最後の就学相談会(その3)
第三話 《不可能から可能への物語》
50年前は「不可能」だったけれど、今は「可能」になったことがあります。
すべてを一からやり直してきた人たちのおかげで、それまでの常識が「間違い」であったことが見えるようになりました。これまでとは別の「新しい可能性」を、すでに多くの人が知っています。「7つの贈りもの」がなくていい子など、どこにもいないということも。
たとえば病室に固定された人工呼吸器しかなかった時代、子どもは家に帰ることができませんでした。
「7つの贈りもの」は、病院の中で贈るしかありませんでした。「家族と暮らす」《1》を可能にするには、家族が病室で暮らすしかなく、そこには病室から学校に通うきょうだいの姿がありました。「義務教育」を贈る《3》には、先生が訪問するしかありませんでした。この子が主人公の人生《7》は病院から自由になることができませんでした。
それは、呼吸器をつけたまま家に帰れるようになっても、すぐには変わりませんでした。その「不可能」と思われていたことのすべてを一からやり直し、可能だよと教えてくれたのが、歩さんや涼さんたちでした。
呼吸器をつけて家に帰れるというところから始まった新しい物語。家で家族と暮らし、友だちに会い、保育園や学校に通う。合理的配慮もコミュニケーションもレジリエンス能力も。「この子が主人公の人生」が可能だという道を、はっきりと鮮やかに確かに見せてくれました。
子どもが必要とするものを、古い常識で「できません」と言うのではなく、どうすればできるか、何ができるのか、一つひとつ丁寧に向き合い、調整することで、新しい可能性は広がります。
子どもがどんな状況に置かれても、どこにいても、「この子が主人公」の人生を願ってもいいのだと、多くの人が気づき始めました。
それは小学校だけではなく、中学も高校(後期中等教育)も同じでした。新しい形の自立生活も開かれつつあります。それらは、誰かの「考え」ではなく、現実を生きる子どもたちの実践の積み重ねから生まれた「新しい常識」です。
□
第四話 《不可能から可能へのもう一つの物語》
さて、私はここまで、「ふつう学級」という言葉を使わないできました。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?