【洒落怖漢譯】狗齒馬站(原題:不明)

譯文

廿二年前,就八高列車,將自寄居到八王子。自經折原,不停二鐘頭。吾異之。未嘗不以一鐘頭半到八王子矣。遂停一站,開門。吾思今不下,不知其所至。下車。

牌記狗齒馬。又記隣折原、厄身。狗齒馬、厄身,皆非此綫所有也。顧眄有碧燈照數丈,紫霞盈中天。臺上無口,環之列柵。氣漸寒,思留則當凍。車門將閉,以身強入。司機盻我。

車不復停。經心身後,所經站牌記蓋下。其後站記何故。其後者自窓下矣,其後者下矣下矣。吾慄然蹙縮瞑目。又三鐘頭,俄有光聞雜踏之聲,到小川町站。不欲復用此綫。

書き下し文と語彙解説

廿二年前、八高はちかうの列車にき、まさ寄居よりゐ八王子はちわうじに到らんとす。折原をりはらし自り、停まらざること二鐘頭しようとう。吾之をとす。未だかつて一鐘頭半を以て八王子に到らずんばあらず。つひ一站いつたんに停まり、門開く。吾今下りずんば、其の至る所を知らずと思ふ。車を下る。

○就 車に乘る。○八高 東日本旅客鐵道の運營する鐵道路綫、八高綫。○將自寄居到八王子 寄居、八王子はいづれも同綫の驛。語り手の普段使ひの驛間と思はれる。○自經折原 折原は同綫の驛で、寄居驛の隣驛。○鐘頭[現] 六十分の時間單位。


はい狗齒馬いぬしまと記せり。又た折原・厄身やくしんとなりすと記す。狗齒馬・厄身、皆此のせんの有する所に非ざるなり。顧眄こべんするに碧燈へきとう數丈すうぢやうを照らし、紫霞しか中天ちゆうてんつる有り。臺上だいじやうこう無く、之をめぐりて柵ならぶ。やうやく寒ければ、留れば則ちまさに凍ゆべしと思ふ。車門まさに閉らんとするに、身を以て強ひて入る。司機しき我をにらむ。

○牌 驛名表示の看板。○狗齒馬、厄身 原文では、狗齒馬は「いぬしま」と讀むことが明記されてゐるが、厄身は不明となつてゐる。假に「やくしん」とした。○顧眄 廻りを見渡す。○臺[現] 驛のホームは、現代語で「站臺」「月臺」と表記する。○口 出入り口。○司機[現] 運轉手。○盻 睨む。


車復た停まらず。心身しんしんを經るより後、經る所の站牌なんぞ下りざると記す。其の後の站何故と記す。其の後は窓自り下りよと、其の後は下りよ下りよと。吾慄然りつぜんとして蹙縮しゆくしゆく瞑目めいもくす。又た三鐘頭、にはかに光有りて雜踏ざつたふこゑを聞く、小川町站に到れり。復た此の綫を用ゐんと欲せず。

○經心身後 既述の「又記隣折原、厄身」と矛盾する。いづれかゞ誤記である可能性があるが、原文を尊重し、兩者そのまゝ譯出した。○蹙縮 ちゞこまる。○小川町站 八高綫折原驛の、八王子方面に二つ隣の驛。

各種リンク

參考元:短くて読みやすい怖い話【4】全10話 – 洒落怖 ショートショート の4

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