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【短編小説】しあわせな牢屋
詐欺の罪でおれは牢屋にぶち込まれる予定だ。
心の隙間に潜り込み、まぁ荒稼ぎさせてもらったわけだが、人間騙される方が悪いと思わないか。平和ボケした愚民どもからちょっと金銭をおすそ分けしてもらっただけだっつーのに、それが桜田門様の怒りに触れて、その結果お縄頂戴。でもさ、考えてみろよ。脳みそを使えよ、親からもらった生まれながらの宝物だろ?そいつフル回転させて事態を疑えば回避できるだろ?それこそ宝の持ち腐れじゃねーのかよ?っつーの。だから、おれが薄暗い監獄の住人になるという筋書きは少々納得いかないのだよ。
手錠をはめられ、腰ひもで繋がれたおれは家畜よりもひどい扱いを受けている。いや、まだ、牢屋にはたどり着いてはないのだが、ここでは人権ってやつがまるでないのだからよ。
「345番!」って、おれのことか。番号呼ばわりされる時点で、大きな権力の管理下だっていうこと。こっちだって、看守の野郎のことを番号で呼んでやりたいよ。
いよいよ牢屋にぶち込まされるって時が来たか。目隠しされて看守どもから長い距離を歩かされて、最終的にたどり着いた部屋はまさしく……その場所だった。
無機質なコンクリートで囲まれて、堅固な鉄格子で外部と遮断された世界。どうせそうだろ?おれのようなやつが降り立つ終着駅のホームは。頼むからよ、三半規管を揺すぶらないでくれよな。
で、声がする。
「さ。目隠しを外すんだ」
同時に目に飛び込んだのは、おれへの裏切りだった。
品の良い壁紙に、ふかふかのソファー。甘い女子のようなアロマにつつまれ、鉄格子はあるものの圧迫感を感じない部屋だった。マジ、タワマンの最上階?違うけどさ。そしてなにより便所が最新式じゃねーの。これ大事。
「あのさ。何かの間違えじゃないの?」
「口を慎め」
「すーませーん」
おれの疑問を払拭する間もなく、おれはこの牢屋に身を置くこととなった。まぁ、刑期がくればさよならだけどさぁ。
ここでの暮らしは、一言で言えば至れり尽くせりだった。
定員は一名のみの独房。外部との自由こそないが、飯は一流、流れる音楽も最高、たらたらと汗流す労働さえもない。希望があれば書物も読み放題、映画見放題。風呂も用意してくれるし、疲れたらベテランマッサージ師の手配も。いわば、身動きのできない高等遊民ってか?そしてなにより、鉄格子越しだけれど、見張り番名目のかわいい女の子との会話が楽しめるっつー、福利厚生満点な監獄だ。
「いいのかよ?」
そんなおれの疑問も日が経つうちに薄れていった。
罪を償うってことがこんなに簡単なものだなんて、お国も随分と軟弱になってきたもんだなぁ。
監獄の自治には不介入という建前が味方して、おれはのびのびとここで暮らさせていただくことにした。刑期を全うするまで。
「どうしました?」
日にちが経つことを忘れ、世間様への復帰もどうでも良くなってきた頃、おれの見張り番をしてくれている女の子とも気を置けない間柄になっていった。
彼女はいろいろと話をおれにしてくれた。脱獄犯の一生の事、お笑い芸人による命の授業の慰問のこと、そして、おれの牢屋の真向かいの牢屋の事。知ることはおれにとって糧となっていた。
うすうすと存在は気になっていたもの、積極的に知ろうとはしていなかった向かいの牢屋は地獄そのものだ。
「気にしないでください」
ふーん。存在だけは気にしてる、『だけ』だけどね。だけど、おれには関係ないお部屋だよな。ありゃ、監獄の中に出来たアルカトラズ島ってか。
広さこそ俺の牢屋と同じぐらいだが、収容人数が半端ない。絵に描いたような悪人面の男たちがひしめき合って命を一日づつ削っていた。『蜘蛛の糸』に出てくるような、地獄以上の地獄。野獣を飼育している檻と言った方が正しいかもな。ただ、うんこを投げつけてこないだけ人間性は辛うじて保てていると評価しよう。
聞いたところ、食事は俗にいう臭い飯を大人数で分け合うという、野生生物でもありえない恐怖のシステムだとか。あの牢屋は多分臭い。嗅覚なんか即死覚悟。北欧のあの魚の缶詰の中身をタンクローリーに詰め込んで、爆破させたぐらいのような匂いがするんじゃないのか。
