『銃・病原菌・鉄』 感想・レビュー
ジャレド・メイスン・ダイアモンドさんの『銃・病原菌・鉄』は、ユヴァル・ノア・ハラリさんの『サピエンス全史』のように、我々人類の歴史を俯瞰的な視点から考察する一冊だった。
クリストファー・コロンブスが1492年にヨーロッパから大西洋を横断してサン・サルバドル島に到達したことを皮切りに旧大陸の人々による新大陸の征服が始まり、多くの地域が植民地化されたわけだが、なぜこのような事が起こったのだろうか。つまり、南北アメリカ大陸の住民が新大陸の人々を撃退したり、逆に新大陸の人々が旧大陸に攻めていくことがなかったのだろうか?
直接の原因は本のタイトルにもあるように、銃・病原菌・鉄や造船技術、航海術なのだが、そもそもなぜそのような違いが生まれたのだろうか。『銃・病原菌・鉄』ではその究極的な原因に迫っている。
著者によると究極的な原因は環境の違いだという。つまり、暮らしていた大陸が違ったから、異なる人種、例えばヨーロッパ人とアフリカ人は異なる歴史を歩んだということになる。決して、人種間の能力の差が原因ではあり得ない。
ユーラシア大陸は最も広大な大陸であり、多様な環境を持つ。そして栽培化可能は作物の祖先種が多数分布し、食糧生産の開始に有利だった。食糧生産が開始されると定住生活が容易になり、余剰食料のおかげで人口が増加し、非生産階層(例えば文字を読み書きする人)もやしなえるようになる。そして、複雑な政治機構が生まれる。これらは有用な技術の発明の追い風になった。また、ユーラシア大陸は家畜化可能な大型動物(牛や豚、山羊など)も他の大陸と比較して多く存在していた。家畜がもたらす恩恵は、労働力だけにとどまらず、肥料(糞)や軍事力をもたらした。また、家畜がもたらしたものとして重要なのが病原菌だ。天然痘、インフルエンザ、結核、ペストなどは、動物の間だけで感染する病原菌が変化して、動物から人間に感染するようになった病気だ。旧大陸に元々住んでいた住民の多くが、新大陸からもたらされた天然痘などの病原菌によって命を落としたと言われている。新大陸の人々は家畜と密接に関わる中で、多くの人々の命という代償を払って、病原菌に対する耐性を獲得してきた。それに対して南北アメリカ大陸などには家畜化可能な大型動物が少なく、病原菌を獲得できる機会が圧倒的に少なかった。
また、ユーラシア大陸は横長の大陸であるため、作物や技術の伝播が容易だった。これは緯度が同じであれば、経度が異なっていたとしても、日照時間が同じであり、気候も似ている可能性が高いため、同じような作物の栽培法が使えるからだ。それに対して、アフリカ大陸や南北アメリカ大陸は縦長の大陸であるために、作物の伝播が非常に難しかった。
以上のような違いの他にも、大陸ごとの地形や人口の違い、人類がその大陸に進出した時期の違いなど、さまざまな違いが最終的には軍事技術や病原菌への耐性などの差を生み、現在の状況に繋がっているというのが本書での主張である。
本書は異なる地域で起こったことを広い時間的尺度の中で比較しており、多くの洞察と驚きを私にもたらした。『銃・病原菌・鉄』は初版から20年以上経っても色褪せない名著であり、間違いなくおすすめの一冊である。