙を隠しては”
“また目覚めた朝に あなたと同じ夢を見てますように”
と米津さんが柔らかな声で歌う。ありのままでは生きれないし、同じ人間にはなれなくても、誰かを愛する心があれば生きていける。朝が来ても大丈夫と思える曲だ。
最後に力強い歌声で始まった『馬と鹿』。夜露に濡れた芝生を歩くように、舞台の花道を行く。“まだ歩けるか噛み締めた砂の味” “終わるにはまだ早いだろう” “誰にも奪えない魂” 米津さんは朝が来るたび、こうして自分を鼓舞するように生きてきたのだろうか。「俺みたいなやつでも生きていける」「生きていくことは悪いもんじゃない」と話し、“君じゃなきゃだめだと”と叫ぶ声には、痛みを抱えながら生きていく私たちを肯定してくれる強さに溢れていた。
「どうもありがとうございました。米津玄師でした。」
最後に深々とお辞儀をする米津さんに、会場から大きな拍手が送られた。
アンコール最後の曲は、軽快なピアノから始まる『LADY』。朝が来た。
猥雑で平凡な日常の続きがやってくる。でも米津さんは言った。「この道を歩いて行けば、映画みたいな美しい世界が広がっているかもしれない」と。「ほらこの通り!わたくし前髪がひらいていましてね、みんなの顔がよく見えるんですよ!」と無邪気に笑っていた姿を思い返した。
米津さんが行く道の先には、どんな道が続いているのだろうか。どうか、その鋭くて美しい両眼で見る景色が、優しいもので溢れていますようにと願う。そしてその白線を自分も辿っていけるのなら、その先にはきっと見たこともないような、美しい世界が広がっているだろう。
会場が再び暗くなり、スクリーンに描かれた銀河鉄道に乗るように、米津さんは舞台をあとにした。オープニングと同じオルゴールの音が響く。エンドロールにはたくさんのスタッフの名前が並び、最後に「米津玄師」と書かれてあった。
“ほら君は一つずつ 治しながら生きているよ
今懐かしい朝のため” (街より)
小さな箱庭から始まった空想世界。少年が迎えた朝には、彼を愛するたくさんの人が集まっていた。