そして、見張り番の女の子はこんなことを話してくれた。
「あの部屋ではですね。何故か誰か定期的に一人不審死するんです」
「はぁ?あれだけ不衛生じゃ、そうだろ?」
「いや……本当に死因がわからないんです。いくら検死官たちが調べても、わからないんです」
「不思議だね」
「直近の事件では……わたしが配備される前なのでよくわからないのですが、聞いた話半年前だったかな。あの部屋への新入りの囚人が二日もたたないうちに息を引き取ったらしいです」
「そりゃショックだったんじゃね?」
「わたしたちも監獄の自治には不介入という建前なので、これ以上は口をはさみませんし」
ふーん……と、おれは興味なさげに彼女の話を聞いていた。何故ならおれにとっては全く関係が無い話だからだ。あの劣悪な地獄で起きている奇妙な出来事など、対岸の火事だ。どんどん燃えやがれっつーの。
おれは詐欺の罪でここにぶち込まれているんだ。あの向かいの牢屋なんか、荒くれた狼藉者の成れの果ての巣窟なんだろ?違うんだよな、おれとは、頭の使い方が違うんだよ。過ちが違えば扱いも違う。それは誰しも納得のゆくこと。やっぱお天道様は見てるんだよな。ケモノはケモノの終の棲家で暮らせっつーの。おれは違うけどさ。
この暮らしがまんざらでもなくなってきたある日の事。見張り番の女の子が来ることが無くなった。ちょっと寂しく思っているところ、代わりにやって来たのは人相の悪い看守だった。
どんなAIが発達しようがイケメンへの補正は絶望的な悪人顔の看守は、おれの牢屋の扉の鍵を開けずかずかと侵入してきた。
「手を出せ。345番」
「なんでしょうか?看守さま?」
有無を言わさず看守はおれの両手に手錠をはめた。久しぶりの重さに心臓がどきりと泣いた。
「もう、ここにいる必要はないぞ」
「へえ。まだ刑期は残ってますけど」
「誰が釈放すると言った」
おれを天国のような牢屋から引きずり出す。
「ここはな、おまえのような詐欺をぶちこむ独房なんだ。か弱い老人や貧困に喘ぐ者たちを食い物にした、人の心を失い冷たい血の通った犯罪者をな」
「言ってくれますね。でも、お天道様はおれの味方ですぜ」
「だがな。上には上がいた。この部屋はな、お前以上のやつが代わりに収監されるんだ」
「すげーな。会ってみたいもんだね」
「残念ながらならない。独房に二人も要らん。さ、こっちにこい」
ものすごい力で突き飛ばされたおれは、顎からぶっ倒れた。痛さを感じる前に背後で鉄格子が閉じられる重い音が響いた。
そして、おれが目にしたものは、絵に描いたような悪人面の男たちがひしめき合っている光景だった。鬼、鬼。ここは鬼が島なのか。そんな比喩が似合う世界。そして、臭い。血の匂いすら漂ってくる。つんざくようなケモノの匂い。向かいの荒くれた狼藉者の成れの果ての巣窟にぶち込まれたことを悟った。
人にも似つかわない、何の咎で収監されたのかも分からない囚人たちに囲まれた。世の不適合者の群れに放り込まれたおれは急転直下に動揺した。やつらはおれが真向かいの牢屋で極楽のような日々を過ごしていたのを毎日見ていたはずだ。よだれを垂らしながら、おれの天にも昇る心地よい時間をうらやみながら。やつらだって、人間だ。感情はあるだろう。
「部屋の欠員が出て半年ほど経つがな。よかったよかった」
おれの元見張り役の女の子が悪人面の看守に駆け寄ってきた。くるりと腕に絡みつく姿は恋人たちのよう。
「半年前の事案のことですけど」
「不審死でよい。不審死。それ以上の答えはない」
「ですね。わたしたちも責任負いたくありませんし」
「あとは、勝手にやつらが処分してくれる。頼りになる『先輩ども』だ。まあ、今後何があっても我々としては関知せず。監獄の自治には不介入の建前だ」
おれがいる地獄の部屋の鉄格子越しに、おれがのうのうと暮らしていた牢屋に新入りが入ってゆく姿があった。悪知恵が回りそうな、小賢しさだけで生きてきた、いかにもな……だ。しばらくすれば、アイツもこっちへと移されるんだろう。
でも、その前におれが生きているかって話はないだろうな。ほら、牢屋の先輩どもがポキポキと手首を鳴らしてウォーミングアップしている。
トップ絵はAIで作成しました。