双極性障害との新生活
私が精神疾患にかかるとは夢にも思わなかった。
残念ながら、自身が罹るまで鬱病やパニック障害などニュースや知人から耳にすることはあっても「大変なんやなあ。」と思う程度で所詮他人事であった。
さらに、恥ずかしながらその他の疾患については存在すら知らない。
統合失調症や、のちに自分が背負う事となる双極性障害の認知すらなかったのだ。
精神科に関しては‘’特殊な病院’’というイメージが自身の奥底で根付いていたのだと思う。
さて、私は結婚を機に音楽活動を徐々に減らしサラリーマンになった。
仕事は主にイベント会場の装飾の制作やアイドルのポスター印刷など、細かいことも入れるとよろず屋のような会社だった。残業や新しく勉強することにと必死で今思えば頑張りすぎていて上司ともぶつかることもあり、よくあるストレス社会を生きていた。ある朝のミーティングが終わったときに異変が起きた。ミーティングが終わった途端、内容を全く覚えていなかったのだ。続けて作業場でカッターの使い方を忘れて刃を握りしめて出血。翌日にはこれ以上ないほどに会社に行きたくなくて体調不良を口実に欠勤し、隣駅の商店街で雨の中、傘もささず立ち尽くしていた。生命力?がガス欠寸前な気持ちで、誰かにとにかく助けてもらわないと砕け散るような感覚だった。
町の心療内科に電話をしてみるも予約が取れず。。
精神病院を紹介されてすぐに向かい、着くや否や看護師さんがとても心配そうに対応してくれた。初めての精神科は驚愕の優しさに溢れていた事を強烈に覚えている。
診察されすぐに鬱病の診断が出た。
「重度の鬱病です」
この言葉を受けてズドンと心が沈んだのと同時に若干の安心感が流れた。
安心感は正当におかしくなっているお墨付きが貰えたからだろう。
翌日からすぐに何もしない日が始まった。
退屈になる日が来るまで何もしない。
処方された薬はリフレックス15mg
ベルソムラ20mg
ルネスタ1mg
ワイパックス0.5
3ヶ月間で量が増え薬を色々と変えた。
その中で外来の通院を重ねるうちに過去の出来事から「異常な散財」が医者の目にとまったらしく『双極性障害II型』に病名が変わった。
抗うつ剤はその日から中止になり炭酸リチウム、ラミクタールとのお付き合いが始まった。